決戦はバレント・デー


      世の中の女性が、恐らく一年で最も燃える日の一つであろう決戦の日―――バレント・デー。
      まだ春遠い二月十四日に、女性から男性にチョコレートを贈り、愛の告白をすると言う日だ。
      こんな風習はクラインを始めとするワーランド世界だけのものかと思いきや、
      何と異世界でもほぼ同じような風習があるらしい。
      何処の世界でも、恋する乙女に決戦の日は必要だと言う事か。

      独身貴族の俺の所には、バレント・デーの度に大量のチョコレートが集まる。
      贈ってくれるお嬢ちゃんやご婦人方の顔ぶれは毎年違うが、とにかく数は集まる。
      俺は特別甘い物好きと言う訳じゃない。
      チョコレートも食べる事は食べるが、毎日毎食チョコレートばかり見ていると流石に飽きてくる。
      だからと言って嫌そうな顔で食べるのは贈ってくれたご婦人方に申し訳ないし、もてなかった奴にやるなんてもっての他だ。
      何もこれは俺が意地汚いとか、がめついとか言う意味じゃないぜ?
      あくまでも俺に贈ってくれた物を、俺が一口も食べないまま横流ししてしまうのが失礼だ、と言ってるんだ。
      其処の所、間違えないでくれよな。

 

      「……と言う訳でして。
       大抵バレント・デーからしばらく経つと、僕の所にシオン様が大量のチョコレートを持ち込んでくるんですよ〜」
      「ほー。それでそれを、アイシュが別のお菓子に作り変える訳だ?チョコレートケーキとか」

      ある天気の良い冬の昼下がり。
      『休憩中』の札を出したセイラン・ラボの片隅で、メイと親友のシルフィス、
      そしてメイの義兄であるアイシュがお茶の時間を楽しんでいた。
      メイは純粋に休憩中、シルフィスとアイシュは共に休日。
      シルフィスは以前から遊びに来る予定になっていて、同じ日にアイシュがクッキー片手にやって来たのは偶然である。
      ちなみにキールにも声を掛けたのだが、『今は手が離せない』との事で不参加だった。

      メイが手を伸ばし、大皿に盛られたアイシュが持参した手作りのクッキーを一枚取る。
      サクッと口の中に広がる甘さは、ふんわりとしてしつこくなくて、彼の双子の弟でも十分に食に耐える一品だった。

      「でも、アイシュ様が別のお菓子に作り変えてしまうと、元のチョコがどんな物かは判らなくなりますよね?
       それって一口も口にせずに誰かに差し上げてしまうのと、どう違うんでしょうか」

      小首を傾げるシルフィスの手にも、アイシュが焼いたクッキーがある。
      ちなみにメイが淹れてくれたお茶は、以前シルフィスが彼女に贈った、アンヘル村で作られたハーブティーだった。

      「ええ。ですから、ちゃんと『少しは口にした』チョコレートです〜。
       粒状の幾つか数のあるものなら一つか二つ食べてあったり、大きな板状のチョコなら、端を少し割って食べてあったり〜。
       ちゃんと少しずつは、シオン様自身で口にされてるようです〜。それで一応、筋を通しているんでしょう〜〜」
      「まあ、ああ見えてもシオンは確かに女の子には優しいもんね。それでいて特別誰の者でもないと来たら、モテて当たり前か」

 

      うーん、とティーカップを手にメイが考え込む。
      メイの生まれ育った世界にもクラインのバレント・デーに丸々相当する日はあったし、
      一部の芸能人や、稀に学生でも、極端にモテる人物と言うのは確かに存在した。

      だが実際問題として、メイは初等部から短大まであるエスカレーター式のお嬢様学校――要するに女子校――に通っていたので、
      あまり目の前の現実として、『山のようにチョコを贈られる』男性と言う存在には疎かったのである。
      一応、弟も毎年幾つかは貰っていたようだが、『食べるのに飽きるほど』貰ってはいなかった。
      しかしそれは別にメイの弟がモテなかった訳ではなく、普通の男子学生とはせいぜいその程度のものだろう。
      中には義理の一つも貰えずに泣く男衆も大勢居るのだ。
      幾つかでも形在る物として貰っていた弟は、まだしもモテる方だったに違いない。

