失せ物の行方


急ぎの依頼もなく、特にこれと言った用事もない昼下がりの事。
いつものようにメイが店番を兼ねて店の入り口のカウンターで本を読んでいると、
カラリン、と軽やかなベルを鳴らせて扉が開かれた。

「いらっしゃいませー…って、あれ、シルフィスじゃん。どうしたの?」
「こんにちは、メイ」

シルフィスはにっこり笑って挨拶を返してくれたが、すぐに彼女の様子がおかしい事にメイは気付いた。
翠の瞳が、何かを訴えるように自分を見詰めている。

「メイ、お願いします。貴女の力で、どうか私を助けてください」

 


メイは扉の表に『本日閉店』という札を出すと、シルフィスを店の片隅に置いてあるお客様用のソファに座らせた。

「…で?一体どうしたのよ、シルフィスがそんなに慌てるなんて」

シルフィスは普段、あまり要領を得ない話し方をしない。
その彼女が、理由も経緯も話す前に、助けて欲しいと言う。これが慌てていないとしたら何なのか。

「実は、ある首飾りを探してもらいたいんです」
「首飾り?」
「ええ…」


シルフィスの話によると。

数日前、王家の遠縁にあたる女性の婚約が正式に纏まった。
皇太子セイリオスも出席する予定になっているその婚約披露のパーティに、シルフィスが警護につく事になったのだと言う。

「へえ〜、王室関係者のパーティーか。見てみたいかも」
「大変ですよ。出席される方の身分から違いますから」

そう言って苦笑する。
なるほど、王室と縁続きの者の婚約であるからセイリオスも出席する訳だし、相手も隣国の名家の嫡男なのだそうだ。
当然出席者はそうそうたる顔ぶれになり、警備も厳重なものになる。
非常に堅苦しい、肩の力の抜けない席になるという訳だ。

「私も当初、騎士団の礼装で警備に参加する筈だったんですが、参加者のどなたかが、『クライン初の女性騎士の正装姿を是非』と言い出したらしくて……」

結局、セイリオスを通じて騎士団に通達があり、シルフィスを『女性の』正装姿で出席させよ、という事になった。

「あちゃあ、そりゃ完全に見世物だわね。ご苦労様」
「隊長にも同じ事を言われました」


王室から回って来たその通達に目を通したレオ二スは、憮然とした表情でシルフィスに内容を伝えた。
『シルフィスを見世物か何かと思っているのではないか』と、ブツブツ零していたと言うから、もしかしたらその通達書は、今頃丸めて捨てられているかもしれない。

「ところでシルフィス、パーティに出る為のドレスなんて持ってたの?」
「それは、隊長が何とかすると仰って」

クスクスシルフィスが笑う。
何でも、

『騎士団の礼装なら支給されているのに、急にドレスで出席せよとは無理がある。
 それでもシルフィスにドレスで出ろと仰るのなら、彼女には騎士団の経費で必用な物を揃えさせる』

……とねじ込んだのだそうだ。
静かな怒りのオーラを発したレオ二スにそのような伝票を回されたら、どんな会計担当者でも通してしまいそうだ。

「で、通っちゃったんだ。その伝票」
「ええ、まあ」

実際、アイシュも王室の通達に呆れていたと言うから、文句もなく決裁がおりたという。
『殿下もいろいろ苦労が絶えませんねぇ』という、同情も少しはあったようだ。


だが予算が下りても、ドレスの良し悪しはシルフィスは専門外である。
さてどうしたものかと考え込んでいる所に、丁度シオンが通りかかった。
勿論シオンは今回の一件をちゃんと知っていて、
『まあこれも仕事と割り切ってお貴族さん達の道楽に付き合ってくれや』と、慰めともつかないような事を口にした。
だが流石はシオンと言うべきで、その後ドレスに靴、その他の小物などを選ぶのに付き合ってくれたのだそうだ。

「買い物を済ませて騎士団の宿舎に戻ってくると、隊長の部屋に呼ばれたんです」


シルフィスがレオ二スの部屋を訪ねると、彼は『私の母の実家に伝わる物だ』と言い置いて、彼女に小さな小箱を手渡した。
中には翠の宝石で彩られた一対の耳飾りと、揃いの首飾り。

