貴方への贈り物
「キール、キール!来週って暇?」
「忙しいな」
「む、即答かい。もう少し考えてよ〜『何かあるのか?』とかさ〜」
「被保護者の引き起こした騒動の後始末で、忙しさ倍増の毎日だからな。で、『何かあるのか?』」
「うぐっ、その切り返され方もちょっとキツいわ」
課題を持って来たメイは、来週の予定をキールに確認して、あっさり断られた。
「課題はちゃんとやるよ。夜にね、少しだけ時間欲しいんだけど…駄目?」
所々、赤インクで添削の入った課題を返してもらいながら、上目遣いで尋ねる。
「夜?何するんだ、そんな時間に」
「内緒。その時になったら判るから。ね、駄目かな?」
重ねて尋ねるメイに、キールは少し考え込む。
「シオン様を通じて引き受けた依頼が二つばかりあって、その締め切りが来週なんだ。
それ以外にも、例のダリス方面の対策会議の予定があって、一応呼ばれている」
一応どころか、キールは御前会議の立派な主力メンバーの一人である。
本人の意向はともかく、シオンやセイリオスは若くして緋色の肩掛けを取ったキールの才能を高く評価しており、
最近はよく、御前会議にも出席を求められるようになった。
「特に会議は夜を徹して行われるかもしれないから、こっちに帰って来れるかどうかも約束出来ない。数日かかる事もある。
来週は、ちょっと身体が空きそうにないな」
「む〜…お仕事じゃ仕方ない…か。うん、判ったよ」
がっくり、という文字がメイの背後に見えたような気がしたが、どうしようもない。
「来週じゃないと駄目なのか?」
すっかり大人しくなってしまったその様子に流石に少し気が咎めたのか、キールが尋ね返すと、メイは『うん』と答えた。
「でも…多分…ううん、きっと、またの機会があるよ。だからまた、その時に」
そう言って、トボトボという擬音と共に、メイはキールの部屋を後にした。
その後姿を見送りながらキールは、せめて御前会議が早めに切り上がれば…と思った。
メイは来週のいつ頃、とは言わなかったから、多分、週末までは来週の内なんだろう。
元々依頼は週の頭に片付けて、週半ばから御前会議に入る予定だった。
御前会議は、時に夜を徹し、小休止を入れながら数日に及ぶ事がある。
『夜に少しだけ、時間が欲しい』
一体メイは、自分と共に何をしようとしていたのだろうか。
週末までに御前会議が一応の決着を見れば…あるいはその答えを知る事が出来るかもしれない。
寂しそうな恋人の後ろ姿を見てしまった後だけに、余計切実にそう思う。
キールとて御前会議の予定さえ入ってなければ、そんな些細な願い事くらい、叶えてやりたかった。
「恨みますよ、シオン様…」
御前会議の日程を組んだのがシオンだと知っていたキールが思わず愚痴る。
丁度、その頃―――
「びぇっくしょい!!!」
「シオン、もう少し上品なクシャミは出来ないのかい?」
セイリオスの執務室で、シオンが盛大なクシャミをしていた。
「俺はお前さんと違って、上品なクシャミの仕方なんて知らねぇよ」
ずずっと鼻の下をこすりながら、シオンが冷やかしたセイリオスを横目で睨む。
ロイヤルなクシャミ。それはそれで想像出来ないのだが、
例えクシャミでも、セイリオスなら確かに品良くしそうだった。偏見だが。
「風邪かい?」
「い〜〜や、なんか嫌ーーな気配が一瞬したな。デートの約束を取り付けそこなった男が、俺をひがんでいるような」
さすが、筆頭魔道士の肩書きは、伊達ではない。
何気なく魔法研究院に目が行ったのは、偶然だったのだろう。きっと。
「……それでは、次回は再来週に執り行う。皆ご苦労だった。今回出た案件に対し、より発展した意見が聞けるよう期待している」
三日三晩、小休止を挟みつつ続いた御前会議は、週末の深夜過ぎに、ようやくお開きとなった。
