これもひとつの才能


「・・・で、今月、何回目だ・・・?」
「うっ・・・・・7回目・・・ですぅ・・・」

淡々としたキールの声に、ショボンとしたメイの声が答える。

倉庫を改良した、メイの部屋。
半年以上も住んでいたらそれなりに愛着も(例え最適な環境じゃないにしても)湧くものだが、今現在、彼女の部屋は、表に対して大変開放的な造りと化していた。

改装した訳ではない。
部屋で魔法の発動練習をしていたら、本日は大変調子が良かったらしく、メイが予想していた威力の、約2倍の魔法力が、放出された。
・・・結果、表に面する窓が、綺麗に窓枠と周囲の壁ごと吹っ飛んだ次第である。

大の大人が、僅かに身体を屈めるだけで素通りできるほどの、立派な穴が出現していた。


キールはぐりぐりと自分のこめかみを押さえた。
メイの身体に秘められた魔力は計り知れない。
が、放置しておく訳にもいかない。


メイは先日、元の世界には還らないという意思を明らかにした。
自分と共に在る為にクラインへの永住を望み、皇太子セイリオスの名で正式に受諾された。
今はまだ自分の被保護者だが、近いうちに彼女にも独立の証である肩掛けを取ってもらい、いずれは街でラボを開こうと思っている。

そんな彼女に足りない物。
それは才能でも努力でもなく・・・

「落ち着きと集中力」
「ううっ・・・」

泣いたって事態は改善しない。
メイだって自分が人より、ちょーっとばかりそそっかしかったり、少ーーしばかりパニックを起こし易い事は、よく判っているのだ。
ちなみに院の予算を注ぎこんで修繕しなければならない程、『何か』を破壊したのが、今回で今月七回目。
いまだ一ヶ月の三分の二しか終えていない事を考え合わせると・・・少なくはない回数である。


「済んだ事は仕方ない。次は気を付けろ・・・怪我してからじゃ、遅いんだ」
「うん・・・ごめんね、キール」

キールが本当に自分の事を心配して怒ったのが判っているから、メイの返事もしおらしい。
尻尾があったなら、きっとすっかり垂れ下がってしまっている状態のメイの髪をくしゃっと撫でると、キールはふっと苦笑を浮かべた。
以前の自分なら、もう少し容赦なく怒鳴りつけていたかもしれない。
だが今は、そんな事故を起こした後でも、メイが怪我一つ無い事実の方が嬉しかったのだ。

偶然なのか、飛び切り運がいいのか。
多分両方だとは思うが、この先も幸運が味方してくれるとは限らない。
ある程度の怪我は治せても、万が一、顔にでも痕が残ってしまったら。
女性のメイには耐えられないだろう。

そしてあまり考えたくはないが、頭を失っては人間は生きていけない。
怪我も場所によっては、治癒魔法も役に立たない致命傷に成り得るのだ。
そんな事態を引き起こす前に、何としても必要最低限の魔法制御の力を身に付けさせなくてはいけない。

特訓あるのみだった。

 


使い物にならなくなってしまったメイの部屋の修繕の手配を済ませると、キールは彼女を連れて自分の部屋に戻った。
いつも使っている椅子にメイが腰かけるのを目の端で見ながら、がさごそと戸棚を探る。

「何か探し物?」
「ああ・・・確かこの辺りに・・・と。あった、これだ」

ポン、とキールが投げて寄越して来た物をメイが両手で受け止める。

「・・・何、これ?」
「ダウザーだ」

それは銀の鎖に、同じ銀の錘の付いたダウザー。要するに振り子である。

「それを使って、集中力を付ける特訓をする」
「?」


ダウジングとは、地下の水脈や鉱脈を見付ける為にしばしば行われる手法である。
理論的に解明されているやり方ではないが、行う者が行えば、極めて高い的中率で目当ての物を見つけ出す事が出来る。


「それで、あたしに温泉でも掘り当てろって?」

そう言えば元の世界でも聞いた事あるわ、とメイが口を挟むと、

「別に金鉱でもいいがな」

キールにしては珍しいお茶目な返事が返って来た。

「まぁ、それは例え話だ。この際見付ける物自体は副産物に過ぎない」

ようはより正確にダウジングを行う為に、集中力と落ち着きを養えと言う事だった。


「初めは自分の持ち物の方が、集中し易いだろう」

と言うキールの意見に従い、メイは自分の持っていた小さな手鏡を彼に渡した。
そうして、一度部屋の外に出される。
ほんの少しの間扉の前で待たされた後、『入っていいぞ』と声をかけられた。

