両手いっぱいの愛を
結婚式を間近に控えて、レオ二ス・クレベール少佐は慌ただしい日々を過ごしていた。
大尉時代の直属の部下であり、現在は自身の副官を務めているシルフィス・カストリーズに求婚したのがつい二ヶ月程前の事。
直後に彼女が演習中、雪崩に巻き込まれて危うく一命を落としかけたが、その後一ヶ月の療養という名の休暇を皇太子命で頂き、無事に復職した。
だがシルフィスにとっては厄年であったのか、復職直後に王家を狙う暗殺者を偶然見てしまった為に命を狙われる羽目になった。
後頭部を殴られ、一時は意識が戻らなかったのだが、それも研究院の治癒魔法で事無きを得ている。
しかしその一件で懲りたレオ二スは、半ば強引に職権を濫用し、結婚式が終わるまでシルフィスを休暇扱いにしてしまった。
元々彼女は自分の行使できる休暇を完全に消化していなかったのでそれを当てこんだのだが、
降って湧いた突然の休暇命令(命令でなければ休暇勧告である)に戸惑いながらも、
流石にこれ以上婚約者に要らぬ心配を掛ける事に気が引けたのか、大人しくその命を受けた。
以来、彼女は結婚式の準備や、結婚後の準備などを比較的時間の余裕を持って行っている。
ドレスの仕立ては順調のようだし、生活用品などの細々した物は、先に主婦となったメイの意見を聞きつつ少しずつ準備しているようだった。
彼女には支度金として、ある程度纏まった金額を渡してある。
新生活を始めるに当たって必要な物はこれで揃えるようにとの、仕事でいつも買い物には付き合えない彼なりの気遣いだった。
ドレスを作る際の採寸にはレオ二スも同行したので、仕立てに必要な費用は全て彼に請求が来る事になっている。
新居は王都の一角、騎士団にも程近い場所に見付ける事が出来た。
彼自身もシルフィスも華美な生活は好まないので、別に家族者向けの騎士団宿舎でも一向に構わなかったのだが、
『騎士団副団長を務める男が、妻を迎えてまでいつまでも騎士団付属の宿舎に居座っていたのでは、部下が気を遣って独立できない』
という一部上司や同僚の意見を聞き、外に一家を構える事にしたのである。
新居となる家は、親が亡くなった後に王宮に仕官する息子夫婦が住んでいた物だが、
配置転換で郊外の方に移る事になり、手放す事になった物件を買い取った。
建てられてから少し年数は立っていたが、手入れはよく行き届いており、すぐに住むにも不都合が無いのが具合が良かった。
シルフィスと二人で何度か家の掃除や片付けには訪れており、
既にテーブルや椅子、ソファ、ベッド、カーテン、食器棚などの大きな家具は運び込まれている。
衣類やその他の細かな荷物を入れてしまった後は、一週間後に新たな主達が越してくれば良いだけであり、
普段は堅物で通っているレオ二スも、流石に心なしか足取りも軽かった。
だが副官を務めるシルフィスが休暇に入っていると言う事は、普段彼女が片付けている細々とした書類の整理や決裁を自分でしなければならないという事である。
シルフィスを副官にするまでは確か全て自分でやっていた筈なのだが、
この一年の間そういう雑多な作業は全て彼女任せにしていたせいか、久し振りに自分が全てやるとなると、なかなか段取りが悪かった。
明日が提出期限になっている経費の決裁書類を町に警邏に出るついでに直接王宮のアイシュの元へと届けると、
庭園で植木鋏を片手に花の手入れをしているシオンとばったり出会った。
『よう』と声を掛けられ、微かにレオ二スの眉間に皺が寄る。
勘違いしている人間もいるようだが、彼らはお互いにお互いを嫌いあっている訳ではない。
女性関係に節操が無く、勤務態度も何処か真面目さに欠けるシオンを、一方的にレオ二スが嫌っているのである。