アイシュは自宅に戻るのは諦め、王宮内の執務室で仮眠を取るという。
「キール、貴方も僕の部屋に来ますか〜?ちゃんとした寝室は無理ですが、仮眠くらいなら取れますよ〜」
兄の言葉に、少し考える。
騎士団の代表として参加していたレオ二スは、深夜ではあったが騎士団に戻った。
門限なんてもはや全く関係ない時間に突入しているが、
理由が御前会議だから、自分も入れない事はないだろう。
「…いや、俺も院に戻る。少し気になる事もあるしな」
「そうですか〜?暗いですから、足元には気を付けるんですよ〜」
何も無い平地でつまづいてコケる兄に心配されるのも妙な気分である。
とにかくキールは、挨拶もそこそこに王宮を後にした。
秋の終わりの夜は、しんしんと冷える。
日中はそれ程でもないのだが、やはり夜更けには冷え込む。
キールは研究院への道を、独り急いでいた。
『週末…も、もう終わったか?日付もとっくに変わったような時間だしな』
一体、メイが何をしようとしていたのか。
今更帰っても意味がないのかもしれないが、それでもキールは道を急ぐ。
やがて研究院が見えてくると、一角だけがぼんやりと明るかった。
「あれは…」
間違いなく、メイの部屋だった。
薄明るいランプの灯りが、ほのかに窓辺を浮かび上がらせている。
起きているのか、起きているつもりで眠ってしまっているのか。
どちらにせよ、キールは少しだけホッとした。
もしかしたら、まだ間に合うかもしれない。
誰より大切な少女の願いを叶える希望は、残されているのかもしれない。
メイの部屋の窓辺に近付くと、側の椅子に腰掛けて魔道書を開いている彼女の姿が目に入った。
コツン、と軽く窓を叩くと、メイはすぐ気付いた。急いで閉めていた窓を中から開ける。
『お帰り、キール!会議終わったの?』
流石に深夜という事もあり、メイは小声でキールを出迎えた。
『ついさっきな』
『良かったー!今夜ならまだ間に合うよ〜。ね、今から少しだけ付き合って?』
『ああ、いいぜ』
やったぁ!と、やっぱり小声で万歳すると、メイは部屋のランプの火を消した。
そして、おもむろによいしょっ、と掛け声をかけると、窓から乗り出す。
面食らったキールが、咄嗟に手を差し出して、不安定になったメイの身体を支えた。
『何てとこから出入りするんだ、お前は!』
『えへへ、ごめ〜ん。だってこっちの方が手っ取り早いんだもん。表回ってると、人に見付かるかもしんないし、遠回りだし』
それに、と呟いて、メイはぎゅうっとキールの首に抱きついた。
『キールにこうして、手を貸してもらいたかったんだもん♪』
『お前な…』
降ろしたメイの頭を、くしゃりと撫でる。
『俺の居ない所ではやるな。知らない所で怪我されたら、俺は自分が許せない』
そう言って、キールはメイに向って再び手を差し出した。
『どこかに移動するんだろ?足元が暗くて危ないから、手を離すなよ』
『うん!』
照れ臭そうに、ふいっと前に向いたキールの横顔がほんのり朱い。
メイは自分の為に差し出されたその手がとても嬉しくて、きゅっと握り返した。
「こっちこっち!」
メイがキールを引っ張って行ったのは、魔法研究院の裏手の丘だった。
前方には森と湖が開けており、王都は逆に背中側に見える場所である。
「昼間来ても良い所なんだよ〜」
院の敷地内の丘なのだが、意外に人は来ない穴場らしい。
「表から回ると、遠回りになるからだね、きっと。森や湖からだと、結構近いんだよ」
普段人が通らない場所なので、森と丘の間には、柵などが作られていないのだそうだ。
門限に遅れそうな時などは、森を突っ切って帰って来ると非常に便利らしい。
「人が普段通らない場所だからこそ、柵も無いんだろうが。そんな所を通り道にしてるのか?」
呆れたようなキールの声に、メイが気を付けて通ってるよ、と言い添える。