 

      「あ、じゃあさ……やっぱりキールとか―――毎年、貰ってたわけ?」

      ほんの少し、メイの声のトーンが落ちる。
      昨年の今頃は、まだダリス戦役のドタバタを引き摺っていて、気付いたらもう春だった。
      バレント・デーの存在はディアーナから聞いて知っていたが、メイもシルフィスもそれどころでは無かったのである。

      身内贔屓をするつもりはないが、今は彼女の夫となった若き緋色の魔道士は、
      近くで見るとそれはもう綺麗な顔立ちをしている。いや、勿論遠目に見ても男前は男前なのだが。

      夏でも陽に焼けない色の白い肌、整った顔立ち、綺麗な翡翠色の瞳。
      そしてクライン史上最年少で緋色の肩掛けを取った程の魔法の才。
      自分がクラインに来るまでさんざ不摂生をしておきながら、それでも彼が倒れずに研究を続けていられたのは、
      もしかして一年に一度大量に女性から頂くチョコの山を消費する事で体力を維持していた為ではあるまいか。
      メイの基準から言えば、彼もモテて当たり前―――
      自分に自覚がなかっただけで、実はライバルが引く手数多だったのかもしれない。

 

      今のキールはメイの物で、メイ自身もキールの物だ。
      個人を所有物扱いする物言いは好きではないが、はっきり言ってしまえばそう言う事になる。
      だから今更、過去にあった事でイライラしたくはないし、ヤキモチを焼く気も無いが―――ほんの少し、胸はざわざわした。
      自分がクラインに来る前のキールをメイは知らない。だからこその、落ち着かない気分だった。

      だがアイシュはクスッと笑うと、『いいえ全然』と、拍子抜けする程あっさりとメイの不安を一蹴してしまった。

      「キールはね、ほら、あの性格ですから〜。メイが来てからは大分丸くなりましたけどね〜。
       王都に出て来た直後には女性から声をかけられる事もありましたけど、
       煩そうに顔をしかめるだけで返事もしませんでしたよ〜〜。
       緋色の肩掛けを取った頃には、もう敢えて彼に声をかけようなんて女性は居ませんでしたね〜〜」
      「は……そうなの?」

 

      アイシュは基本的に嘘がつける性格ではない。
      ついてもすぐにバレるし、自慢ではないが伊達に義理の妹をやっている訳ではなかった。
      彼が嘘をついたその瞬間に、『嘘をついた』と看破出来る自信がメイにはある。
      今のアイシュの口調や表情には一片の曇りも後ろめたさも無くて、即ちそれは、彼の言葉が真実だと言う証だった。

      「あー……性格、成程ね。何か馴染み過ぎてて忘れてたわ、キールの性格の事。
       初対面の相手には、底抜けに無愛想なんだった」

      『痘痕(あばた)もえくぼ』とはこの事か。
      惚れた相手の初対面時の印象の悪さを、アイシュに口にされるまで、メイもうっかり失念していた。
      正確には気にならなくなっていた、と言うべきか。

      今のメイは、キールの不器用さを知っている。
      彼は人付き合いの仕方が、人よりも苦手なだけなのだ。
      優しい言葉の掛け方や、第三者への接し方などが不器用で、結果的にそれが人を傷付ける。
      そんな自分が疎ましくて苛立たしくて、キールは長年、他人との接触を極力断つ事を選んでしまっていたのだ。

      言葉を尽くせば判りあえると言う事。
      例え言葉が少なくても、相手を想う気持ちは伝わるのだと言う事。
      メイを通じてその事を知って、キールは少しずつ変わっていったのだ。
      『結婚してからキールの人当たりが良くなった』と謂われる由縁である。

     

      「毎年その状態なのだとしたら、今年もシオン様の所には大勢の女性が詰め掛けるんでしょうね」

      シルフィスが、ちょっと見当がつかないと言う表情で呟く。
      メイは元の世界で予備知識はあるが、シルフィスは一昨年の春にアンヘル村から出て来たばかりなのだ。
      昨年はメイ共々ダリス戦役の事後処理で、バレント・デーどころではなかった。
      バレント・デーと言う風習自体も彼女にとっては新鮮なものであり、
      意中の男性の心を射止める為に凌ぎを削る女性たちの姿は、ある意味鮮烈にシルフィスの目に映るに違いない。

