「直斗、今日の放課後、ちょっと付き合って」
冬休みと春休みの、丁度真ん中辺りに差し掛かったとある二月の昼休み。
直斗は藪から棒に、そうりせに声を掛けられた。
りせはかなり真剣な顔つきで、事情を知らない部外者に見られたら、元アイドルが一時評判になった一般生徒に因縁をつけているように見えなくもない。
勿論そう見えるだけで本人同士の間に殺伐とした空気は存在していないので、半年ですっかりこの組み合わせに慣れてしまったクラスメイトは気にも留めていなかったのだが。
「それは構いませんけど、何処に?」
昨年末までであれば、集合場所は敢えて決めずともジュネスのフードコードと決まっていた。
しかし今は、以前と違いジュネスに集まらなくてはならない必然性は無い。
商店街の方に用があるのなら、わざわざジュネスに寄る必要はない。沖奈に出る為に駅に行くのも同様だ。
だから直斗は一応行き先を尋ねてみたのだが、りせの返事はあっさり『ジュネスへ』だった。
オレンジの誘惑
「二月と言えば、やっぱりバレンタインでしょ!」
「ああ……なるほど」
妙に真剣な眼差しのりせに連れて来られたのは、ジュネスの食料品売り場の一角に設けられた特設コーナーだった。
赤系や金のリボンや包装紙で柱や台をデコレーションされたコーナーには、有名どころの製菓メーカーのお勧め商品を中心に、
テレビで紹介された事のある海外のブランドチョコまで揃っている。
ちょっと見にはまるで都心の百貨店の品揃えで、地方のショッピングセンターの特設コーナーとは思えない。
「へえ、意外と充実してるんですね」
「うん、ちょっとビックリした。花村先輩から、今年は随分頑張ったとは聞いてたんだけど」
なんでも二月のイベント企画を立ち上げた段階で、菓子コーナーにワゴンを置く程度ではなく、やるなら徹底的に凝ると方針が決まったのだそうだ。
製菓メーカーに売れ線を納品するように指示したのは当然として、
百貨店の食料品売り場勤務経験のある従業員のコネをフル活用し、今まで取引の無かったブランドのチョコを仕入れる事にも成功した。
希望者には別途ラッピングするサービスも設けた事で、客足も順調に伸びているらしい。
「なんだかあんまり早くに買いに走っててもアレだし、二‐三日前の今日くらいが一番いいかなって。
ねえ、直斗はもう準備してたの?」
「え、僕ですか!?」
思わず自分を指差してしまう。
「ああ、今ので何も考えてなかったって判った。じゃあついでだから、直斗も一緒に選ぼ?
お世話になったし、あげるでしょ?神楽先輩達に」
りせの視線が、柚の名を出したその一瞬だけ冗談めかしたものから素になった事に直斗は気付かなかった。
バレンタインデーという、今まで自分には縁遠かった季節のイベントの最中に突然放り込まれて、注意力が散漫になっていたらしい。
「お世話に……ええ…ええ、そうですね。去年は色々ありましたから、これを機会にお返しするのもいいかもしれません」
同じような言い訳をクリスマスの時にも口にしていたのだが、りせは聞かなかった事にした。
直斗が隠したがっているので柚も何も言わないし、皆も知らないフリをしているが、柚と直斗が付き合っている事は暗黙の了解事項なのだ。
そして仲間内では、そんな二人の関係を温かく見守っている。
りせは必要があって買いに来たのだが、其処に直斗を誘ったのは彼女なりの気遣いだった。
一人では買いに行き辛くても、名目上『義理チョコ』という大義名分を与えておけば選び易かろうと。
