未来への贈り物


新居に越してきて早数ヶ月が経つ。
持ち込んだ荷物のほとんどが書物やオーブなどの実験や研究に使う物だったが、少しは全くの私物もある。
例えば今自分の手の中にある、鍵の付いた小さな箱がそうだった。

「キール、何それ?」
「……いや、俺も考えてるんだがな」

休日の昼下がり、二人で屋根裏部屋の片付けをしていたキールが、
自分の私物を取りあえず放り込んでおいた箱から、更に小さな陶製の箱を見付けたのだ。
両の掌の上に置いたらピッタリくらいの大きさで、あまり重さは無い。振ってみてもカタカタと小さな音がするだけである。

「自分で荷物に詰めたんでしょ。何か判らないの?」
「本やオーブ類はほとんど丸まま移したし、私物は大して量がなかったから、実家から持ってきた荷物をそのまま送ったんだ。
 だから中は確認していない」


ようするに何年か前に王都に出てきた時のままの荷物を、持ち込んだという訳だ。

「私物って…要するにアルバム…は無いか。肖像画だったり、個人的な宝物だったりなんでしょ?実家から持って来るほどの物なのに、覚えてないの?」
「俺はあまり物に執着するタイプじゃなかったからな。私物と言っても、そう大した物の筈では…」

はた、とキールが手を打つ。

「そうか…オルゴール…」
「オルゴール?」


キールの断片的な記憶によれば。
それはまだ自分が小さかった頃に亡くなった父から贈られたオルゴールだ、という事だった。

「男への贈り物にオルゴールを選ぶなよ、と幼心にも思ったから間違いないと思う」
「へぇ…これを、キールのお父さんがねぇ」

メイがキールから受け取り、引っくり返したり裏側を見たりしてみる。
細かな彫り物がしてあり、華美ではないが、とても良い品物だろうと察しがついた。
差込型の鍵穴ががひとつ有り、蓋は開かなかった。どうも鍵がかけられているらしい。

「多分造りが良いから、美術品みたいな感覚で選んでくれたんだよ、きっと。それにしても鍵がかかってるけど、キールがかけたの?」
「いや。貰った時からかかってた。『開かない』と言ったら、鍵はまた別に用意してあると―――それからすぐだったな。親父が亡くなったのは」

オルゴールだから、と手渡されたのでそれがオルゴールだと判ったのであって、キールも実際に鳴る所を聞いた事がある訳ではなかった。

「じゃあ、これがお父さんからの最後の贈り物ってこと?」
「そういう事になるな」

メイがじっと、手の中のオルゴールに目を落とす。

「キール、これ、あたしが貰ってもいいかな?」
「別に構わんが…鍵はないんだぞ?」
「それでもいい。壊さないで開けられる方法、何か考えるから」

メイの髪をくしゃりと撫でると、キールが目を細めた。

「それじゃあ、もしも開いたら…俺にも聞かせてくれ」

 


「…とは言うものの、開錠の魔法に頼るのもね〜」

一応、鍵を開ける魔法というのは存在する。
メイが個人的に所有している魔道書にも普通に載っているから、かなりポピュラーな魔法と言えるだろう。
実際、外出先で鍵を失くしたから開けてくれ、などという依頼もたまにあるくらいだ。
だがそんな魔法で開けてしまったら、何か別の大事な物を失いそうな気がする。
キールの父は、きっとそんな手段で開けて欲しいとは願わないだろう。
メイは魔道書をパタリと閉じ、少なくともこの魔法は最後の手段にしようと心に決めた。

さてそうなると後は実力行使である。
鍵は無いが、鍵穴に何か差し込んで回せば開いたりしないだろうか。


「そういや昔見たテレビかなんかで、ヘアピンで鍵開けるドロボウってのが居たわね〜」

相当古い、しかも偏ったネタの仕入れ方だが、ヘアピンなら自分が一ケース召還した事があるので余っていた。
そのうち二本を取り出すと、伸ばして真っ直ぐにし、カチャカチャと鍵穴に突っ込んで回してみる。
だがテレビのようには上手くいかなかった。鍵はカチャリとも言わない。流石に漫画のようには行かなかった。

「だからと言って、壊して開ける訳にもいかないし」

コツン、と指先で蓋を突付く。男の子が一般的に喜ぶ贈り物とはかけ離れた、この品を敢えて息子に贈った真意は何なのか。
一体キールの父―――自分にとっては義父になる筈だった人は、このオルゴールに何を託したのだろう?

