風 唄
闘技場に程近い大木の下に一人の女の子が立っているのを認めティニーは足を止めた。
進軍を見合わせているこの時期は晴れの日が多く、今日も又いい天気だった。
青い空が高い。
すぐ傍の闘技場は大勢の観客の歓声やヤジに溢れ、それは壁を越えてこんな場所にまで届いてくる。
余程の名勝負なのか誰か有名な人物が戦っているのか、それは今のティニーには想像の範囲外の事であった。
たた、と大木に走り寄る。
途方に暮れた感じの女の子の背に声を掛けた。
「どうしたの?」
女の子は振り返ってティニーを仰ぎ見る。
年の頃は七つか八つ、栗色の髪の可愛らしい少女だった。
「姫様。……あのね、あれ」
言って少女は大木の上の方を指す。
小さな指の先を追うと緑の葉の中にぽ
つりと赤い風船が見えた。
「まぁ……。引っかかってしまったのね」
「そうなの。……取れないかなぁ」
寂しそうに言われればどうしても取ってあげたくなるのがティニーのティニーたる所以であった。
つられて赤い風船を見上げながら、さてどうしようかと考え込んだ。
はっきり言って、高い。肩車をするとか梯子を持ってくるとかそういうレベルの問題ではない。
木に登る……これは端からティニーには無理な話である。
するとあとには何が残るか……。
……魔法、で何とかならないかしら。
かなり端だから小さな雷で一部の枝ごと落とせるかも。
……でもこの子が雷に怯えないかしら?
考え、やはり自分では駄目だという結論に達した。
細かいコントロールが難
しい、もう少し風魔法の修練をしておくのだったと。
本当は今すぐにでも取ってあげたい気持ちを抑えてティニーは言った。
「誰か、他の人に頼んでみましょう?
私のお兄様や、フィーならペガサスに乗って取ってくれるわ。みんな闘技場に居るの。一緒に呼びに行きましょう」
「うん……でも、呼びに行ってるうちに飛んでいっちゃわないかなぁ」
「大丈夫よ。ほら」
言ってティニーは傍の出店に目を移す。
店番をしながら少女と赤い風船を気遣わしげに見ている店主が、一人二人ではなく居るのだった。
微笑ましいとも
思える情、暖かさに、自然笑みがこぼれる。
「みなさんがしっかり見て下さっているわ。ね?行きましょう」
解放の最たる目的地は王都であって、其処は一番遠い場所にある。
近付くにつれ敵が強くなっていくのを肌で感じてはやはり中心部は手強いのだと実感するが、
それはこんな闘技場にまで反映し、仲間内でもこの辺りから苦戦する者が増えてきたのだった。
「……だっつーのに何で風の最下位魔法でソードマスターに勝てるんだよあいつは……」
ぽつりと言ったのはアーサーである。その隣ではフィーが宥めるように笑っていた。
「あんただって勝ててたじゃないアーサー。昨日、かっこよかったわよ」
「俺は一度攻撃受けてキレてからじゃないと勝てないよ。セティのは素だろ、あれ」
「うーん、まぁ、お兄ちゃんはずっと前からあれが素だけど」
二人が見ている中央の闘技広場ではソードマスターを倒したセティが次の相手を待っている。
このところ、魔法を放てば連続、必殺は当たり前、
反撃に関しても敵の攻撃が当たらないどころかもはや攻撃されないうちに勝つというのがセティの常に
なっていた。
多分彼は……これからきっと苦労する。力があるが故に。
戦になれば最前線で戦う事しかなくなるだろう。
それを羨ましいと思って良いのか、アーサーにはいまいち判らなかったが。
「でもそれなりに努力してるのよあれで」
「知ってる。いつも一番夜遅くまで起きてるって話だし。……ティニー」
妹の姿を見掛けたアーサーが立ち上がり手招きした。
こちらに気付いたティ
ニーがてて、と寄ってくる。
片手は縋るようにして立っている女の子の手を握っていた。
「こっち座れるわよ。あら、可愛い子ね……どうしたの?」
「すぐそこで会ったんです。大きな木にこの子の風船が引っかかってしまって」
「そうなの? 少し待ってくれればあたしがマーニャに乗って取ってあげるわ。待てる?」
フィーは少女の前にかがみ込んでそう聞いた。少女はこくんと、嬉しそうに頷く。
ペガサスに乗るの?と聞いて、
「そうよ、乗ってみたい?」と言ったフィーに またこくんと頷いた。
「まぁ、セティ様……?」
中央の闘技広場にセティの姿を認めてティニーが目を丸くした。
今日、出る事は知っていた。だから此処へ来ようと思っていたのだ。
少女と風船に気を取られて来るのが遅くなってしまった自覚はあるが、既に彼の番に