      そう言った時事に疎いシルフィスにとって不幸中の幸いなのは、
      恐らく彼女自身は、その女性たちの争いに巻き込まれなくて済む、と言うことだった。
      シルフィスは先日正式に、直属の上司であるレオ二ス・クレベールと婚約した。
      レオ二スの性格なら、キールと同じく特定の相手以外からの贈り物を受け取る事はしないだろう。
      要らぬ嫉妬や不安を内に抱える事無く、シルフィスはただ自分の婚約者の事を信じていればいいのだ。
      世の多くの女性にとって、そんな彼女の姿はとても幸福そうに目に映る事だろう。

      「じゃあ、去年はあたしもシルフィスもそれどころじゃなかったからさ、今年はちゃんとチョコレートを贈ろうよ。
       あたしはキールに、シルフィスは隊長さんに。いっそのこと、アイシュに教わって手作りチョコでも作ってみようか?」

      『いいですよ〜』と笑顔のアイシュと、耳まで真っ赤にして俯いてしまうシルフィスを見遣って、メイが目を細める。
      アイシュにも、義理では一番大きなチョコをあげようと心の中で思いながら、
      一体シオンはバレント・デー当日にどれだけのチョコを集めるのか、メイはほんの少しだけ気になった。

 

 

      「さて、そろそろ出掛けるかな」

      特に誰に言うとも為しに――庭いじりしたさに研究院から独立して庭付き一戸建てを構えているが、
      他に住む者も無い独身者だ――呟き、手の汚れを叩いて水で綺麗に洗い流すと、
      シオンは定時よりも半刻(一時間)程早く私邸を出た。

      それは一年に一度、バレント・デーの朝だけのお約束。
      シオンはいつもよりも早く自宅を出て、王都の外縁部から円を描くようにゆっくりと、最大級の遠回りをして魔法研究院へと向かう。
      彼の肩には作りのしっかりした大きな布の肩掛け鞄―――今はまだ、中は空っぽだった。

 

      シオンが自宅を出た直後、向かいの辻から一人の少女が飛び出して来た。
      どうやら早朝から――まさか小雪の舞うこの寒い季節に夜通しと言う事はあるまい――彼が出て来るのを待っていたらしい。

      「シオン様、おはようございます!」
      「ああ、おはよう」

      にっこりと浮かべられた屈託の無い笑みに、真白い歯。
      どうして彼がいい歳して独身なのか、その理由を深く問わない若い婦女子が、こうして毎年チョコレートを持ってやって来る。
      勿論シオンも、彼女達の好意を無下にはしない。全て笑顔で受け取り、右の手から左肩に掛けた鞄の中に順次放り込んでいく。
      いつも通っている道筋とは逆方向に歩いて騎士団宿舎に辿り着いた頃には、
      大きな鞄の既に半分程、チョコレートが詰まっていた。

      騎士団宿舎の門前に、見慣れた長身を見付けてシオンは軽く声をかけた。
      『見慣れている』と言うのはあくまでも習慣としての話で、それに友好的感情がついてくるかどうかと言うのは、また別問題である。
      シオンの方はごく普通に知人に朝の挨拶をしただけなのだが、
      声を掛けられた方はいつも通りの難しい表情のまま、軽く会釈を返したのみだった。

 

      「ようレオ二ス、おはようさん。相変わらず朝から苦虫噛み潰したような顔して、たまには笑わないとシルフィスに嫌われるぜ?」
      「この顔は生まれ付きです。放って置いてください」

      シルフィスを引き合いに出されて、レオ二スの表情が一瞬剣呑な物になる。
      だが彼の軽口はいつもの事なので、それでレオ二スが激昂するような事は無く、すぐにいつもの表情を取り戻した。
      シオン自身も丸っきり平気そうにしていたが、かつての上司が発する尋常ではない気配に気付いたガゼルが、
      日課の早朝ランニングを取り止めて踵を返し、宿舎の自分の部屋に逃げ帰ったと言うのは、また別の話である。

 