『長子という事で受け継いでいたんだが、私が持っていても何の役にも立たん。お前が身に付けて人の目に触れたら、それだけでも意味があるだろう』

と―――


「へぇ〜、隊長やるぅ」

ニヤリ、とメイが意味深な笑みを浮かべる。だがふと、首飾り、という言葉に反応し真顔になった。

「ちょっと待って。まさか探して欲しい首飾りって…」
「その、まさかなんです…」

シルフィスの顔色は青くなっていた。

「隊長からその首飾りをお借りして、私はそれをそのまま自分の部屋に置いて外出しました。丁度、訓練の時間だったので」


二時間ほど経って戻ってくると、小箱の蓋が開いており、首飾りが失くなっていた。
耳飾りは少し動かされていたが、そのまま箱に残されていたと言う。

「扉には鍵をかけていましたが、私の部屋は宿舎の二階なので、窓は少し開けたままにしていたんです。そこから多分…」

盗人が入り込み、首飾りを盗って行ったのだろう。

「すっかり私も気が動転してしまって…」

そんな時、メイが失せ物探しを得意にしている事を思い出した。
それで取る物も取り合えず訪ねて来たのである。

「メイ、お願いします。あの首飾りは、隊長からお借りした大切な物。取り戻すのに、手を貸してください!」

切羽詰った声で言い募られて、メイが否と言える筈もなかった。

 



「うーん、やっぱりね、まずは質屋…って言うのかな?とにかく物品を換金するような店を当たった方がいいと思うの」

メイはシルフィスと一緒に店を出た。まだ閉店には早い時間であったが、とっくに『本日閉店』の札は出してあるので今更関係ない。

「でも、キールが居るのでは?」
「ああ、実は今朝方、急ぎの仕事が片付いてね。数日睡眠不足だったから、今丁度寝倒してるのよ。
 だからあたしが店にいないなら、閉店でいいの」

メイがにっこり笑う。セリアン・ラボは店主のキールの名声と腕がいいお陰で、なかなかに繁盛している。
ただ店の扱う品の都合や店主たちの都合で、よく臨時休業や昼から閉店になる。
それでも客足は途絶えないのだから、いかに安定した需要があるかという証明だろう。
申し訳なさそうなシルフィスの背をポンと叩き、さて探すわよ、と明るく声をかけた。


「まず方向ね」

メイとシルフィスの知っている限りで、首飾りを換金しそうな古物商は数箇所あった。
だが方向を絞れば、ある程度店を限定出来る。
ポケットから銀の鎖に同じく銀の錘のダウザーを取り出すと、メイはそれを左手に持ち、地面と水平に掲げた。
すうっと深呼吸し、頭の中を真っ白にする。右手にはシルフィスが持って来ていた、首飾りと対の耳飾りの一つを握った。
ゆらり、と銀の錘が反応する。くるりくるりと円を描いていた軌道が、やがて一点を差すように直線に振れた。

「ここから南の方ね…よし、行くわよ。シルフィス」
「はい!」

店に出た位ならまだ何とかなるが、誰かにそれを買われてしまうと、ややこしい事になる。
見付けるなら、少しでも早い方が良かった。

 



「無いわねぇ…」
「ええ…この辺りの古物商やお店は、全部回ったんですけど」

約一時間後、大通りの噴水の側に座り込む、すっかりくたびれ果てた二人の姿があった。
メイのダウザーの差す近辺は、くまなく探して回った。
古物商も一軒射程内に有り、勿論そこにも尋ねてみたが、首飾りなど持ち込まれていない、との返事だった。
もしも持ち込まれたら必ず買い戻すから、店には出さずに置いておいてくれと言い含めて走り回っていたのだが成果が無い。

「あたしのダウジングも、百発百中じゃないからな…」

しょんぼりと、メイが肩を落とす。
親友の窮地に何とか力になってやりたかったが、ここに来て自分の才能の限界を見たような気がした。

「でも何度やってみても、必ずこの辺りを差していたじゃありませんか。それはメイが見付けたこの場所が、偶然ではないと言う事ですよ」
「あたしもそう思ったから、粘ってたんだけどね」

店の主人たちには、知人が間違えて大切な首飾りを売ってしまったと話してある。
見付かれば正規の値で買い受けると言っているので、概ね好意的に話は聞いてもらえた。
まだ持ち出した犯人がその首飾りを持っていて、捕まえる事が出来ればそれが一番手っ取り早いのだが…肝心の首飾りの行方はさっぱりである。

「……仕方ない。キールに相談しよう」

少し考えて、メイはそう呟いた。
自分一人では何ともならない事も、キールなら何か打開策を示してくれるかもしれない。
ダウジングだけならメイの方が精度が上だが、他の分野は当然、キールの方が詳しいし達者だ。

「大丈夫。キールなら余計な事、喋んないから」
「すみません。ご迷惑かけます」

シルフィスとて、キールの人となりは判っている。
二人は立ち上がると、足早にセリアン・ラボへと戻った。

 



「……と言う訳なの。キール、何かいい方法ない?」
「首飾りねぇ…」

キールは既に起き出して、居間でコーヒーを飲んでいた。
起こす手間が省けたメイが、彼に要点を掻い摘んで話す。
ふむ、と話を聞き終えたキールは何事か考えるような素振りをしていたが、やがて立ち上がると『ちょっと待ってろ』と席を外した。


