雪降る国からの贈り物
ティニーが書斎で書き物をしていると、微かに表で馬のいななきが聞こえたような気がした。
羽根ペンを置き、露台に通じる窓を開けると、ひやりとする風が入って来る。
肩に羽織ったショールをしっかり巻き直し露台に出ると、ばさり、と間近で大きな翼が羽ばたいた。
「ティニー、遊びに来たわよ!」
元気の良い声に続いて、翠の髪が天馬の背から垣間見える。
「フィー!いらっしゃい!!」
ティニーの顔に、明るい笑みが浮かぶ。空からの来訪者は、義姉となったフィーであった。
「ごめんね、連絡なしで急に来ちゃって。お仕事中だった?」
ティニーの母親のティルテュが健在の頃から城に居る老執事に幾つか小さな荷物を渡し、出迎えた彼女を笑顔で抱きとめる。
「ううん、いいのよ。手紙を書いていただけだから。兄様はお元気?」
「元気元気!本当は一緒に来る筈だったんだけど、どうしても外せない用事が入ってしまって」
直前までゴネていたらしいが、外交の絡んだ仕事だったので延期する訳にもいかず、渋々アーサーは一人ヴェルトマーに残ったのだ。
「また落着いたら連れて来るから」
「ええ」
さざめくように笑いあいながら居間へと移る。
居間の片隅のテーブルには、先程老執事に預けた荷物が運ばれていた。
「何を持ってきたの?」
微かに首を傾げるティニーに向かい合いクスリと笑うと、フィーはドレスの裾を引くような仕草をし、典雅な礼をして見せた。
「ティニー・フリージ・グランベル。お誕生日おめでとうございます」
義妹をちらりと見上げ、片目を瞑る。
「誕生日…?あ……!」
ティニーが自分の口元に手をあてた。
日々の雑事に紛れてすっかり忘れていたが、今日は彼女自身の誕生日だったのだ。
「覚えていてくれてありがとう。とっても嬉しい」
「どういたしまして。はい、これ私とアーサーから」
テーブルからひとつ包みを取り上げ、ティニーの手に乗せる。
「開けてもいい?」
「どうぞ」
兄夫婦からの贈り物は、彼女の瞳の色を映した石を、飾り細工に嵌め込んだブローチと髪飾りだった。
銀の髪にも映える色使いは、きっとフィーの見立てだろう。
「アーサーと一緒に選んだのよ。大体見繕ったのは私だけど、二人でこれがいいって決めたの」
「大切にするわ。どうもありがとう」
年に何度かグランベルの諸侯が集まって、バーハラで会談の席が設けられる事になっている。
ヴェルトマー公爵家当主のアーサーも勿論出席するから、その席に身に着けて行けば兄も喜ぶだろう。
「それとね、もうひとつあるのよ」
「なあに?」
ことり、とティニーの前に置かれた包みは、彼女の両手の上に丁度収まる程の大きさだった。
「開けてみて」
フィーに促されるまま、ティニーが包みを開ける。
丁寧に梱包された包みを解いていくと、最後に硝子細工の宝石箱が現れた。
「綺麗……!」
淡い色の地に、紫水晶を美しい花に見立てて装飾にしている。
キラキラと光を反射して輝くその色合いに、ティニーは思わず感嘆の声を漏らした。
中に手紙が入っている事に気付き、フィーを見る。彼女が笑顔で頷いたので、ティニーはその手紙を取り出した。
『親愛なるティニー
誕生日おめでとう。
本当は手紙ではなく直接伝えたかったのだが、どうしても日程の都合がつかなかった事を許して欲しい。
贈り物は僕が自分で選んだ物だ。自分の足でシレジアの街を歩き、目で見て決めた。
一度ヴェルトマーのフィーに預けて、手渡して貰えるように言付けてある。
気に入ってもらえると嬉しいのだが。
シレジアの復興は急速に進んでいる。
街は活気に満ち、人々の心の疵も、日を追うごとに癒されているのだと確信している。
一日も早くこの国に君を迎えたい―――その想いは今もずっと変わっていない。
もう少し時間がかかるが、僕を信じて待っていて欲しい。
その日まで、どうか元気で―――
セティ』
「セティ様―――」
ティニーが胸に手紙を押し抱く。彼が手紙に託した想いを、そのまま形在る物として受け止めたかのように―――
「お兄ちゃんはね、言葉にした事は絶対に違えた事の無い人なの。
貴女とお兄ちゃんがどんな約束をしたのかは、あたし達は知らない。でも、信じてあげて。
お兄ちゃんが貴女を望んだのと同じくらい、あたし達は貴女がお兄ちゃんの側に居る事が自然なんだって、判ってる。
次代のシレジアの王妃は、貴女しかいない」
ここだけの話、もしも聖戦終結直後、強引にセティがシレジアにティニーを連れて帰ると言い張っていたとしても、
きっとどうにか収まっていたのではないかと思う。
だが兄はそうしなかった。
皆の頭にティニーはセティの花嫁になるのだという認識があったものだから、
彼女がセリスの前でフリージ公爵家を継ぐと宣言した時には、一体彼らの間に何があったのだという憶測が飛び交ったのだ。
ティニーが自分で選んだ事だから、兄は黙って頷いたのだろう。
だがそれは永遠の別離を意味するものではない。
領地と領民の生活が安定し、フリージ公爵家の汚名を雪げたならば―――
その時こそ兄は、世界の何処にティニーが居てもきっと見つけ出して、王妃としてシレジアに迎えるに違いない。
ティニーにも最上の幸福を手にする資格はある。
フィー自身にとっても、今は義妹となった彼女に、必ず幸福になって欲しい。
自分もそれ程大柄ではないのだが、それでもまだ頭半分小さいティニーの身体をぎゅっと抱き締めた。
「フィー?」
「ティニー、お兄ちゃんはいつも貴女に何て言っていた?最後にバーハラで別れる時、貴女に何を伝えた?」
思い浮かんだのは、最後に別れた日の彼の姿―――変わらぬ優しい微笑と、そして口付けと共に残された言葉。
『君は僕の宝物だ……愛しているよ―――』
「セティ様……」
微かにティニーの瞳に涙が滲む。それに気付いて、フィーは彼女の目尻を指で拭った。
「ごめんね、逢えないのに思い出させて。でも忘れないで、お兄ちゃんも貴女と同じ気持ちだって事。
貴女達が一日も早く一緒に暮らせる日が来る事を祈ってるわ」
「ええ…ええ。ありがとう、フィー……」
グランベルにその日、初めての雪が降った。
ちらちらと舞う雪は、北のシレジアの雪を知る者には懐かしく目に映ったという。
長くシレジアに語り継がれる事になる賢王セティとその花嫁の物語は、まだ始まったばかりであった―――
【FIN】
コメント
2888HITの自己申告を頂いた『白黒世界。』の松りこさんに差し上げたSSです。
遠距離恋愛中のセティ×ティニーですね。フィーがフォローに来てますけど(笑)
表面上は受理していなくて、SSが上手く上がったらこっそり送りつけちゃいましょう作戦でした。くす(^_^)
ああそれなのに、りこちゃんってばお返しまでくれてっ!!(嬉)
諸事情でこの2888HITのSSと同時UPになってます。両方お楽しみくださいませ♪