「鍵が見付かるといいのにねぇ」

そんな都合のいい話はなかなかないろうと思いつつも、手は尽くしたい。
メイは席を立つと、ペンと手に取った。

 


「メイ、手紙だ……ウチのお袋から」
「あ、ありがと〜♪」

約一週間後、キールの母からメイに宛てて手紙が着いた。意外な差出人に驚いたのはキールである。

「お前、お袋と手紙のやりとりなんかしてたのか?」
「うん、時々ね。特別な用事なんてないけど、『元気にしてます』とか、『こんな事がありました』とか。ま、近況報告かな?
 キールってば、あんまりマメにそういう事してないでしょ?」
「う……」

痛い所を付かれて返事に詰まる。決して気にしていない訳ではないのだが、便りのないのが元気な証拠と自分では思っている。
自分の分までアイシュが便りを出している筈なので、それをアテにしている部分も無いとは言えなかった。

「でも今度の用件は別。この間のオルゴールの事を聞いたの。何かご存知ありませんかって」
「鍵か?でももう十年近くそのままだったんだ。お袋も覚えてるかどうか」

封を切り、手紙を読み進めるメイの顔に笑みが浮かぶ。

「そうでもないみたいよ。ほら」
「?」

メイが封蝋の押された封筒を逆さまにすると、彼女の手の中にポトリと小さな鍵が落ちた。
キールの目が思わず丸くなる。

「……なんでお袋が鍵を持ってるんだ……」
「さっすが、キールのお母さんだねぇ♪もしやと思って、聞いてみて良かった!」

無邪気なメイの笑顔に、キールは母親というものの底力を思い知ったような気がした。

 



『メイさん

 お便りどうもありがとう。二人とも元気そうで何よりです。
 キールがちっとも近況を知らせてくれないので、貴女がいろいろ知らせてくれるのをとても楽しみにしています。

 お尋ねのオルゴールの物かは判りませんが、主人が亡くなる前に預かった、何の物か覚えのない鍵があります。
 同封するので、一度試して御覧なさい。
 また今度二人で遊びにいらっしゃいね。待っています

                                                               母より』



「お義父さんが亡くなる前に、『もしも自分に何かあった後で、子供達が‘鍵‘を知らないかと尋ねて来たら渡してくれ』って言って、
 お義母さんに預けたらしいわよ」
「それがこの鍵か」

そんな根拠の無い冗談のような話を、母は信じてずっとこの鍵を持っていたのだろうか。

「多分お義母さんも、預かったけど忘れてたんだよ。あたしが尋ねたから、思い出したんだと思う」


子供達。
それはキールとメイの事なのか、それともキールとアイシュの事なのか。
その疑問を口にすると、キールが軽く首を振る。

「…俺達兄弟かな。俺が親父に開かないオルゴールを貰った時、兄貴は動かない機械人形(オートマタ)を貰ったらしい」
「キール、アイシュに鍵の事知らないか聞いてみたんだ?」

見上げるように言うと、キールが苦笑した。

「俺がオルゴールを貰ったと知るまでは、何で自分に人形なんだと悩んだらしいがな」
「普通男の子に、オルゴールやオートマタは渡さないわよねぇ」

クスクスと可笑しそうにメイが笑う。

「でも動かないオートマタって?」
「人形の背中の所に鍵穴があって」

キールが自分の背中を指差して見せる。

「多分、そこに合う鍵を差し込めば動くだろうと、兄貴も思ったらしい。
 俺も無意識でそのオルゴールをずっと持ったまま今に至った訳だが、兄貴も動かないオートマタを、今も王都の家に持ってるそうだ」

 