シオンの方はいたって平気で、こうして王宮内で出会ったりすれば気楽に声を掛けてくれた。
役職上王宮警備の任に就く事の多いレオ二スの頭痛が絶えない原因の一端でもある。
「何だよ、出会い頭に人の顔見て思い切り嫌そうな顔しやがって。
間違っても男は取って食いやしないから安心しろよ。もうじき花婿になろうって男のする顔じゃねーぞ」
「……失礼しました」
シオンもレオ二スに嫌われている事は判っていたので、これは半ば以上嫌味の発言である。
だが花婿に相応しくない表情と言う彼の意見も、また事実であった。
この期に及んで表情に乏しい事を少しは気にしていた―――あくまでも、シルフィスの為に―――ので、思わず表情が強張る。
珍しくレオ二スが自分の言葉に素直な反応を示したので、シオンがニヤリと笑った。
「そうそう。これから可愛い嫁さん貰うんだから、いつもそんな仏頂面だと嫌われるぜ。
あのキールですら、メイと一緒になってから随分砕けたんだからな」
確かに、それは一理あるとは思う。
いくら好き合って一緒になるのだとは言っても、やはり相手にはしかめ面よりも笑顔で居て欲しいだろう。
あまり素の自分を出さないという点においては、魔法研究院の若き天才、『緋色の魔道士』の二つ名を持つキール・セリアンも自分といい勝負だったのだが、
約一年前にメイと結婚してからというもの、すっかり印象が変わった。
基本的にはあまり変わっていないのだろうが、時には冗談も言うし、相手――特に女性――に対する気遣いが細かくなったように思う。
それはやはり自分が所帯を持った事で、人との接し方や扱い方と言う物を身をもって学んだからなのだろう。
「…とは言え、笑う事に慣れてない奴にいきなり笑えと言っても、どうせぎこちないものにしかならんし、大体想像もしたくない」
さり気なく酷い事を言っているが、レオ二スは聞かなかった事にした。
ここで腹を立てて立ち去ってしまっては、折角の機会をフイにしてしまう。
「だとしたら、あれだな。贈り物攻勢だ」
「贈り物?」
思わず聞き返す。
「そうさ。好きな男から贈り物を貰うと、それがどんな物でも女は嬉しいもんさ。
好きな女の笑顔を見れば、贈った自分の表情も少しは和むだろ?」
そう言うものなのだろうか。甚だ疑問ではあったが、ほとんど経験のない事を幾ら考えた所で判る筈もない。
「お前さん、シルフィスに何か贈り物をした事は?」
いきなり尋ねられ、一瞬返答に詰まる。
「……昨年の降誕祭前に」
自分と対の指環を贈ったのだ。
自分と彼女の、それぞれの瞳の色を映した石を嵌め込んだ物で、それは今も互いの指にある。
レオ二スが選んだ物らしく華美ではないが、指環そのものに精緻な彫り物が施されており、革手袋の下につけていても目立たない。
そう言えば指環を贈った時の彼女は、華のような笑顔を見せてくれた。
余りにも予想外の出来事であったので、その直後に涙も零していたが。
「ほう、一応贈った事はあるんだな。それ以降には?」
「後は……」
後は、二人で家や家具を決めて購入したり、シルフィスに支度金を渡したりした程度である。
それも必要に迫られたからであり、純粋な意味での贈り物ではない。
それきり黙ってしまったレオ二スの様子に、『要するに他にはないんだな』とシオンは正しく見通してしまった。
「じゃあ、心優しい俺からのアドバイスだ。
未来の嫁さんの笑顔を拝む為にも、一週間後の結婚式までにシルフィスの為に何かを選んで贈る事。
あれだけの別嬪さんが笑った所を見れば、さしものお前さんも表情が解れるだろ」
未来の妻を『別嬪』と称されて本来ならば素直に喜ぶべきなのだろうが、相手がシオンとなると話は別だ。