「基本的には集中する事。それだけだ。ダウジングなんて、やり方は人それぞれだし、
 集中の仕方も人によってまちまちだろう。だから一度、お前の好きなようにやってみろ」
「この部屋の何処かに、あたしの手鏡を隠してあると」
「そういう事だ。頑張って見つけろよ。俺はお前が見つけ出すまで、隠し場所は絶対に言わないからな」
「うわ、ひっどー。そういう事言う?」

顔をしかめて見せたが、キールが本当に自分の大事な物を返さない、なんて事はあり得ない。
自力で見つけ出す事にはなるのだろうが、その為の手ほどきには必ず付き合ってくれる筈だ。
それが判っているから、メイは気を落ち着けると、すうっと深呼吸した。


ダウザーを持った左腕を水平にかざし、目を閉じて、キールに渡した手鏡を頭の中に思い浮かべる。
手の平に収まるくらいの大きさのその手鏡は、元の世界から持って来た物ではない。
手鏡も一緒に召還されたのだが、研究院の長老たちが実験に使うから貸してくれと言って持ち出したきり、結局返って来なかった。実験中に壊れてしまったのだ。
キールの目の前で涙を見せてしまった、数少ない事故だった。

あの時、キールが自分に対して悪びれたような様子を見せなかったのは、
いっそ自分を憎まれ役にして怒りをぶつければ、少しはメイの気が晴れるだろう…という、
何とも彼らしい、不器用な思いやりのひとつの形であったのだと、今のメイは判っている。
メイが泣いて彼の前から走り去ったあと、偶然その場に居合わせたシルフィスに叱られたと、キールは後で教えてくれた。
言葉にした事が全てではないけれど、言葉にしないと伝わらない誠意もあると。


メイを泣かせたのは研究院の仕打ちだった。
そして自分の言葉の足りなさが、ギリギリの所でバランスを保っていた彼女の心を揺らした。
だからキールは夕刻近くにメイの部屋の扉を叩くと、謝罪した。
壊してしまった物を元通りにする事は出来ないけれど、せめて代わりになる物を、と言って、キールが買ってくれたのが、今探そうとしている手鏡である。
今のメイには、大切な宝物のひとつ。絶対に見つけ出してみせる。


頭の中に、飾り彫刻まで鮮明に思い描く。

でも、こんな方法で本当にダウジングなんて出来るのかしら?
方法も人それぞれって事は、結局我流でマスターしろって事よね。
大体、見付かるか見付からないかなんて、結局確率は二分の一なんじゃない。

・・・などと考えていたら。

「こら」

少し離れて立っていた筈のキールに、こつんと額を小突かれた。

「ちゃんと集中してないだろ?」

すっかりお見通しである。

「えへへ・・・ごめん」

ぽりぽりと頬を掻いて誤魔化す。

「お前のその、集中力の無さを補う為の特訓だからな。出来るまでやるぞ」
「うん」
「よし。じゃあ、俺なりのコツをひとつ教えてやろう。あくまでも俺のやり方だけどな」
「いいよ、キールのやり方で。お手本にするから」

キールが『上出来だ』と言いたげな笑みを見せた。

「俺のやり方はな。信じる事、だ」

信じる事。
自分にはきっと見付けられる。
その力が有る・・・そう強く信じる事。
物心ついた頃から、双子の兄であるアイシュへのコンプレックスを常に抱き続け、そのコンプレックスを努力で克服しようとしたキールならではの方法である。

「思い込みで勝負って事か。なるほど」

小難しい理屈よりも、よっぽど判り易かったらしい。
メイはもう一度左腕を水平に維持し、瞳を閉じた。


大事な手鏡。
キールに買って貰った、大切な宝物。
大丈夫、あたしには見付けられる。
その力が有る。
どこに在るの・・・?


