―――さよなら。


微睡ろむ意識の狭間に、お前の声が遠く響いていた。


どうして泣いてるんだ?

笑っていても、心が泣いてる。

兄貴を亡くした時のように、泣き咽ぶお前の姿が閉じた瞼に滲むように浮かぶ。



たった一言でいい。

『助けて』と言ってくれたなら。

俺はお前の手を掴み、引き止める事が出来たんだろうか。

それとも笑顔に涙を隠して、俺の前から姿を消したんだろうか。



たった一言でいい。

『行くな』と言う事が出来たなら。

お前は俺を振り返って、足を止めただろうか。

それとも何度やり直したとしても、その後ろ姿に何一つ言う事など出来なかっただろうか。



一体、何が足りなかったんだ。



何があったと問う
言葉か。

お前を守れるだけの強さか。

それとも、言葉に出来ない何かに気付いてやれる優しさだったのか。



この世界の何処を見渡してもお前が居ない。

それだけで、こんなに世界が色褪せて見えるなんて。



―――俺は、そんな事さえ知らなかった。









うつほ
 









『あたしは、あんたの何なんだよ!!』


たつきの叫びが、楔となって胸を抉る。


『友達(ツレ)じゃねえのか!!仲間じゃねえのかよ!!!』


ああ、そうだ。
俺達は仲間だ。

仲間……だった。


なのにあいつは――― 一人で消えたんだ。




俺には何も見えてなかった。

強くなったと思っていた。
家族も仲間も、守れると思っていた。


だけど現実はどうだ?

仮面の力を得ても、破面(アランカル)一人満足に倒すが出来なかった。
それどころか、また大きな負傷を負った。
あの時平子が駆け付けてくれなければ、俺もルキアもグリムジョーに殺されていただろう。


なあ、たつき。
お前は井上の親友だよな。
だったら、あいつが仲間を裏切るなんて事、あると思うか?

本当にそう尋ねたなら、お前はさっきの倍の力で俺を殴り倒すだろう。
『あの子が仲間を裏切るなんて在り得ない』と、声を限りにして叫ぶだろう。

そうさ、俺にだって判ってる。
井上は俺達の仲間だ。
あいつが仲間を裏切るなんて、絶対に無い。
なのにあいつは何一つ言い訳せず、俺達とこの世界から姿を消した。

何故だ?


それはきっと―――俺達の命を盾に取られたからだ。


あいつに同行していた死神は、無傷で尸魂界へ生還したという。
破面に殺されかけた筈なのに、無傷でだ。
恐らく他の誰も殺さない代わりに、井上は一人で虚圏へ来いと約束させられたに違いない。
誰にも何も告げず、ただ一人で。


何も告げず……?

いや、もしかしたら。

井上は、俺の所に別れを言いに来たのかもしれない。
この腕に残っていた霊圧は、あの夜まで確かにあいつが無事だったという証。
夢だと思っていたあいつのあの言葉が、現実だったのだとしたら。



―――どうして俺は、気付いてやれなかったんだ。



悔やんでも悔やみきれない。

頭の中で、ずっとあいつの声が響いてる。
笑っているのに、だけど今にも泣きそうな、途方に暮れた様な『さよなら』が。

意識が無かったからこそ判ったギリギリの……きっとそれが、あいつの本心。


行きたくないと。

助けて欲しいと。


鮮やかにあの『さよなら』は告げていたのに。







俺はもう迷わない。
尸魂界が井上を見捨てると言うなら、俺一人であいつを助け出す。

勝手な行動も犬死にも許さないと、あの総隊長の爺さんは言った。
俺のしようとしている事は、尸魂界からすれば確かに勝手極まりない選択なんだろう。
だが、俺は犬死にする気は無い。
必ず井上を連れ戻して、生きて帰ってくる。

そして言ってやるんだ。
世界の全てと秤に掛ける迄も無いと、あいつの命をあっさり切り捨てた奴等に―――俺は誰も諦めないと。



見上げた空に浮かぶのは、夜の闇を切り取る弧月。
淡い月光が照らし出すのは、唯一つの俺の影。

恐れる事など何も無い。
本当に恐ろしいのは……この世界の何処を見渡してもあいつ
が居ないという、その現実。

それだけで、こんなにも世界が色褪せて見えるなんて。



―――俺は、そんな事さえ知らなかった。

                                                          【FIN】


あとがき

織姫版の『ONE AND ONLY』に対応させるように書いてみた一護版SS。
絶賛体調不良中につき、ギリギリまで更新するかしまいか(更新お休みしようか)迷いあぐねながら、何とか書き上げました。短い割に時間掛かった…
織姫版を書いている時に一護版も書けたらいいなぁとは思っていたんですが、いやはや男心は難しい(苦笑)

彼女の最後の別れの言葉は、夢うつつで聞いているので意識は無し。ので、織姫に襲われそうに(笑)なってたのは気付いてない。
だけど彼女が本心から『さよなら』って言ってないのは、意識が無いが故に気付いてる。
たつきにぶん殴られ、自分の考えを整理して、喜助の所に向かってる最中での独白って事で。
そもそも織姫→一護は公式だけど、織姫→← 一護は捏造気味……(^_^;)
正直な所、一護は織姫をちょっとでも女性として意識してるのか、
それともイチルキでオチがつくのか、ハッキリして欲しいようなして欲しくないような(どっちだ)。
イチルキだよと言われてしまうと、一織が全否定されてしまうようで怖いんだよな〜…

                                                             麻生 司


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