無意識に蒼い双眸が険を帯び、殺気に近い気配が発せられる。
どうやらレオ二スは思った以上に独占欲が強いらしい。ほんの一言シルフィスを特別視するような発言をしただけでこの殺気である。
下手にからかっていては命が危ないと、シオンは自分の過去の女癖の悪さは遠い棚の上に上げて、必死に弁解した。
「待て待て、ただの素直な感想だよ。他意は無いから、頼むからその殺気は引っ込めてくれ。俺だって命は惜しい」
幾らなんでも口の端に話題を乗せた程度で斬ったりはしないが、確かにシオンに対しては必要以上に構える節がある。
その自覚はあったので、レオ二スもすぐに平常心を取り戻した。そして、
「ご意見、確かに拝聴させて頂いた」
と言い残すと、『やれやれ、扱い難い男だよ』と苦笑を浮かべるシオンを残して王宮から立ち去った。
いつも通りの警邏のコースを辿りながら、レオ二スは先程のシオンとの遣り取りを思い返していた。
彼の女性遍歴は褒められたものではないが、その分、女性に対する接し方は学ぶべき所もある。
シルフィスは自分の好みも性格もよく判っているので自分から多くを望まないが、もしかしたら心の中では贈り物の一つも待っているのかもしれない。
だとすれば、その期待に答えるのが男の度量と言う物ではないだろうか。
その後一大決心をしたような顔つきで町を警邏するレオ二スを、町の人々は不思議そうに遠巻きに眺めていた。
翌日に控えた結婚式を前に、シルフィスは一人、騎士団宿舎で最後の夜を過ごしていた。
明日の朝一番にアンヘル村から両親と、祖父である長老が駆け付ける事になっている他、
親友であるメイや、隣国ダリスの王妃となったディアーナも参列する予定になっている。
他にもメイ共々、何かと世話になる機会の多かった魔道士のキール―――彼はメイの夫でもある―――や同期のガゼルを始め、
ガゼルの上司でありレオ二スの同期でもあるリデールや、料理を懇切丁寧に教えて貰ったアイシュ、
それにセイリオスの名代という名目でシオンも列席する事になっていた。
慌ただしい日々であったが何とか準備も間に合い、後は式を終えて新居に移るだけである。
明日にはレオ二スの妻となった自分が在り、今までとは全く違う生活が始まるのかと思うと何だか面映い。
ただ今は、そんな忙しさと明日から始まる新生活の狭間で、何やらぽっかりと胸に穴があいたみたいだった。
明日は朝から忙しい。もう寝てしまおうかと考えたその時、部屋の扉がノックされた。
中から来意を問うと、訪ねて来たのはレオ二スだった。
「レオ二ス様、どうなさったんですか?こんな遅くに」
「すまない。だが、どうしても渡したい物があったのでな」
彼は後ろ手に、何か大きな物を持っているようだった。
ただ廊下が暗いのと、レオ二スが身体で巧みに隠しているので何かは判らない。
「ずっと、何が良いか迷っていて遅くなってしまった。今更だが、受け取ってもらえると嬉しいのだが」
一体何かと、目を瞠るシルフィスの目の前に。
差し出されたのは、両手いっぱいの花束だった。まろやかな一重の花弁を持つ白いカラーの花束に、シルフィスが瞳を瞬かせる。
「花屋でその花を見付けた時、お前のようだと思った」
シオンに贈り物をしろと言われてから一週間。レオ二スは悩みに悩みながら過ごしていた。
明日はもう結婚式だと言うのに、何一つこれだと思う物が見付からない。
装飾品など、選ぼうと思えば幾らでも物はあるのだが、どれも彼女に贈るべき物ではないような気がした。
シルフィスならば、きっと何を贈っても喜んではくれると思う。
だがなればこそ、自分が納得した物で彼女を喜ばせたかったのだ。それはもはや、男の意地だったのかもしれない。