      「こちらは研究院とは正反対の方向ですが?」

      シオンの私邸は研究院に程近い場所に在る。騎士団の方に来ると、ただ遠回りなだけで何のメリットも無い筈だ。
      事実を淡々と指摘したレオ二スに、シオンが唇の片端を上げてニヤリと笑ってみせた。

      「まあ、そうなんだけどな。今朝は色々と野暮用があってさ」

      ちら、と自分の左肩に掛かった鞄に目をやる。
      その中からカラフルなリボンや手製のカードなどが覗いている事に気付くと、
      レオ二スは得心したのか、小さく嘆息して『ああ、そう言えば』と呟いた。

      「今日は女性にとっては、特別な日でしたね―――ご苦労な事です」
      「あんまり褒めるなよ、照れるじゃねぇか」
      「貴方がではありません。貴方に贈り物を渡す女性に対してです」

 

      町で出会う度に、違う女性を連れて歩いている不実の見本のようなシオンが、
      何故それ程までに女性に好かれるのか、レオ二スとしては不思議で仕方がない。
      しかし少なくともこの十年近く、自分が知っているだけでも彼に対する女性からのバレント・デーの贈り物は、
      一向に減る気配を見せていなかった。

      「俺としては、全てのお嬢さんの好意に応えてあげたいのさ。
       だからせめて少しでも手間隙を減らそうと、この日だけは自主的に遠回り―――と言う訳だ」
      「そうですか。せいぜい夜道に後ろから刺されないように気を付けてください。
       我々も暇を持て余してる訳ではありませんので」
      「今、何気に酷い事言ったね。お前さん…」

 

      シオンが苦笑いして、『じゃあな』と言いながら騎士団前から立ち去りかける。
      しかしふと思い付いて、同じく騎士団宿舎に戻ろうとしてたレオ二スの背に声を掛けた。

      「あんたは何か貰ったのかい?シルフィスに」

      レオ二スの足が止まる。
      昨年までの彼に同じ質問をしていたら、恐らく問答無用で無視されていただろう。だが今年は少々事情が違っていたようだ。
      ゆっくりと振り向いたレオ二スは、微かに笑みすら浮かべて――シオンには確かにこの時、彼が勝ち誇っているように視えた――
      『ええ』と短く答えた。

      「さっき、私が部屋を出る前に届けてくれました。
       私は甘い物が苦手ですので、野外演習の非常食以外ではチョコレートなどほとんど口にしません。
       それでまだしも口にし易いココアと―――」

      そう言いながら、今朝は冷え込んでいたので前を合わせていたコートの胸元を少しはだけて見せる。
      彼の首筋には、深い紅色の毛糸で編まれたマフラーが巻かれていた。察するに、シルフィスの手編みなのだろう。

      「私には、これで十分です―――それでは」

 

      騎士団宿舎に戻ってゆくレオ二スの背を見送るシオンの胸に、何とも言えない敗北感が生まれていた。

 

      

      「おや、シオン様。今日は一段とお早いお越しですね」
      「嫌味か、そりゃ」

      たまたま朝一番に収めなくてはいけない品があり、早朝から院に来ていたキールが、
      左肩から掛けた鞄も重そうに登院したシオンを目にして、思わず本音が出た。
      シオンが魔法研究院に辿り着いたのは、丁度院の門が開いて、通常の業務が始まった頃である。
      ちなみにシオンがこの時間に魔法研究院に居る事は―――滅多に無い。
      先に王宮の方に顔を出していたり、庭いじりを優先させていたりと理由は様々だが、普段は重役出勤なのである。

      ドサリと床に置かれた鞄から、綺麗にリボンを掛けられた小さな包みが、ころんと一つ転げ落ちた。

      「相変わらず、今年もご盛況のようで」
      「どのご婦人も平等だ。誰かの贈り物を受け取って、誰かの贈り物を受け取らない、何て真似は出来なくてね」

      シオンの軽口はいつも通りだったが、微妙な違和感を憶えて、キールは改めて上司の顔を見遣った。
      鞄一杯のチョコレートを横に置きながら、何となく不機嫌そうに見えるのは気のせいだろうか。
      そんな視線に気付いたのか、シオンがちらりとキールを斜交いに見上げた。

