ある日の出来事
僕の名前はブラックハヤテ号。
時々『ブラハ』とか『ハヤテ号』とか言われるけど、ご主人につけて貰った正式な名前は『ブラックハヤテ号』。
その名前が初めて出た時、ご主人以外の人達は皆『え〜〜〜〜〜〜っ!?』という顔をしたけど、僕は気に入ってる。
だってとっても強くて、賢そうでしょう?
ご主人の生活は、結構不規則だ。
基本的にご主人は早寝早起きだし、家に居る時はちゃんと僕の御飯も作ってくれる。
でも時にはお仕事で一晩中僕だけが留守番している時もあるし、
寝る時には居たのに、目が覚めたらとっくにご主人が出掛けていた……なんて事もある。
ご主人のお仕事は『軍人』というらしい。
危ない仕事らしいけど、ご主人がとっても強い事を……僕はよーーく知っている。
ご主人に引き取られる事が決まった時、もしかしたらまた捨てられてしまうんじゃないかと思っていた僕は嬉しくなって、
つい粗相をしてしまった。
直後にご主人の銃が僕の周りに撃ち込まれた時の事を、忘れた事は……無い。
『いい、ブラックハヤテ号?トイレは此処。判ったわね?』
ニッコリ笑ったご主人はとっても綺麗だった。
でも、ただ綺麗なだけの人ではない。それだけは確かだ。
家でお留守番している事もあるけど、週に何度かご主人は僕を連れて『司令部』に行く。
ご主人は司令部ではちょっと偉い人のようで、ご主人が通ると皆、ピシッと背筋を伸ばして挨拶をしてくれる。
僕はただご主人の後ろをついて行くだけなんだけど、少しだけ僕も偉くなったような気がするんだ。エヘン。
「おはようございます、ホークアイ中尉」
「おはよう」
執務室には、もう先に来ている人が居た。
僕を最初に拾ってくれた眼鏡のお兄さん―――フュリー曹長と、太っちょのブレダ少尉。
フュリー曹長は今朝も『やぁ、ブラックハヤテ。おはよう』と頭を撫でてくれたけど、
ブレダ少尉は僕を見るなり部屋の隅っこに飛んで行って、椅子の上に縮こまってしまった。
手に持った新聞の上からちらちら僕の方を見て、何だかちょびっと震えているみたい。
そんなに怖がらなくても、噛み付いたりしないよぅ。噛み易そうなお腹だけど……いやいや、それは冗談だけど。
ご主人はいつも美味しい御飯を作ってくれるから、間違っても噛んだりしません。だからもう少し慣れてくれてもいいのに。わふ。
「はよーっス」
「おはようございます」
ご主人がしばらく書類の整理をしていると、今度は咥え煙草のお兄さんと背の高いお兄さんがやって来た。
ハボック少尉とファルマン准尉だ。
「おう、ブラックハヤテ号。今日も元気そうだな」
ぐりぐりとハボック少尉が僕の頭を撫でる。煙草は咥えているだけで、今は火は点いてない。
でも煙草の臭いは鼻にツーンと来るから、あんまり近くでは吸わないでね?
ご主人もあんまり煙草の臭いは好きじゃないみたいだし。ほら、煙草を見るご主人の目がちょっと怖くなってるよー。
初めにフュリー曹長から僕を引き取ろうかと言ってくれたのは、実はこのハボック少尉だ。
『炒めたら美味いらしい』……なんて怖い事を言っていたけど、あれは冗談だよね……?
お給料日前になると、僕を見る目が時々危ない気がするのは気のせいなんだろう、きっと。うん、多分。
それに僕は黒白だから、きっとそんなに美味しくないと思うし。(どうやら赤犬が美味らしい)
僕よりブレダ少尉のお腹の方が……あ、でも脂っぽいかしら。
ファルマン准尉は、とっても物知りだ。
いつもは物静かな人だけど、誰かが何かを尋ねたら、いっぱい色んな事を教えてくれる。
自分から構ってくれる事はあまりないけど、僕が退屈そうにしていると時々遊んでくれるんだ。
でも僕に『なあ、ブラックハヤテ。どうして私には彼女が出来ないんだろう?』とか相談されても困っちゃう。
ご主人はともかく、もっと大勢の女の人とお話しすればいいと思うんだけど……ところでその目、ちゃんと前見えてる?