しかし肝心の贈り物は決まらないまま、レオ二スが独身時代最後の警邏に出た時、見付けたのだ。
花屋の片隅で可憐に咲く白い花―――その姿に、凛とした清楚な美しさを感じた。
どんな時でも毅然として、まっすぐに真実を見据えるような……そんな強さを。
「我ながら、柄にも無い事だがな」
そう言って苦笑したレオ二スに、だがシルフィスは白い花束に頬を埋めるようにして微笑み返した。
零れるような、眩しい笑みを。
「ありがとうございます、レオ二ス様。とても嬉しい。私、明日の結婚式ではこの花をブーケにします」
それが自分を想ってこの花を選んでくれたレオ二スに対する、感謝の気持ちだった。
「もう一つ、渡しておく物がある」
シルフィスの笑顔に見惚れて―――無論、表情には出さないが―――思わず忘れる所だったが、
レオ二スが上着の内ポケットから一つの小箱を取り出す。
その箱には見覚えがあった。
「レオ二ス様……これは」
手の中で開けた小箱の中には、翠の宝石で彩られた一対の耳飾りと、揃いの首飾り。
それは以前貴族の婚約披露パーティーの警護に就いた際に『騎士としてではなく、女性としての正装で』と望まれて、
その時に彼が自分に貸してくれたあの首飾りと耳飾りだった。
不注意から首飾りが光物好きなカラスに持って行かれてしまうなど、色んな意味で思い出のある品である。
「これは代々、クレベール家の女主人に受け継がれて来た品だ」
「……え!?」
シルフィスの翠の瞳が大きく見開かれる。自分が以前預かった時には、レオ二スの母の実家に伝わる物だと聞いていた。
長子だから受け継いでいたが、男の自分が持っていても意味が無い。シルフィスが身に付けるだけでも意味があるだろうと―――
「……あの頃から、いつかお前を妻に出来ればと良いと思っていた―――だからこの首飾りを託した」
自分の心を正直に明かせない裏返しに、せめて実家に伝わる女主人の証を、由来を隠して彼女に託した。
いつか本当に、彼女を妻に迎える日がくれば良いとの願いを込めて―――
「今度こそ私の為に、この首飾りを身に付けてくれるか?」
「ええ…ええ、勿論です……至らない私ですが、貴方がそう、望んでくれるのなら」
零れ落ちる涙で、はっきりとレオ二スの顔が見えない。
だが彼は、確かに微笑んで頷いてくれた。
「私は、お前以外に望むものなど何もない」
そう、囁いて―――
翌日、神殿の前は運良く休暇の取れた騎士団の者や、物見高い町の人々で溢れ返っていた。
その最前列に、招待状を貰ったごく親しい友人や騎士団関係者が並んでいる。
本人達の希望でごく親しい者しか招待していなかったのだが、『救国の英雄』の一人に数えられる騎士団副団長のレオ二スと、
同じく『救国の英雄』の一人であり、クライン初の女性騎士でもあるシルフィスの婚礼は噂が噂を呼び、いつの間にやら物凄い人出になっていた。
「はわわ〜流石、人気者の結婚式は違うわね〜物凄い人じゃない」
呆れたように背後の人だかりを見回したのはメイだ。
妊娠六ヶ月目に入っている彼女は、大きくなって来たお腹をすっぽりと包み込むようなデザインのドレスに身を包んでいる。
「そうですわねぇ。レオ二スも剣の腕で結構有名ですけど、それ以上にシルフィスが有名なんですわ」
「二人とも、いろんな意味で目立ちますからねぇ〜」
おとがいに手をあてて答えたのは、昨年末から雪崩に巻き込まれたシルフィスとメイの見舞いと称して帰国していたディアーナで、
ガゼルを挟んで彼女のひとつ隣に居たアイシュもうんうんと頷いた。
シルフィスはアンヘル種族と言う、その種族特有の外見で既に目立つ。
金髪翠瞳、整った顔立ちにすらりとした身体つき。