ぼんやりと、頭の中にビジョンが浮かぶ。
同時に、左腕に掲げたダウザーが、くるりと回転した。
くるくると回った振り子は、ある一点を選び出すと今度はその方向に振れた。

「・・・・・」

ダウザーが指したその先には。

「どうした?」
「・・・何でもない」

棚など何も無い壁を背に、軽く腕を組んで立つキールの姿があるだけだった。

『おかしいな・・・上手くいったと思ったんだけど』

何故隠す所が無い場所を指したのか。

『キールに買って貰った手鏡だから・・・意識しすぎたかな?』

苦笑を浮かべて、メイは目を閉じ直した。
ちゃんとやらないと、いつまでも手鏡が見付からない。


再び呼吸を整える。
ダウザーを掲げる。
そして手鏡の事を強く思い描く。
・・・くるりと振り子が回転し、一点を指し示す。

「・・・・・あれぇ・・・・・?」

ダウザーが示したのは、またもキールの背後の壁だった

「どうした?」
「うーん・・・上手く行ったと思ったんだけどなぁ。壁をね、指すのよ。ホラ」

言いながら、空いた右手で振り子を指差す。

「ほう」

キールの眉が、片方僅かに上がる。

「まさか、あんたの立ってる背後の壁に、こっそり隠し棚があったりしないわよね?ちょっと見せて」

少なくとも、しょっちゅうこの部屋に出入りしているメイでさえ、そんな物に見覚えはないのだが。
二度やって二度とも同じ結果が出る以上、少しは疑ってみたくなる。
僅かな間部屋から出された間に、魔法で壁に穴くらい空けているかもしれない。

・・・口にしたら『お前じゃあるまいし』とか言われそうだったので言わなかったが。

「ああ、いいぜ」

だが、あっさりどいてくれたキールの背後は、勿論ただの壁で。
コンコン叩いてみても、別段おかしな音がする訳でもなく、普通の壁だった。

「気が済んだか?」
「あはは、隠し棚があったら面白いと思ったんだけど、やっぱし無いわねぇ」


おかしいなぁ、とブツブツ言いながら壁から離れる。
キールはメイの邪魔にならないように、先程とまったく同じ位置に立った。
寸分違わぬ、その場所に。


「・・・・・ん?」

二度やって、二度とも同じ場所を指したダウザー。
立ち場所を変えなかったキール。
この部屋の『何処か』に隠された手鏡・・・

「あっ!判った!!」

言うが早いか、メイはキールに駆け寄ると、ガッと彼のローブを掴んだ。

「あんたが『持って』るんでしょ!」
「ご明察」

にやりと笑って、キールが自分の懐から手鏡を出す。
それは間違いなく、メイの手鏡だった。

「二度も同じ場所を指したのに、俺が持ってるとすぐに気付かなかったか?」

メイの手に手鏡を返しながらそう言うと、メイはぷーと頬を膨らませた。

「だって、『場所』だと思ったんだもん。そんな、一発で見付かるなんて思ってなかったし。いいじゃん、ちゃんと気付いたんだから」
「その通りだ」

くしゃっと、メイの頭を撫でる。

「お前はダウジングに向いてるらしい。『一発で見付ける』なんて、予想外の高確率だった。
 当たらないものを当たるように努力させる為の特訓のつもりだったんだが、これは対策を変えたほうがいいな」
「それって、あたしって凄いって誉めてくれてるの?」
「ああ、大したもんだよ」

キールが素直に誉めてくれる事などあまりないので少しくすぐったかったが、でもとっても嬉しくて、メイはえへへと照れ笑いを浮かべた。


それからも、メイはダウジングの訓練は続けた。
いくら素質があるとはいっても、百発百中という訳にはいかない。
どうやら最初の一発必中は、多少のまぐれも入っていたらしい。

それでも並の魔道士よりはずっと高い的中率を誇る中、キールの出した結論は、メイが興味を強く持った物――例えば自分の私物――程、的中率が高いという事だった。
ちなみにキールの私物を探す時も、素晴らしい的中率だった・・・と言うのは、余談である。


遠くない将来、街に開かれたセリアンラボに失せ物探しの名人がいる、と評判になるのは・・・もう少し、先のお話。

                                                                        【FIN】


あとがき

中途半端な終わり方・・・(笑)
元はと言えば、レオシルメインの「Heirat」でキルメイを絡めて出した時に、
メイがダウジングが得意、って設定を付けたんです。
そのフォローの為のお話のつもりで書いたのでした。
でもあんましキルメイでもないっすね…(苦笑)
                                                    麻生 司



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