カチャッとドアが開く音と同時に、ご主人が席を立った。
「おはようございます、大佐」
「ああ、おはよう中尉」
最後に執務室に入って来たのは、黒髪の、ちょっとまだ少し眠そうな男の人―――マスタング大佐だ。
僕の知っている人の中で、一番偉い人。ご主人よりも、この人の方がずっと偉いんだって。
その割に、よく暇そうにしてるのは気のせいかしら。しょっちゅうご主人にも『仕事をしてください!』って叱られてるんだけど。
あ、ほらまた今日もご主人が何かお小言を言ってる。
『今日の午後三時が締め切りの書類です』って、僕が立った時の鼻の高さくらいの紙の束を大佐の机にドサっと置いた。
人間の大佐に尻尾は無い筈なんだけど、何だか大きな尻尾がきゅーんと垂れたのが見えたような気がしたよ。あれれ?
他の人も、ご主人との遣り取りに苦笑いしながら、大佐におはようの挨拶をする。
ご主人達のお仕事の邪魔にならないように、僕はしばらく司令部の中庭でお昼寝している事にした。
「あ、ブラックハヤテ。元気だった?」
木陰でうつらうつらしていたら、聞き覚えのある声がしたので目を覚ました。
目を開けると、そこにはビックリするくらい大きな鎧―――でも、この人は知ってる。
ちっちゃい国家錬金術師―――大佐は、その人の事を『鋼の』って呼ぶ―――の弟、アルフォンスさんだ。
ご主人や大佐達のようにいつもじゃないけど、時々この司令部にやって来る。
「ちょっと見ない間に、随分大きくなったねぇ。ホークアイ中尉が可愛がってくれてるんだね」
鎧で表情は判らないけど、声でニコニコしているのが判る。
頭を撫でてくれる手も、とっても優しい。アルフォンスさんは大の猫好きなんだけど、僕や、僕の仲間にも優しくしてくれるから大好きだ。
此処では皆忙しくしてる事が多いんだけど、『僕は軍人じゃないからね』って言って、いっぱい遊んでくれるし。
わーい、今日は何して遊ぶ?
「わっ、くすぐったいよ〜判った判った、遊んであげるから」
わーいわーい。だからアルフォンスさん大好き〜。べろーーん。
……それからアルフォンスさんは鬼ごっこをしたりして僕に付き合ってくれた。
太陽が頭の真上を過ぎてしばらくした頃、ハボックさんが『昼休みだから』って出て来て遊んでくれた。
ハボックさんに前足と後ろ足を掴んで持ち上げられて、ぶーんと振り回されるのが結構お気に入り。
前足と後ろ足は、ハボックさんの両方の手で支えられてるから全然危なくない。痛くもないよ。
ハボックさんが、間違えてウッカリ僕を放り出さなければ…だけどね。
ぐるぐる回るハボックさんの方がいつも大変そうだけど、走るのとも落ちるのとも違うあの感覚が、実は病みつき。
ねえ、もう一回やって、やって〜〜。
…あ、そう言えばお昼御飯に行く時にいつも声を掛けてくれるご主人を、今日はまだ見ていない。
僕の御飯は朝と夜の二回だけど、ご主人達はお昼も合わせて三回御飯を食べる筈なのに。
ちらちらとご主人の居る建物を気にしながらアルフォンスさんや、ハボックさんと交代で出て来てくれたフュリーさんと遊んでいると、
やっとご主人と大佐の姿が見えた。
やっぱり食堂に向かってるみたい。ねえ、今から御飯なの?今日はいつもよりずっと遅いよ?
僕が尻尾をぶんぶん振ると、アルフォンスさんがご主人達に気付いて立ち上がった。
「あら、アルフォンス君?」
「ご無沙汰してます。マスタング大佐、ホークアイ中尉」
ご主人が声を掛けるとアルフォンスさんは二人に近付いて、大きな身体を二つに折ってペコリと頭を下げた。
大佐も気付いて足を止める。
「君が居るという事は、鋼のも此処に来ているという事だな」
「はい。今は査定を受けに行っていますけど」
ああ、だからエドワードさんは此処に来ないのか。
エドワードさんは素直に構ってくれないけど、僕が甘えに行くとそうっと撫でてくれる。
その手は、ご主人やアルフォンスさんと同じくらい優しい。だから、エドワードさんも僕は大好き。
でもエドワードさんはご主人や大佐と同じ軍人のようなものだから――軍属って言うらしい――忙しい事が多いんだけど。
だからたまに遊んでくれる時は、いっぱい甘えちゃうんだ。
『デンといい、アレキサンダーといい、俺って犬に好かれるのかな』
苦笑いしながら、エドワードさんがそんな事を言った事がある。
デンもアレキサンダーも僕は知らないけど、エドワードさんの事は好きだよ?