それに加えて生来の物腰の柔らかさと礼儀正しさは、騎士団の中でも随一だ。
正騎士の叙勲を受けているのだから、勿論剣の腕も立つ。
それでもまだ未分化であった頃は、その立場の微妙さから親しい者もごく限られていたのだが、
女性に分化し、初の女性騎士となって以降はその人気もウナギのぼりだった。
また、レオ二スも若くして副団長を務めるほどの男だ。
過去には色々とあったが、それももう昔の話である。
整った顔立ちに恵まれた体躯、その上腕も立つとなれば、実は城下の娘衆にも密かな人気があった。
ダリス戦役の前後に、騎士団団長の息女との縁談が進みかけていた事実もある。
結局はレオ二スが丁重に断わり、後にシルフィスを伴侶に選ぶ事になった。
今日の寿ぎの主役である彼ら自身が知っていたかどうかは判らないが、
騎士団内部にシルフィスのファンクラブが存在していた事を、ガゼルやリデール、メイなどは知っている。
密かにレオ二スに想いを寄せる女性が、騎士団員の身内や貴族の令嬢を中心に多数居た事も。
レオ二スの求婚をシルフィスが受けたと知った彼らは、涙を流して悔しがったらしい。
「メイ、押されて転ばないように気をつけろよ」
「うん、ここなら大丈夫だよ」
気遣わしげに念を押すのは、彼女の隣に居るキールだった。
いつにない人出でそれだけでも心配だが、彼女のお腹が大きくなって来て、多少バランスが悪くなっているのも不安である。
「しかし確かにこのままでは怪我人が出るな。おい、お前たち」
背後に迫る人並みに辟易したリデールが、後ろを振り向くとちょいちょいと手招きした。
キールの更に向こう側に居た彼の所に、招待状は無いが自主的に来ていた騎士団の若手が集まる。
ガゼルは正式に招待状を受けて招かれているので、この中には入っていない。
「これ以上無駄に人が集まらないように、お前たち後ろの方で人員整理してろ。ここには二人だけ残って、このお嬢さん達が怪我をしないように見張ってるんだ」
くい、とメイとディアーナを差したリデールに、『ええーーッ!?』……などという声は上がらなかったが
――上司の命令に不服を言う度胸はないらしい――約10人程の若い騎士たちは互いを睨み合い、牽制し合って、
この場に残る権利を勝ち取ろうと必死の形相だった。呆れたようにリデールが小さく舌打ちする。
「ったく、子供じゃあるまいし……お前とお前、ここに残れ。後は全員後ろだ。後で上司に報告されたくなかったらさっさと行け」
決して怒鳴りつけた訳ではなかったが、リデールが軽くひと睨みすると皆クモの子を散らすように散って行った。
上司に報告する、と言われたのが余程堪えたのだろうか。
リデールの顔から笑顔は消えていなかったが、一瞬目が鋭くなったのをメイは見逃さなかった。
「流石、レオ二ス隊長とタメ張るだけの事はあるや。しっかりしてる」
「え、何の事よ?」
ディアーナの隣に居たガゼルが、薄ら寒そうに肩を竦めて小さく呟いた声に、メイが聞き返す。
「さっきウチの隊長が後ろに下げた連中は、全員シルフィスのファンクラブのメンバーだった奴等だよ。オマケに全員、レオ二ス隊長の部下だ」
「ははは…そりゃ、下手に報告されたら血を見るわ」
メイが乾いた笑いを浮かべる。
「あら、では残ったお二人は関係ありませんの?」
「顔見てみなって」
ガゼルが指で指し示した方をそっと伺うと、自分達の背後に、護衛という大義名分を貰って残った二人の顔には……
「どきどきわくわく……って、書いてありますわね」
「うん、確かにこりゃ無害だわ」
つまりリデールがこの場に残した二人は、純粋に見物に来ていたのだろう。
二人の顔に浮かんでいるのは、根っからの興味と好奇心のみだった。
