クリスマス・イブを君と


「俺を選ぶ事で、苦労させるかもしれない。でも、必ず俺が守るから。
 どんなに辛い事や悲しい事があっても、俺が傍に居て必ず守るから。だからミリィ―――俺の為に……笑ってくれないか?」

 

再会は突然。
告げられたプロポーズの言葉は、もっと突然だった。
僅かな期待を、持っていなかったと言えば嘘になる。だが再会したその日のうちに、プロポーズされるとは思っていなかった。

すぐに返事が出来なった自分の顔を、ほんの少し不安気な、子供のような顔をしたディアッカの紫水晶の瞳が見下ろしている。
ミリアリアははにかんだ笑顔で、そっと頷いて見せた。

 

「本当に、本当に俺でいいんだな!?」
「今更なによ、もう」

ディアッカの大きな手がミリアリアの肩を掴んで揺すり、幸福に満たされた彼女の笑みが微かな苦笑いになる。
まさか即答でOKが貰えるとは思っていなかったのか、ディアッカは降って湧いた自分の幸運を、まだ信じきれていないようだった。

「じゃあ、あたしがノーって言ったらどうするつもりだったのよ?」
「それは俺がオーブに赴任してる間に、じっくり時間をかけて説得しようと…」

だからこそじっくり腰を据えてオーブに残れるように、医師免許を取得して技術交換に自薦したのだ。
だがOKを貰えたなら貰えたで、プロポーズに費やされる筈だった時間を有効に使う術はある。

 

「……なぁ、ミリアリア。お袋さんは家に居たよな?親父さんは仕事か?」
「うん。でも今日はイブだし、もうそろそろ帰ってくると思うけど」

神妙な顔をして黙ってしまったディアッカの横顔を見遣って、ミリアリアは、はたと思い当たった。

「ディアッカ、貴方、まさか……」
「ん?どうせならこのまま、『ミリアリアを俺の嫁さんにください』って親父さん達にお願いするのも悪くないかなって」

にやり、と悪戯っ子のような笑みがディアッカの口元に浮かぶ。
まさか自分の両親も飛び込みでやって来た客が、いきなり娘を嫁にくれと言い出すとは思ってもいなかっただろう。
『明日、会って欲しい人が居るから』等と勿体つけて引き合わせるよりは、インパクトと言う点で勝っているかもしれないが。

 

しかし、実際に自分の両親は、どのような反応を示すだろうか。

かつて恋人を戦場で喪い、一時は笑い方を忘れるほどにまで憔悴した一人娘。
その娘も戦後は教職に就き、教え子やかつての仲間達と暮らすうちに、少しずつ元の明るさと笑顔を取り戻していった。

この三年間、ミリアリアはトールの名をほとんど出す事も無かった代わりに、
キラやサイと言った昔からの友人以外の男性の名を出した事も無かった。
つまりミリアリアの両親に、ディアッカに対しての予備知識は全く無い。

しかも彼はニ世代目の生粋のコーディネーターである。
一部のコーディネーターがナチュラルに持つ程の偏見の念は無いにしても、娘婿がコーディネーターとなれば話は別だ。
あっさりと受け容れられる事ではないだろう。
―――理屈と感情は、別の物ものなのだから。

「何も話し合わないうちから諦めるのも馬鹿な話だろ?
 ミリアリアに振り向いて貰うまでの苦労に比べたら、親父さん達を説得する方がずっと楽だって」
「あの状況で、あんな出会い方をして、初めから歩み寄れる筈無いでしょう?」
「そうだよなー。でもそんな俺達でも、ここまで歩み寄れたんだからさ。きっと何とかなるって!」

何とも楽天的なディアッカの笑顔に、ミリアリアは軽く肩を竦めて見せた。

 

それからしばらくして、ミリアリアの父が帰宅した。
ディアッカが挨拶したいと言っている旨を伝えて、父が部屋着に着替えるのを待ってから、二人は両親の待つ居間へと下りていった。

互いに挨拶を交わし、ミリアリアが改めて両親にディアッカを紹介する。
彼がコーディネーターである事がミリアリアの口から告げられると、両親は微かに目を瞠った。
今まで娘に、キラ以外のコーディネーターの友人が居る事を知らなかったのだから無理もない。
―――アスラン・ザラはキラを介した知人ではあるが、友人と呼べる程の付き合いではない。
その思いを正直に告げられたディアッカは、破顔して言葉を続けた。