メイはコトリと、オルゴールを居間のテーブルの上に置いた。手の中の小さな鍵を握り直す。
鍵穴に差し込まれた鍵は彼女の手で回されると、カチリという硬い音がした。

「…鍵、開いたみたい」
「やっぱり、この鍵だったのか…」

二人が顔を見合わせる。

「開けるよ?」
「ああ」


ゆっくりとメイがオルゴールの蓋を開けると、柔らかく、優しい旋律が流れ出した。
長い旋律が一巡すると、また最初に戻って螺子が切れるまで繰り返される。

「綺麗な曲……何て曲か、判る?」
「確かクラインの古い曲で…『いつか逢う貴方へ』…だったかな?」

懐かしいその旋律に、キールも目を細める。
まだ幼かった頃、母がよくピアノでこの曲を弾いていた。『父さんとの、思い出の曲なのよ』と、いつか聞いた事がある。

「何か入ってる」

キールがオルゴールの中に、小さく折畳まれた紙片を見つけた。

「手紙だ…俺と……これは、メイに?」
「え?」

さっと目を通したキールが思わず声を上げ、意外な所で自分の名を出されたメイも驚きを隠せない。

「読んでみろ」

促されるままメイは、手渡された手紙に目を落とした。

 


『キール、この手紙を読む時、お前の隣にはどんな人がいるのだろう?
 お前は自分の意志でこのオルゴールを開いたりはしないに違いない。きっと、お前の一番大切な人が鍵を見付けたのだと思う。
 今、お前は幸せだろうか。元気にやっているか。―――その姿を、多分私は見る事が出来ないと思う。
 お前たちは幸せにおなり。今を精一杯生き、悔やまぬ人生を歩みなさい。
 このオルゴールは、未来のお前たちへの贈り物だ』

 

「…親父は、あまり身体が丈夫ではなかったんだ。亡くなったのも、風邪をこじらせた肺炎が原因だった」
「そうだったの…」

自分があまり長く生きないかもしれないと感じた時、子供達に何かを遺そうと思ったのだろう。
それも、息子たちと―――恐らくは、その花嫁に。だから贈り物は息子が喜びそうもない品だったのだ。

「でも未来への贈り物なんて、素敵なお父さんじゃない」
「親父と、あまり話した記憶がないんだ…生きてたら、もっといろいろ話せたんだけどな」
「でもキールやアイシュの事、とっても大切に思ってた事は判るよ」


『いつか逢う貴方へ』―――その曲に込められた意味。
母が父との思い出の曲だと言ったその理由。
きっと母も、父からこの曲を贈られたのだ。遠い昔、自分達が命を受ける―――ずっと以前に。
運命の人に巡り逢うという、奇跡を信じて。

 

「アイシュの貰ったオートマタにも、鍵穴があったって言ってたわね?
 じゃあもしかして鍵を開けたら背中が開くようになってて、やっぱり手紙が入ってるんじゃないかしら」
「そうだろうな」

兄の口ぶりからすると、自分の意志であの人形を動かす気はなさそうだった。
だとすれば、あのオートマタを動かすのは、キールにとってのメイのような存在に他ならない。

「…鍵はお袋の所に戻しておくか」
「そうだね。アイシュのオートマタもこの鍵で動くと思うけど、うっかり開けちゃうと折角のお義父さんの贈り物が台無し」


笑みを浮かべ、メイがオルゴールから鍵を抜くと、キールの掌に鍵を落とした。
いつか、アイシュが運命の人を見付けたなら―――さりげなく、動かなかったオートマタの事を話してみよう。
贈り物は見付けた?と、彼の花嫁に尋ねてみようと思った。

                                                                  【FIN】


あとがき

セリアン兄弟のお父さんから、息子の花嫁に浪漫ティックな贈り物(笑)
しかし貰った息子達はさぞかしうろたえたでしょうねぇ(^^ゞ感心な事に二人ともよく捨てずに持ってたもんだ。

彼らの父はあまり身体が丈夫ではなかったと設定しましたので、
もしかしたら見れないかもしれない(事実そうなったんですが)息子の門出に、
何か前もって餞を…と思って選んだのが、オルゴールであり、人形だった訳です。だから贈り物の対象は女性。
アイシュの花嫁については、いずれ出会う誰か、というだけで私は何も設定してません(笑)あしからず。




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