「ま、この程度の見物人なら賑やかしで丁度良いだろうさ」
と、リデールがニヤリと笑った。
「お、主役が出て来たぜ」
シオンの声に顔を上げると、神殿の扉が開き、誓いの儀式を済ませた二人が出て来る所だった。
純白のドレスの胸元を飾るのは、メイとキールには見覚えのある首飾り。耳も対になった耳飾りが飾っている。
そして彼女が手にしているのは、白いカラーの花束で作ったブーケだった。
「あたしの時は白バラだったけど、あの花束もシオンが選んだの?」
メイが尋ねると、ヒラヒラとシオンが手を振る。
「いんや。一応、朝一番で使いは出したんだがな。『昨夜レオ二ス様から花束を頂いたので、それをブーケにします』とさ」
「まあ、ではあのお花はレオ二スが選んだんですの?シルフィスの為に」
彼女達は、一週間前に交わされたレオ二スとシオンの会話を知らない。勿論、シルフィスも知らないだろう。
だが花嫁の輝くような笑顔を見る限り、レオ二スは正しい選択をしたに違いない。
「だから俺は、新居の方にアイビーの鉢植えを届けておいた」
「何でまたアイビー?花でもないし、地味だと思うんだけど」
アイビーは品種は多いが観葉植物で、メイの言う通り花をつける事も無い。
結婚の祝いにするにはもう少し華やかなものでもいいと思ったのだが。
「アイビーにはな、『永遠の愛』って意味があるんだよ」
片目を瞑って、そう答える。
「あら、ではシルフィスがブーケにしたカラーの花には、どんな意味がありますの?」
「それなんだがな。いや、多分レオ二スの奴は、花言葉なんぞ考えて選んでないとは思うが」
贈るべき相手に、違える事無く相応しい花を選んだ彼の勘には、素直に感心してしまう。
「白いカラーの花にはな、『愛情』って意味があるんだよ」
両手いっぱいの愛を君に。
二人の幸福は、まだ始まったばかりであった―――
【FIN】
あとがき
レオ二スの誕生日記念に合わせて仕上げたSSです。
本当は『Shadow Eyes』を誕生日記念にしようかと思ったんですが、あれはレオ二スメインでは無いですし(笑)
ラスト付近にレオ二ス達の出番がありませんが、他のキャラの口を借りてフォローはしてますんで、一つご勘弁を(^_^;)
今までのSSで出していた小道具やオリキャラ、伏線がいっぱい出てきたお話です。
リデールさんにつきましては『Heirat』他レオ二スの出番の多いSSと、キャラ紹介のページをご参照ください。
彼は動かし易いのでとても助かります(笑)対の首飾りと耳飾りの前振りは『失せ物の行方』をご参照。
シルフィスの巻き込まれた諸々の災難については、『Heirat』→『Shadow Eyes』の順で読み直すと判ると思います(^_^;)
シルフィスに白いカラーの花と言うのは、実は以前に出した個人誌の表紙にも描いてたんです。
その時調べた花言葉は、『壮大な美』。
壮大な美ってなんだよ、ゴージャス美人の事か?(笑)などと思いながら描いてたんですが、これ実は黄色いカラーの花言葉だそうで。
白いカラーの花言葉はズバリ『愛情』。
本当はタイトルを『両手いっぱいの幸せを』にしたかったので、『幸福』という花言葉を持つ花にしたかったんですが、
シルフィスのイメージを裏切らず、なおかつ花嫁のブーケに使える花が調べられなかったので、急遽タイトルを変更。
ちょっと気障になりましたが、レオ二スは知らずに選んだんだからそれもいいかなと(^_^)
厳密に言えばカラーの『花』はあの白い部分ではなく、中の黄色いめしべみたいな部分が花に相当するんだそうで、
白い花びら(に見える部分)は、私の調べ間違いでなければ(おい)仏炎苞と呼ばれる葉なんだそうです。
麻生 司