      「……そう言うお前の戦果はどうなんだ?
       ラボを開いて独立してから、すっかり人間丸くなったって評判だぜ。近所のご婦人からも、貰ったりしたんじゃねぇのか?」
      「それは主な顧客の対応を任せてるメイの戦果でしょう。俺の単独経営なら、もっとギリギリの生活してますよ」

 

      小さく肩を竦めて、素直にそう口にする。
      確かにメイと結婚した事で以前よりは人付き合いのイロハが判ったような気がするが、
      それでも根本的な性格が変わった訳ではない。
      愛想が良くて人付き合いの上手い奥様が居なければ、ラボの経営はもっと難航していただろう。
      独立から一年少しにも関わらず、ラボの経営が立派に成り立っているのは、ひとえにメイの功績が大だった。

      「もっとも、もしも外で貰う事があっても、『義理だと明らかに判る物なら突き返して来る事は無い』と言われましたけどね。
       それも近所付き合いだから、ちゃんと礼を言って受け取って来い―――だそうです」
      「は―――嬢ちゃんらしいや」

 

      クッと肩を揺らして、シオンが笑う。
      思いつめたような顔して渡される贈り物は、受け取ってしまうと後々禍根を残すだろうが、
      世間話ついでに渡される物や、『奥さんと一緒に食べて』などと言われる物には、およそ実害は無い。
      本命チョコまで一緒に受け取って来られたら流石のメイでも多少は凹むが、
      所謂『義理チョコ』にまで神経を尖らせる気は無いという訳だ。
      女性らしい割り切り方と言うべきか。あるいは主婦の逞しさなのかもしれない。
      まして今の彼女は妊婦である。ある意味、世の中で最も強い存在かもしれなかった。

      「それで、肝心の本命はどうしたよ?まさか何も無かったって事は―――ないだろ?」
      「ええ、まあ。俺が甘い物嫌いなのは判っているので、甘さを抑えたチョコレートケーキを作ってくれてましたよ」

 

      朝一番に、『とりあえず』と言って完成品を見せてくれた。
      その上で端っこを少しだけ口に放り込まれて、『残りは帰ってからね』と言われている。
      昨日、双子の兄とシルフィスが来て何かしていたのは、恐らくはこのバレント・デーの仕込みだったのだろう。

      「メイと一緒になるまであまり興味もありませんでしたが、
       女性にとってバレント・デーが如何に重要な日なのか、少しは判ったような気がしますよ―――って、一体どうしたんです?」
      「…………何でもない」

 

      事務員から渡された手元の書類から顔を上げたキールの目に映ったのは、
      カウンターの隅で、のの字を書きながら背中を丸めたシオンの後姿。

      レオ二スに続き、キールにも『負けた』と思わず感じてしまった、苦い敗北感。
      ―――幾ら数が集まっても、たった一つの『本命』の贈り物には敵わない。
      レオ二スもキールも、自分に対して殊更得意気と言う訳ではなかったが、『人は人、自分は自分』と言う強さが確かに在った。
      数で虚勢を張らなくても、たった一つが数に勝るのだと言う自信だった。

      「…………俺も嫁さん、貰おうかなぁ」
      「は、何か仰いましたか?」

 

      シオンの呟きはあまりにも小さくて、すぐ傍に居たキールの耳にすら、届いては居なかった。

                                                                    【FIN】


     あとがき

      バレンタインSS第一弾でございます。第二弾が続くかどうかは別問題として(笑)とりあえずファンタからお届けとなりました。

      はい、このお話の主人公は一体誰でしょう?(笑)
      実は書き始めた当初は、シオンの一人称もどきSSにするつもりでした。
      自宅を出て、方々でチョコレートを貰う所から始めようかなと。
      一人称では書きなれていないと言う事もあり、最終的にはいつもとあまり変わらない芸風になりましたが、
      シオンの口上から始まってる辺りが当初の名残です。
      甘いキルメイ+レオシルと見せかけて、実は寂しいシオンの哀愁オチ。
      シオンに口で勝ててちょっとだけ得意気なレオ二スを書けて、個人的にニンマリしました(^ー^)

      時期的には『Heirat』と『Shadow Eyes』の間に位置するお話です。

                                                                  麻生 司

 

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