「俺が彼女のAA時代の友人と言うのは嘘ではありませんが、今日は旧交を温めに来た訳ではありません」

訝しげな表情を浮かべた両親の前で、ミリアリアが膝の上に置いた拳をぎゅっと握り締める。
隣の彼女にちらりと視線を走らせて、ディアッカは戸惑う彼女の両親を、まっすぐに見詰め返した。

「単刀直入に申し上げます。今日俺は、ミリアリアに求婚しました。彼女の返事も貰っています。
 どうか―――俺達の結婚を認めてください」

 

母が『まぁ…』と呟いて頬に手を当てる。
父は不意打ちを食らった為か、咄嗟に言葉が出ないようであった。

「その……エルスマン君。君はご両親の世代からのコーディネーターだと言ったね?
 我々はコーディネーターに対して、特に偏見がある訳ではない。娘の古い友人にも、コーディネーター第一世代の子が居る」
「キラ・ヤマトですね。先の戦争では、共に戦いました」

ディアッカの口から知った名前が出ると、父がホッと息をつき、頷いた。

「友人としての付き合いなら、私達は何も言う気は無い。だが、結婚となると―――」

言い難そうに、言葉を濁す。
その躊躇いの意味する所を察して、ディアッカが先に口にした。

「俺がコーディーネ―ターで、彼女がナチュラルである事は、何の問題もありません。
 今のままのミリアリアを俺は好きになった。だから、何も変わる必要は無いんです」
「娘を妻にと望んでくれた君がそう言ってくれるのは、判っていたよ。でも、君のご両親はどうだね?」

鋭い父の言葉に、ディアッカの整った眉間が微かに寄せられる。
その僅かな動きに、ミリアリアの心臓はドキンと大きく脈打った。
そうなのだ。寧ろ、障害となるのは自分の両親ではない。強硬な反対を受けるとすれば、それは……

 

「……正直に言って、父に認めて貰うには、かなりの時間が掛かるでしょう」

偽りなくそう口にしたディアッカの言葉に、ミリアリアは一瞬瞳を伏せた。

「母は考え方の柔軟な人ですから、ミリアリアの人となりを見てもらえれば、きっと大丈夫です。
 ですが父は……先の戦争では穏健派寄りの中立を貫きましたが、一人息子の嫁がナチュラルとなれば―――恐らく反対するでしょうね」

 

それは即ち、たった今娘を嫁にくれと言われたミリアリアの両親と同じ状態だ。しかも、反応はより劇的だろう。
理性では然程の問題では無いと判っていても、感情が伴わない。

「『俺と彼女が結婚するのだから、親の反対など気にしない』―――とは言いません。
 身近な者の精神的な援助も助言も無しに、二人きりで生きていく事がミリアリアにどれだけの苦労を掛けるか、判っているつもりです」

まさに彼が『親の反対など気にしない』と言い出すと考えていたミリアリアの両親は、意外そうな表情で互いの顔を見合わせた。

 

「どんなに時間が掛かっても、俺の両親には認めてもらいます。必ず俺が説得します。
 でもせめて貴方たちには―――祝福して欲しい。心から祝福して、俺達の結婚を認めて欲しいんです」

隣で不安そうな表情を浮かべていたミリアリアの手に自分の手を重ね、ディアッカが頷いてみせる。
その力強い眼差しに励まされて、ミリアリアも小さく頷き返した。

そう―――どんな困難が待ち受けていようとも、自分はディアッカを選んだ。
そして彼は、必ず自分を守ると言ってくれたではないか。
変わらず自分の傍に在る為に、ディアッカは自らに厳しい目標を課して、長期間オーブに滞在出来る資格を得てくれた。
今も猛反対を受けるのを承知で、両親を説得してくれている。
ディアッカの想いを無駄にしない為にも、自分が気弱になる訳には行かない。
ミリアリアは決意を込めて、ディアッカの大きな手をギュッと握り返した。

「初めて会った時には、俺達は国も立場も違えていた。それでも―――ここまで歩み寄る事が出来たんです。
 俺を選ぶ事で、ミリアリアには苦労を掛けると思います。でも、必ず俺が守ってみせる。
 どんなに辛い事や悲しい事があっても、俺が傍に居て必ず守りますから―――」

 

それは、ミリアリア自身にも伝えられた求婚の言葉。
同じ言葉を両親にも誓約して、ディアッカが深々と頭を下げる。
言葉にならない想いを込めて、ミリアリアも共に頭を垂れた。

 

 

「やっぱり、ちょっと気が早かったかな?」
「いきなりだったから、戸惑ってるだけだと思う。大丈夫……きっと判って貰えるわよ。あたしの、パパとママなんだから」

ハウ家の玄関先で、ディアッカとミリアリアは小声で言葉を交わしていた。

 