例えば親代わりの祖父や、何かと世話になっている祖父の秘書の分と言う事にして、その他大勢とは違う規格の物を買って柚に渡せばいいのだ。
「そういう事なら、千枝先輩達に声をかけなくて良かったんでしょうか?」
「ああ、うん。実は先週末に私も直斗も一緒に行かないかって声掛けて貰ったんだけど、もう少し間際になったら、直斗と二人で買いに行くからって断ったの」
誰がどんなチョコを買っているのか判ってしまうと、面白味も無いし変に意識してしまう。
千枝や雪子達がどんなチョコを選ぶのか想像しつつ、彼女達とかぶらない物を選ぶ楽しさを取ったのだ。
ちなみに今日は仮棚卸しの為に裏に篭るので、陽介もクマもこのコーナーに来ない事は確認済みである。
ほぼ教室くらいのスペースが丸々チョコに埋め尽くされているコーナーを思案顔で行き来しながら、二人それぞれに手頃な品を手に取って行く。
「そう言えば直斗って、今まで誰かにチョコあげた事あるの?」
「いえ……祖父はあまり甘い物が好きではありませんでしたし」
「男の人って、苦手な人多いよね。餡子は平気でもチョコの甘さは駄目だとか……というか、もしかして今まで貰ってた方?」
何せ渾名は『探偵王子』。
流石に長く付き合えば女性であると判るのだが、例えば他校の生徒で、遠目で直斗に憧れている女生徒が居ても不思議ではない。
案の定、直斗は微妙な笑みを浮かべて見せた。
「やっぱ、あるんだ……どのくらい?」
「昨年までのここ何年かは、紙袋に丁度一袋くらいですね。
朝登校したら机の上や中に置いてあるとか、いきなり手の中に押し付けられてそのまま走って逃げるように居なくなってしまうんです。
渡す事に満足してしまっているのか、ほとんどカードもついてないから贈り主が判らなくて、返す訳にも断る訳にもいかなくて」
「はは…世の中のもてない男子が聞いたら泣くわね」
直斗にチョコを送った女子に悪気は無いのだろう。
ごく自然な憧れを抱いて、直斗が女性と判っていて贈る者も居るだろうし、或いは本気で男性と思い込んで贈ってくる子も居たかもしれない。
直斗に回った分、他の男子に回らなかったのだとしたら罪な話だ。
「貰ったの全部食べるの?」
「そんなにいっぱい貰っても食べ切れませんから、一応毒見もかねて一口だけは頂いてから、残りは近所の幼稚園に寄付させて貰ってました」
『毒見』というあまり穏やかではない言葉に、りせが一瞬寒そうな顔をする。
「…・・・味見じゃなくて、毒見なんだ」
「私立探偵なんてやっていると、無自覚に人の恨みを買ってる事もありますから。
子供達の口に入るものに、万が一があってはいけませんからね」
『でも、本当に毒物が入ってた事なんてありませんよ』と一応付け加える。
そこは良かったと安堵すべきなのか、当たり前だと突っ込むべきなのか。
そもそも学生が毒物など簡単に手に入れられるものなのかとも思うが、例えば園芸に使う除草剤などは立派な劇薬だ。
別に人を初めから疑って掛かっている訳ではないが、これも一つの職業病というものなのだろう。
他愛もない話をしながらも、りせの持つ買い物籠の中には幾つかのパッケージが次々と積み上がっていく。
可愛らしいリボン飾りのついたそれなりの大きさの箱もあって、一見男性に贈るようなデザインではない。
しげしげと見入っていた直斗の視線に気付いて、『これが気になる?』と、りせが悪戯っぽい笑みを浮かべながらその箱を手に取った。
「随分可愛らしいパッケージなので、一体誰に贈るのかと…」