僕と遊んでいる時、自分が思っているよりもずっと優しい目をしている事、エドワードさんはきっと知らないんじゃないのかな。
それから大佐とご主人は、食堂に御飯を食べに行った。
アルフォンスさんも、大佐に何か言われて一緒に連れて行かれてしまった。
昼下がりのお日様は気持ちいい。
いっぱい遊んだ後だし、眠くなくても目を閉じて日向ぼっこしているだけでもまったりとしてしまう。
それは背中を撫でてくれる、フュリーさんの手が気持ちいいって事もあるんだけど。
ん、何か食堂の方で騒ぎが起きてる……?
耳をピクンと動かすと、聴こえてきたのは『誰が精神不安定の瞬間湯沸しドチビかーーー!!!』……と言う絶叫。
うーん、聞いた事のある声だなぁ。
「やれやれ、どうやらエドワード君も食堂に居たみたいだねぇ」
眼鏡をずり上げながら、フュリーさんが苦笑いする。
あ、やっぱりエドワードさんだったのか。アレが無ければ、本当に良い人なんだけどなぁ。
僕に当たったりする事はないけど、あんまり近くで大騒ぎされると耳がキーーンってなるんだよね。
「大佐も中尉も、止める気なさそうだな……まあ、大佐が止めに入ったら鉄に焔……いや、火に油だろうけど。
じゃ、そろそろ時間だから僕は行くよ。また今度ね、ブラックハヤテ号」
フュリーさんはもう一度僕の頭を撫でると、立ち上がって執務室に帰って行った。
うん、また遊んでね!
土を踏む音に気付いて足元の虫から目を上げると、マスタング大佐が中庭を突っ切って近道して、司令部の外に出掛ける所だった。
ご主人の姿は無い。きっと、他のお仕事で忙しいんだろう。
普段は通らないこの中庭を近道にした事もそうだけど、何だかちょっとコソコソしているみたい。
……怪しい。怪し過ぎる。
何より、お仕事の時はいつも一緒のご主人が、傍に居ないのが一番怪しい。
ハッ、もしかして大佐ってば、ご主人に隠れてコッソリ何かしようとしてる!?
『私に何かあっても、私の代わりに大佐を守るのよ』
ご主人の教え、その一。
ご主人に何かあった訳ではないんだろうけど、姿が見えない以上、僕にはご主人に代わって大佐を守るという使命がある。
外に出て見失ってしまうと、匂いを追い掛けるのも難しくなる。
足下からそそくさと逃げ出すダンゴ虫を飛び越えて、僕は大佐の後を追いかけた。
お日様は随分西に傾いて、もうすぐ日が暮れる。
それはそうだ。大佐とご主人がお昼御飯に行ったのが、いつもよりずっと遅い時間だったんだもの。
でも帰る時間よりは、まだちょっと早い。
大佐は大通りまで来ると、少し歩調を緩めた。
大佐は通りすがりのお店を、ちらちらと見ているみたいだった。
中に入る訳ではないけど、首を伸ばしてショーウインドウの中を見てる。
洋服屋さんだったり、キラキラした綺麗な物を売ってるお店だったり。あ、こっちのお店からは美味しそうな匂いが!
……と、あちこち余所見をしていたら。
「ん、ブラックハヤテ?」
大佐が目の前にしゃがみ込んで、不思議そうに僕を見ていた。
あ、見付かっちゃった。てへへ。
「どうしてこんな所に居るんだ。勝手に中庭から居なくなったら、ホークアイ中尉が心配するだろう?」
今は手袋をしていない大きな手が僕の頭を撫でる。
大佐がこっそり出掛けるのを見て、怪しいと思ってつけて来たんだよ。
何でご主人は一緒じゃないの?ばうばう。
「はは、参ったな。わざわざ中尉が席を外している隙に出て来たのに、お前に見付かるとは」
やっぱりご主人には内緒だったんだ。
ねえ、何のご用事だったの?
じーっと僕が見上げていると、大佐はちょっと困ったような顔をした。
「……ふむ、まだ良い物が決まっていないんだが」
ん、何の話?
首を傾げた僕に、大佐は『付いて来い』と合図した。
大佐は人通りの多い道の端っこを歩いて、僕がはぐれないようにゆっくり歩いてくれた。
「実は、今日はホークアイ中尉の誕生日でね」
大佐しか見てない人にはまるで独り言。勿論大佐は、後ろを歩く僕に話し掛けてるんだけど。
……って、え?今日がご主人の誕生日?誕生日って、生まれた日の事だよね?