「シルフィス、対の耳飾りを貸してみろ」

キールは一つの大きなオーブを持って戻ってきた。子供の頭くらいの大きさがある。

「占い師の水晶球みたい」
「水晶じゃないが、似たようなもんだ」

メイが素直な感想を口にすると、キールが苦笑した。

「じゃ、このオーブに首飾りのある場所が映るの?」
「いや、誰がどうやって首飾りを持ち出したのかを視る」


キールは両手に一つずつ、シルフィスから預かった耳飾りを握り込んだ。

「本当は、その部屋に行った方が精度が良いんだがな。大事(おおごと)にしたくないんだろ?」

こくん、とシルフィスが頷く。

「だからここから、この耳飾りを媒体にして時間を遡る。この耳飾りのすぐ側に置かれていたのなら…何とかなるだろう」

メイがダウジングをする時と同じようにすうっと深呼吸をすると、目を閉じ、精神を集中させた。
彼の口から、小さく呪文が詠唱される。
するとしばらくして、周囲の風景を映していた透明なオーブの中心部に、何かが滲むように見え始めた。

「あ…視える。視えたよ、キール!」

メイの声に促されるようにキールが目を開ける。シルフィスも邪魔にならない位置からオーブを覗き込んだ。


オーブの中には、シルフィスの自室の机の上に置かれた小箱。
蓋は…開いていた。完全にではないが、中の装飾品を傷めない為の布が噛んでいたらしく、僅かに開いている。
昼が近くなり、角度を変えながら差し込んでいた陽の光が小箱を照らした。


「「あっ!?」」


メイとシルフィスの声が重なる。
きらり、と小箱の中の首飾りの宝石が、光に反射して輝いた。その光に導かれるように窓から飛び込んできたのは―――

「カラス…だな」

キールの声に合わせ、オーブが、はっきりとその正体を映し出した。
シルフィスの部屋に飛び込んだ一羽のカラスが、小箱の側に降り立つと興味深げに小箱の箱を嘴で突付く。
やがて半開きになっていた蓋を自力で開けてしまうと、首飾りが再び陽に照らされて光った。
耳飾りはカラス自身の影になっていて光を受けなかったらしく、カラスは首飾りだけをひょいと加えると、シルフィスの部屋から飛び立った―――

 



「…つまり、首飾りは人に盗まれたんじゃなくて、光物が好きなカラスが持って行ってたと」
「そりゃ、古物商を当たっても見付からない筈ですねぇ…」

あはははは…と、何処か疲れた笑いがメイとシルフィスの間で交わされる。

「お前たち、古物商を当たってたのか?」
「うん。てっきり盗られて売られて換金されてると思って。ダウジングで方向の見当をつけてね、その辺一帯の古物商やらお店を、しらみ潰しに探してたの」

無駄足だったけど、とメイが付け加える。そんな彼女の頭にポンと手を乗せると、キールは目を和ませた。

「そうでもないぜ。ダウジングであたりは付けてたんだろ?だったら、その付近にあるカラスの巣を探せばいいんだ」
「あ…そっか」
「場所は、やっぱり確かだったんですよ。ありがとうごさいます、メイ!」

二人の目に力が戻った。

 

ちなみに梯子を手に夕闇の迫る町を走り回ったメイとシルフィスは、
何とか日暮れまでに目指すカラスの巣を見つけ出し、カラスに突付かれながらも、何とか無事首飾りを取り返した。
数日後の某貴族の婚約披露パーティーは大成功に終わり、クライン初の女性騎士の正装姿は主役を飲む程の美しさだったと言う。
特に彼女を美しく飾った首飾りと対の耳飾りはその出所について大いに物議を醸したが、
その由来を知る者は誰一人、黙して語らなかった。

その二つが名実共にシルフィスの物となったのは―――約一年後の事である。

                                                             【FIN】


あとがき

思わず忘れかけていた、ウチのメイのオリジナル能力(笑)、ダウジングで失せ物探しのお話でした。
メイはダウジングの精度は良いのですが、読みがイマイチ甘くて。
初めてキールにダウジングを仕込まれた時も(『これもひとつの才能』参照)、同じような手に引っ掛かってます(^_^;)

ちょっとだけ出てきたレオ二スも、本当はもう少し出したかったかな〜?
あの揃いの首飾りと耳飾りは、実はクレベール家の女当主が身に付ける物です。
長子だからレオ二スが持ってたのは本当ですが(実家を離れる時に母が持たせた…という事で)、
多分に含む所があってシルフィスには貸した模様。
勿論、その由来をシルフィスが知るのは、早くてもレオ二スとの婚約がまとまってからです。
でもこの二人も、なかなかくっ付かないのだな(^_^;)

                                                           麻生 司




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