「こういう可愛いのは、多分本当は女の子同士で渡す分か自分用に買う物なんだろうけど。これはねぇ、完二用だよ」
「ええっ、完二君なんですか!?」
驚きの声を上げたものの、よくよく考え直せばもっともな選択ではあった。
完二はそのヘビーな外見とは裏腹に、実はとても繊細な感受性とセンスを持ち合わせている。
手先が器用で、裁縫や編みぐるみの技量は玄人裸足。
実家の染物屋の片隅に専用コーナーを設けて売り出そうかと店主である母親が計画しているほどなのだ。
本人はあまり公にはしたくない個人情報なのかもしれないが、柚やりせ経由で直斗にもかなり詳細な情報が入ってくる。
完二の特技が手芸一般と聞いて驚きはしたものの、それは数ある個性の一つであって、取り立てて騒ぎ立てる事ではない。
男子の全てがスポーツに汗を流す必要は無く、女子の全てが家事全般こなせなる訳ではない。その点では、自分だって十分規格外だ。
「完二ってば、あのナリで可愛いもの大好きじゃない?じゃあいっそとびっきり可愛いのをあげちゃおうと思って。これ、中は動物型のチョコクッキーなんだって。
前に完二が入院してた菜々子ちゃんにあげた編みぐるみが可愛いって言ったら、そっくり同じ物を作ってくれたの。だから、そのお返しに」
聞いてもいない言い訳までりせは口にしていたが、直斗は知らぬ振りで聞き流した。
誰かに何かを贈りたいという気持ちに、理由なんて要らないと思う。
贈り物をしたいというその気持ちがあれば、それで十分なのだから。
「このハート型のフォンダンショコラが神楽先輩で、オモチャのついたネタっぽいのをご期待通り花村先輩に。こっちの質より量なのをクマに」
柚にと選んだチョコがハート型というのは、勿論わざとだ。直斗に意識させて、存分に対抗してもらいたいという腹である。
陽介とクマ用に選んだ品は正真正銘、義理のネタチョコだが、彼等なら笑って受け取ってくれるだろう。
「あれ、じゃあ残りのこの大きなのは?」
一際大きな箱が、籠の中には残っている。
多分、個数にして二十個以上は入っているのではないか。
「これはねぇ、ちょっと良いチョコだから正直お値段張るんだけど、千枝先輩達や菜々子ちゃん、それに直斗と一緒に食べようと思って。
自分チョコプラス、友チョコだよ」
「友チョコ……ですか」
年末に生きるか死ぬかの瀬戸際から無事生還した菜々子には、きっと嬉しい贈り物になる。
千枝や雪子だって喜んでくれるだろう。
自分が意識していなかっただけで女性同士チョコレートを贈り合うのがごく普通なのだとすれば、案外千枝達も友チョコを用意しているのかもしれない。
「僕も買おうかな…」
ぽつりと呟かれた小さな言葉を、りせは聞き逃さなかった。
同性の友人関係に慣れておらず、戸惑いながらも手探りで前に進もうとしているのは自分も同じ。
だが自分が良かれと思った事が、相手にとっては重く感じるかもしれない。直斗が一緒に乗ってくれるのなら心強かった。
「じゃあ、コレ割り勘にしない?美味しそうだから張り込むつもりだったけど、それなりに高いのよねー。直斗が半分もってくれたらラッキーなんだけど」
「でもそれはりせさんが選んだ物なのに…僕が便乗してしまっていいんですか?」
「勿論!その代わり、直斗が選んだチョコもどんなのか教えて?」
「えっ……!?」
直斗がうろたえている間に、籠の中を覗き込む。
同じ種類のチョコが五つと、少し大きな箱が一つ。
「えっと、大きいのは一番お世話になった神楽先輩にでしょ?