ミリアリアへの求婚と、その求婚に対してOKを貰う事。そして彼女の両親へ結婚の許しを貰う事。
求婚そのものはともかく、それ以降は数ヶ月かけて果たそうと考えていたディアッカの目算は、
ミリアリアの求婚の快諾によって、嬉しくも慌ただしい急展開を迎えた。

「あたしは一度トールを喪ってるから……もう二度と辛い思いをしないようにって、考えて心配してくれてるのよ。
 でももうあたし達は軍人じゃないし、ディアッカがどんな人か判れば―――きっと大丈夫」

トールの名が出た瞬間にディアッカは思わずミリアリアを注視したが、彼女の表情は穏やかなままだった。
三年という時の流れが、ゆっくりと彼女の心を癒してくれたのだろう。

「まあ、ある日突然訪ねて来た初対面の男に『お嬢さんを嫁にください』って言われても、普通は即答出来ないよな。
 考えさせてくれって言う、親父さんたちの気持ちは判るよ」

 

結局今日は、ディアッカがミリアリアに求婚した事実と、その求婚に対してミリアリアがOKと返事をした事実を両親に告げたに留まった。
ミリアリアの両親に挨拶まで出来たのは渡りに船と言う奴で、初めから何もかも上手くいくなどとは思っていない。
ディアッカの人となりがまだ判らない事、恐らく結婚に反対するであろう彼の両親の問題などもあり、
『少し考える時間が欲しい』と猶予を求めたのである。

「伝えなきゃならない事は伝えたし。後は、時間を掛けて判って貰うさ。年が明けたら、しばらくここに通い詰める事にするかな」

試験で合格点を貰うのを待ち遠しく思う子供のような顔で、ディアッカが夜空を背景にしたハウ家を見上げた。

 

「ところで、貴方部屋は何処なの?長期派遣なんだから、ホテルじゃなくて部屋を借りるんでしょう?」
「うん、住居手当も出るしな。でもしばらくはホテル住まいだ。
 思い立ってすぐにプラントを発ったから、まだ部屋の手配とかしてなくて……って、何?変な顔して」

ぎょっとした表情のまま固まってしまったミリアリアの前で、サッサッとディアッカが手を振る。
その手をはっしと掴んで、ミリアリアは空いた左手をこめかみに当てた。

「……じゃ、まだ正式に部屋は決めてないんだ?それでこれから街に出てホテルの空き部屋探して、しばらくそこに住もうかなと……?」
「う、うん」

はーーー……っと、ミリアリアは大きな溜息をついた。

「―――あのね。貴方はどうして今日、あたしに会いに来ようと思ったのかしら?」
「どうしてって……やっとオーブに長期滞在出来る名目が出来て、丁度クリスマス・イブも近かったから」
「そう、クリスマス・イブね。じゃあどうしてそのクリスマス・イブに、あたしに会いに来たの?」
「イブは、一番大切な人の傍に居たかったから」

得体の知れない迫力に押されて、反論も出来ずに答える。
何だか求婚直前の会話の復習をさせられているみたいだと、ディアッカは思った。
にっこりミリアリアが笑みを浮かべたが、笑っているのに叱られているような気がするのは何故なのだろう?

「よく出来ました。じゃあ、大切な人と一緒に過ごしたいって思うそのクリスマス・イブに、ホテルに空き部屋が在ると思う?」
「…………あー…………そっか」

 

ミリアリアが何を言いたかったのかようやく悟って、ディアッカが思わず天を仰ぐ。

「戦後、オーブは観光事業にも力を入れてるし、その一環でホテルも建て直されたけど、然程の数は無いから今夜は多分どこも満室よ。
 オーブに家がある人たちでも、イブの夜はホテルに部屋を取って、そこで一緒に過ごそうって恋人同士や家族連れが多いから」
「つまり、イブの夜を特別な相手と一緒に……ってのは、何も俺だけじゃないって事か」

これはディアッカの読みが甘かったと言うべきだろう。
イブとクリスマス当日にどれだけホテル産業が潤うか、少しも考えが及ばなかったのは確かに痛かった。

「どのみち家具付きの部屋を探すつもりだったから、元々荷物はそんなに多くないんだ。
 かさ張る本なんかは技術振興センター宛てに俺の名前で送ってあるし、差し当たって必要な着替えとかは持って来てる。
 仕方ない。部屋が決まるまで当分アスランの所にでも転がり込むかな」
「アスランさんは今は首長官邸に一室貰って、そこに住んでるのよ」
「ゲッ……マジかよ」