「日が暮れる前には、ちゃんと森を抜けるようにしてるし。この研究院、大きいから目印になるしね♪」
そういう問題じゃないだろうとキールは思ったが、言っても無駄なので、ただ一言、
「本当に気をつけろよ」
と、だけ言い、それ以上言うのを止めた。
大人しく部屋で本を読み、たおやかに笑うメイを、自分は求めたのではない。
屈託無く笑い、元気に街を闊歩する。
くるくると変わる表情、予測のつかない行動。その全てが愛しかったから、彼女の存在を欲した。
「うん。無茶はしないよ」
メイも、キールが自分の心配をしての言葉だと判っているので、素直に頷く。
ふっと、キールの口元に、安堵したような笑みが浮かんだ。
「それで、ここに何かあるのか?」
「うん。もうそろそろだと思うんだけど…」
丘の頂上に立ち、キールがメイを振り返ると、メイは頭上を振り仰いだ。
遥かに広がるのは、漆黒の空に、銀砂を撒いたような星空。
その中を突き抜ける、一条の光の矢―――
「あっ!!キール、見た!?今の!」
「ああ、流星だな。タイミング良く見れるなんて珍しい…」
言いかけた口が、そのままの形で止まる。
光の矢は、一度きりではなかった。
二度、三度と立て続けに流れたかと思うと、一瞬ごとにその数を増し、星の雨となる。
「驚いた?あたし達の世界では、流星群って呼んでたんだよ」
「一時に、大量の流星が見られる事があるとは、文献で読んだ事があるが…実際に見たのは初めてだ」
それは元の世界で、獅子座流星群、と呼ばれていた。
毎年、十一月の十七〜十九日位に極大を迎え、三十三年の周期で大出現する。
「あたしの住んでた場所は、夜でもここ程星が見えなくてね。
話では知ってたんだけど、こんなに綺麗な流れ星を見たのは、あたしも初めてだよ〜!」
元の世界とクラインは、違う世界でありながら、微妙な接点がある。
この流星群も『獅子座流星群』ではないのかもしれないが、同じ時期に出現した。
「先週、この流星群の事、思い出してね。絶対、キールと見たかったの。
知ってる?流れ星が消えるまでに願い事を三回唱えると、その願い事が叶うんだよ」
「これだけ流れてれば、ひとつくらいは叶いそうだな」
滅多に見れない物を見て、キールの頬も少し紅潮していた。
「…先月のキールの誕生日は、あたし知らなくて、何も出来なかったから。絶対、二人で見たかったの。良かった〜、今日、晴れてて!」
メイの話によると、キールが王宮に行ったきりになっていた数日間は、天気が悪くて見れなかったらしい。
「毎晩、こんな遅くまで起きてたのか?」
「んーん。昨日や一昨日は、どうしても晴れそうになかったし、早くに寝てたよ。
今日はねぇ、何となく、キールが帰ってくるような気がしてたんだ。だから起きて待ってたんだよ♪」
ふわりと、風にメイの髪が舞う。
キールは黙って、自分のローブの中にメイの小さな身体を包み込んだ。
「ありがと、キール。あったかい」
「どういたしまして。この星空の礼だな」
星降る夜を貴方に。
願い事が叶う、星の雨を。
…今まで貰ったどんな贈り物よりも、忘れられない夜になった。
「…何か願い事したのか?」
「んー?キールは?」
「お前は?」
「キールと一緒かな」
「じゃ、俺もお前と一緒だ」
どちらからともなく笑みをこぼし、唇がそっと触れ合った。
巡る季節、移る年月。
ずっと、ずっと、変わらずに貴方と共に―――
星降る夜の願いは天に届き、二人はクラインの地で、永く共に暮らしたという―――
あとがき
ちえ様のお誕生日限定企画に参加して、書かせて頂きました。
ちょこっと時期ハズレでごめんなさい(^_^;)
獅子座流星群は、私も毎年見るべく悪戦苦闘しております。
それにしても、ウチのキールって何か違う…(笑)
メイもちょっと別人くさいし(苦笑)
せめて参加者の中では、一番乗りを狙ってみた…