なっていたとは予想外だ。
……追い打ちをかるように、もしかしてもう最終戦近いのではないだろうか。そんな感じだった。
「私、時間を間違えてしまったんですね。もうこんな……」
「いや、あれはセティの勝ち上がり方が尋常じゃなく早いんだ。だからまぁ……
次で最後だな、確かに」
妙な表情でアーサーが言う。
「本当、フォルセティを持っています」
「……え!?」
ティニーの言葉にアーサーとフィーはぎょっとしてセティの方を見た。
……ウィンドの魔道書でソードマスターを倒せる者に、フォルセティを使わなければ勝てない相手がいるとは思えない。だというのに。
「嘘やだ、あの装丁、確かにフォルセティだわ!」
「こんな処で使うのか? 他の魔道書にした方が……」
「……駄目よ。お兄ちゃん、武器はウィンドとフォルセティしか持ってないの」
「……マジで?」
「マジよ。さっきのシャナン様だってバルムンクの他には鋼の剣しか持ってなかったでしょ」
セリス様……と何故か呟くアーサーだった。
「あ、……大きな風は駄目です、この子の風船が飛んでいってしまうかも」
「つーかあれシレジアの国宝……」
「こらーお兄ちゃん!目一杯手加減しなさいよねー!」
なにわに煩くなる一角を顧みる事なく、ふわりと予告の風が吹く。
アーサーが少女の身体を引き寄せるのと同時に強い風が周囲を震わせた。
「きゃあっ」
……自分達を狙っての事ではないというのに強く煽られる。
この余波は多分彼自身にもどうにも出来ない事なのだろう。
アーサーとフィーはこれで手加減の仕様が顕著である事を知っていたが、
それでも彼の魔法が周りに及ぼす影響
は広く、強かった。
「フィー、ティニーを……」
「あっ、ふーせんっ」
アーサーの服に縋った少女が声を上げる。
空に舞い上がる赤い風船を見て
ティニーが息を呑んだ。
あれは確かに先程見たこの少女の風船。
飛んでいってしまう……。
……ふと。
目の前の敵の相手をしていたセティがすい、と視線を空へ転じた。
……誰も、観客すら見咎める事がない、けれどそれはあまりに唐突な気の散らし様だった。
彼はじっと空を見た。
口の中で何かを呟いて。そしてさらりと右手を空へ……否。
……それは、誰かの想いを一身に受ける小さな赤い風船へ、なのかも知れなかったが。
本を閉じる。……やがて風がやむ。
最後にふわりとついでのような風が吹き、それは赤い風船を客席のとある場所に降り立たせたのだった。
手を伸ばすまでもなく、その人物の目の前に。
……ティニーはそっと赤い風船の紐を掴んだ。
「……セティ様……?」
小さな声で呟く。
……離れた場所に立つ彼の人を見る。少しだけ心音が早まった。
彼は……穏やかに笑っていた。此方を見て。
「……この状況ですっごい事出来ますこと」
皮肉のように、それとも熱振りを見せつけられたと思ったのだろうか、フィー
が低く呟いた。
アーサーは溜息をついて無言だ。
ティニーはドキドキ煩い心臓を押さえ、言った。
「え、あの、え……ええっ? こ、声が聞こえていたとかではありませんよね?
凄いです、どうして判ったんでしょう?」
「それはねティニー、愛の……」
「わぁ、有り難う、姫様!」
フィーの言葉を遮って少女が喜びの声を上げ風船に手を伸ばす。
はいどうぞ、
とティニーは優しくそれを手渡した。……少し困惑してもいた。
「セティ様が、その、どうして判ったのかしら、兎に角取って下さったのだから、
ええと、一緒にお礼に」
「うん、行く!お姉ちゃん、いつかペガサスに乗せてね。きっとよ!」
少女はフィーにそう言うと、ティニーの手を取り、闘技広場の方へと駆けていった。
ティニーの足運びがなにやら危なっかしい。相当驚いているようだった。
「……妹はやらーん、なんて言わないわよね、アーサー?」
フィーがちらりと隣の恋人を見る。
アーサーは肩をすくめて言い返した。
「俺自身、そういう台詞を言われなかったんでね。目を瞑るさ」
コメント
お友達の松りこさんのサイト『白黒世界。』のカウンターで、
333のキリ番を自己申告し、強引にもぎ取った『ファイアーエムブレム聖戦の系譜』のSSです。
セティ×ティニーで、アーサーとフィーもオマケに絡むといいなぁ、
などという、わがまま言い放題なリクエストに見事応えて頂きました。
この兄妹の二組の交換カップルの関係が、私の中のイメージとバッチリフィーリングが合ったのです。
いやぁ、言ってみるもんだなぁ(^。^)ほくほく♪
麻生 司