当てが外れて、ディアッカが顔をしかめる。
アスランの一人住まいに転がり込むのに大した遠慮は感じないが、その住まいが首長官邸内では話が違う。

「そう言えば、アスランがオーブに帰化した直後にあいつらは婚約を公表してたんだっけな。
 別に新婚家庭の邪魔する訳でもないし、首長殿も知らない間柄じゃないから、訪ねて行けばしばらく置いて貰えるとは思うが……」

『宿が無いのでしばらく置いてください』とは、何とも情けない話だ。
だがコネは使う為にある。きっと自分が思う程には、アスランもカガリも気にしないだろう。
恥を忍んで彼等に頭を下げる覚悟を決めた、その時―――

 

「もういいわ、中に入りなさい。パパたちに話してくるから」

ミリアリアがディアッカの鞄を手に取り、くい、とついさっき出て来たばかりの家の中を指差す。

「え……でも、一応ホテルを当たってみるよ。もしかしたら空き部屋があるかもしれないし」

ぐい、と彼女の手から鞄を引き戻そうとして、逆に更に強い力で引き戻された。

「それでやっぱり部屋が無かったらどうするの?
 カガリさんもアスランさんも貴方が訪ねて行っても多分気にしないだろうけど、
 警備は厳しいし身元の確認に時間は掛かるし、首長官邸の敷居は高いわよ?」

うっ、とディアッカが言葉に詰まる。
ミリアリアの瞳が、教え子を見る眼差しで微笑んだ。

「あたしに会う為に、今日と言う日を選んでくれた事が本当に嬉しかったの。そのお礼だと思って頂戴。
 今日はずっとあたしを待ってて、昼からちゃんとした食事もしてないんでしょう?」
「そんな事は……」

『ない』と言いかけたまさにその時、ディアッカの腹がグウッと鳴った。
戦闘待機中には丸一日絶食するくらいの事は平気だったのに、何とも緊張感に欠ける。
『ほら、御覧なさい』と言って、ミリアリアが笑った。

「お腹の方が正直ね。急いでお料理を増やしてくるわ」
「面目無い……」

家の中からターキーを焼く香ばしい香りが漂って来て、食欲に釣られた腹が再び鳴かないように、ディアッカは下腹に力を込めた。

 

宿の当ての無いディアッカの為に、それからしばらくの間、ハウ家の客間が彼に貸し与えられた。
ディアッカはホテルに空き部屋が出来次第そちらに移るつもりだったのだが、
ミリアリアの両親が『部屋が正式に決まるまで気兼ねなく居なさい』と言ってくれたので、結局年明けまでその好意に甘える事になった。

食後にミリアリアの父は時折自分の書斎にディアッカを呼び、そこで二人で酒を飲んだ。
『ウチは娘だけだったから、一度息子と一緒に酒を飲んでみたかった』と言うのは、後日明かされたミリアリアの父の密かな夢である。

 

年が明け、正式に部屋を決めてディアッカはハウ家を出たが、
それからも三日と空けずに公務の合間を縫って、彼はミリアリアの元に通い続けた。
娘を想う真摯なその姿と、娘を必ず守ると言ってくれた彼の誠意を信じ、
ハウ夫妻が二人の結婚を認めて祝福を贈ったのは、春の初めの事である―――

                                                             【FIN】


あとがき

いきなりこれを読んでる人は、まず『未来幻燈』全6話を―――少なくとも、Act.6だけは先に読んで下さい。
それが前提になっているので、このお話だけだと訳が判らないと思います(笑)

SEEDに関してはもう自分の中で一段落した気分だったのですが、折角クリスマス・イブの設定だし、
ディアッカがイブにオーブに来たのはいいけど宿が無い…と言うのは、実は最初から頭にあった話でして。
『未来幻燈』ではそこまで書く余裕が無かったので、ミリアリアの両親に結婚の許しを貰うと言う振りも兼ねて書いてみました。

実際にオーブにどれだけのホテルがあるのか、またそのホテルが満室になる程クリスマスは繁盛しているのか。
微妙に疑問はありましたが、お話の都合で『クリスマスはホテル大盛況』と言う事にしました(笑)
しかし今年のクリスマス(イブ含む)は、日本のホテルは例年ほど賑わってなくて空室もあるとか。
張り込まずに家庭で普通にお祝いするスタイルに切り替わったんですかね?(^_^)

                                                                麻生 司

 

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