僕が耳をピクッとさせたのに振り返った大佐が気付いて、ニヤッと悪戯っぽく笑う。
「でも中尉は、憶えていても自分から口にする人じゃないだろう?」
うんうん。ご主人が大佐やハボックさん達の誕生日をお祝いする事はあっても、自分のは気にしない感じ。
それに前にご主人が『女の人に歳を聞いたりしては駄目なのよ』って、
エドワードさんやアルフォンスさんに食堂で話していたのを中庭で聞いたような気がする。これ、ご主人の教えその二。
まあ僕は人間の言葉は喋れないから問題ないんだけどね。
その話を聞いたすぐ後、エドワードさん達は大慌てでまた旅に出た。何だか追い詰められたような、必死の形相で。
「昨日までに何か準備しておけばよかったんだが、忙しさに取り紛れてうっかりしていてな。
いつも彼女には迷惑をかけている事だし、何か贈り物をと思ったんだが」
えーっと、つまりご主人へのプレゼントを探してたのか。
『はい!』って渡してビックリさせたいから、ご主人に内緒で買物に来たんだね。
だけど、まだそのプレゼントが決まってないと。ふむむ。
「しかしいざ選ぶとなると、何がいいのか判らないもんだな」
そんな事を呟いていた大佐は、ふとあるお店の前で足を止めた。
僕も大佐に並ぶと後ろ足で立ち上がって、ショーウインドウに鼻をくっ付けるようにして中を見る。
そこには、キラキラ光る小さな物がいっぱい並んでいた。
ご主人の耳にも光ってる、小さなモノ。
形がちょっとずつ違ったり、少し大きな物やちっちゃい物もある。
「ピアスか……」
ちらっと大佐が僕を見る。
僕も大佐を見る。
大佐は何も言わなかったけど、何となく大佐の考えている事は判ったような気がした。
うん、あの隅っこでキラキラしてるのが綺麗だね。
ご主人の髪の色に似てて、とっても似合いそう。
僕が元気良く『わん!』ってお返事したら、大佐はちょっとだけ笑ってくれた。
ご主人と二人の時だけに見せてくれる優しいその笑顔、勿論僕は知ってたよ。
だって僕はご主人の『ボディガード』だから。前にご主人が傍に居ない時、大佐が僕にそう言った。
『お前は誰よりも彼女の傍に居られるボディーガードだ。留守の守りや夜の番は頼むぞ』って。
お仕事の邪魔にならない時以外は、僕はいつだってご主人の傍に居る。それが『ボディガード』のお仕事だから。
だから僕は、他の人には見せない大佐の優しい笑顔も知ってる。
僕だって、ご主人の事を守りたい―――だから、判った。
大佐と僕は、きっと同じくらいご主人の事が大好きなんだって事。
「ここでちょっと待ってろ」
僕の頭を撫でると、大佐はそのお店に入って行った。
司令部に戻って来た時にはもう日が暮れていて、執務室にはご主人だけが残っていた。
他の人は仕事を終わらせて帰っちゃったんだろう。
僕を連れて帰って来た大佐の姿を見て、ご主人が席を立つ。
「急に姿が見えなくなったので、どちらに行かれたのかと思っていました」
「すまない。ちょっと、急用が出来てな」
大佐はご主人の机に、『ちょっと出てくる』とメモを残して出て来たんだって。
大佐が帰っちゃったんじゃなくて、出掛けただけだって言うのはそれで判ったみたいだけど、
ご主人にはもう一つ心配していた事があったらしい。それは―――僕の事。
「日が暮れてしまったので迎えに行ったら、貴方まで居ないんだもの。随分探したのよ?」
ご主人がしゃがみ込んで、僕の頭を撫でた。
門番の人に尋ねたら僕が大佐の後を追い掛けて出て行ったみたいだって聞いて、僕達が帰って来るのを待ってたんだって。
くーん、ごめんなさい。大佐と一緒にお出掛けしてたんだ。
「私が出て行くのを見て、ついて来たようだ。君の代わりのつもりだったらしい」
うん、そう。
大佐がね、こっそりお出掛けしようとしてたから『怪しい!』って思ってついて行ったの。
でもねぇ、大佐がご主人に内緒でお出掛けした理由はね……
ご主人の手から離れて、僕が鼻先で大佐のブーツを押す。
大佐は目をパチパチさせると、『ああ…』と言いながら上着の内側に手を入れた。そうそう、それを渡さなきゃ!
「誕生日おめでとう」
目の前に小さな小箱を差し出されて、ご主人も目をパチパチさせた。
「……今日が私の誕生日だと、知っていらしたんですか?」
「まあな」
『どうやって調べたのか』とも『何故知っていたのか』とも、大佐は言わない。ご主人も聞かなかった。
手の上に置かれた小箱に目を落としてから、大佐と僕の顔を交互に見遣る。
「もしかして、これを探しに?」
「もう少し早く用意出来ていれば良かったんだが、色々忙しくてね―――今日もなかなか身体が空かなかった」
『それは、大佐がいつもお仕事を溜めてるからでしょう』―――いつものご主人なら、そう言ったかもしれない。
でも今日のご主人は、困ったような笑みを浮かべただけだった。
細いリボンを解き、カコンと硬い音をさせて小箱の蓋が開かれる。
ちょっと驚いたご主人の目が、その後ゆっくりと嬉しそうに笑ったのが確かに見えた。
「綺麗……トパーズですね」
「君の髪の色に、似合いそうだと思ってね。何と私とブラックハヤテ号の意見が一致した結果だ」
『なあ?』と大佐が目配せする。
千切れるんじゃないかっていうくらい尻尾を振って、僕も『わん!』ってお返事した。ねえ、つけて見せて見せて!!
僕がじーーっと見上げていると、気付いたご主人が小箱を一度机に置いて、自分の耳のピアスを外す。
大佐は小箱の中のピアスを取ると、ご主人の耳に手を伸ばした。
「……うん、やはりよく映るな。私達の目に狂いは無かった」
「ありがとうございます、大佐」
ご主人が、ちょっと照れたように大佐に礼を言う。大佐も、ご主人に負けないくらい嬉しそうだ。
僕もよく見たくて首を伸ばしていると、ご主人は膝をついて僕に視線を合わせてくれた。
「それにブラックハヤテ号、貴方も」
ご主人の手が僕の背を撫で、優しく笑う。
それは僕が今まで見たご主人の、一番綺麗な笑顔だった。
僕の名はブラックハヤテ号。
自慢のご主人の耳にはある日を境に、銀細工に代わってトパーズという宝石の小さなピアスが光っている。
「あれ、中尉ピアス変えたんスか?」
ハボックさん達が次の日には気付いたけど、ご主人は『ええ、まあね』と笑って応えただけだ。
大佐はちらっと僕に目配せしたけど、勿論何も言わない。
ご主人がピアスを変えた理由―――それは、僕と大佐だけのとっておきの秘密だった。
【FIN】
あとがき
はい、と言う訳でブラックハヤテ君視点のSSでした(笑)
ブラハの呑気な一日で終わるかと思いきや、いつの間にかお題(5)『健全な精神は…』のサイドストーリーに突入(笑)
微妙にお題(20)『童顔』ネタも入ってますけど。そしてオチはしっかりロイリザでした。
いやー書き始めた時は、本当にただのブラハの呑気な一日なお話にするつもりだったんですが(^_^;)
まさかロイリザでオチがつくとは、自分でもビックリです。まさに瓢箪から駒。
それにしても犬のブラハを相手にリザの誕生日プレゼントを選ぶロイ。しかも何気に意思の疎通が出来ています(笑)
しかし端から見ていると、ただの危ない人か寂しい人と紙一重。
『犬と会話なんて出来る訳ないじゃ〜ん』という意見は却下(笑)
(この場合リザに対する共通の)愛さえあれば、意思の力は種族を超えるのですよ(^_^)
犬の視力は、通常0.2〜0.3くらいなんだそうです。意外に見えてませんよね。人間なら間違いなく要眼鏡状態です。
犬は元々近視でピントを合わせる能力は低いんだけど、その代わり動く物には素早く反応出来る。
近視なのに動体視力には優れているという事で、比較的視力のいい牧羊犬などは、
1km先で人が手を振っているのに気付く事が出来るんだそうです。
それと犬には色を見分ける事が出来ないのではと言われていましたが、近年では『青』『紫』『黄』の三色は見分けられるとされています。
だからブラックハヤテはロイ達の軍服の色や、リザの髪の色、トパーズの色などは何となく判ってたんですよ(笑)
リザの姓に引っ掛けてホークスアイ(青いタイガーズアイ)とどっちにしようか迷いましたが、
ホークスアイは女性のアクセサリとして一般的ではなさそうなので(私も今回宝石の事を調べていて初めて知りました)、
素直に第一印象通りのトパーズにしました。
『現役の軍人に宝石のピアスもどうかなー』とも思いましたが、トパーズは色も淡いし『小さい』って誇張してるから、これもアリかなと(笑)
麻生 司