同じ大きさのは花村先輩とクマ、完二で、残りは……お祖父さん達に?」
「…は、はい。あまり甘くないそうですし、今まであげた事なかったので……祖父と、薬師寺さんにも」
一番大きなチョコを、柚の分だと指摘しても直斗は否定しなかった。これは大きな一歩なのではないだろうか。
『世話になったリーダーへのお返し』という大義名分が大いに役に立ったのだろう。ニヤリ、と直斗に見えないようにりせが笑みを浮かべる。
わざわざベタなハート型チョコで刺激した甲斐があったというものだ。
「三千円以上お買い上げなら無料でラッピングしてくれるって言うし、あまり悩んでもなんだからこれで会計済ませちゃおうか。
うんと可愛く飾り付けてもらおうね!」
「はい!」
小さくガッツポーズをしたりせに、直斗も微かに頬を上気させて頷き返した。
そして、数日後。
バレンタイン当日、りせが事前に菜々子に断っておいた堂島家に、陽介達を呼び出した。
いつものようにフードコートに集まっても良かったのだが、菜々子も一緒に食べようと用意したチョコがあるので、堂島家集合になったのだ。
勿論、千枝や雪子にも声を掛けて女子も全員集まった。
「じゃあまずクマ君からね」
「ユキチャン、チエチャン、ナオチャンもリセチャンもみんなありがとクマ〜」
クマは昨年の春以降に柚達と出会ったので、実際にバレンタインというものを経験するのは初めてだ。
だが年明け早々からジュネスで様々な関連企画に関わったので、大体どういうイベントかは理解している。
雪子を筆頭に渡されたチョコにすっかりご満悦だ。
ちなみに菜々子からは、いつも優しい四人のお兄ちゃん+父の分として、10円チョコ×10個の詰め合わせが人数分平等に用意されていた。
「これは花村に」
「なんか嬉しーよな、こういうの。ありがとさん!」
素直に喜ぶ陽介を見ていて照れくさくなったのか、『義理よ、義理!』と千枝が念を押す。
『その割には選ぶのに随分時間掛かったし、尚且つ花村君のが一番大きいんだけどね』と、こっそり雪子が耳打ちしてくれた。
「はい、これが完二の分。ありがたく受け取りなさいよね」
「何でオレの時は上から目線なんだよ…」
ぶつくさ言いながらも、りせの手から、彼女が選んで気合を入れてラッピングされたチョコを手にすると、ちょっと頬が緩む。
別に示し合わせた訳ではなかったのだが、千枝や雪子の選んだチョコも、完二の分は比較的可愛らしくラッピング指定をしたようだ。
色とりどりの包装紙に、カラフルなリボンやらオプションの飾りつけなどが目立っていた。
「じゃあ最後に、これが神楽さんの分です」
「ありがとう」
おずおずと直斗が差し出したチョコを手にして、柚が笑みを浮かべる。
この流れで受け取り拒否はありえないと思うのだが、やはり手渡す瞬間は心臓がやかましく鳴り響いていた。
自分の手を離れて柚の手に渡ったチョコを見て、直斗がホッと小さく安堵の息をつく。
それからしばらく、それぞれが貰ったチョコを広げての雑談になった。
「この見覚えのあるオマケ付きチョコ、絶対ネタで選んだだろ?」
「そういうの、ネタとして受け取ってくれる人じゃなきゃ渡せないんだもの。面白いけど、本命向きじゃないな〜」
「美味しいチョコがたくさんで、嬉しいクマよ〜」
「最近のチョコって、結構可愛いもんなんだな……」
「わー、このハート型のチョコケーキ可愛いね!」
「その生チョコ、すっごい美味しいって有名なんだよね〜」
「菜々子ちゃん、これ女の子用に千枝と買って来たの。一緒に食べよ」
「え、菜々子の分もあるの!?」
「あ、りせ達も友チョコ買って来てるよ。こっちも一緒に開けちゃお」
わいわいと皆が騒いでいる後ろで、柚がお茶の準備を始めた。
叔父が居たらコーヒーを頼むのだが、生憎仕事で不在なので、棚から紅茶葉を出す。
一度叔父の淹れるコーヒーに慣れてしまうと、下手なものは飲めなくなってしまうのが玉に瑕だ。
「…あ、しまった」
「どうしたんです?」
キッチンであがった小さな柚の声に、直斗が振り向く。
「昨日煮物に使った時に、砂糖切らしてたの忘れてた」
自分は砂糖なしの紅茶でも飲めるが、菜々子にまでノンシュガーを押し付けるのは忍びない。
「じゃあ僕、買って来ます」
「悪いよ、今日はウチのお客様なのに」
「いいんですよ。何かというとお邪魔させて貰ってるんですから、このくらい」
そう言うと、直斗はコートを手に取り堂島家を出た。
『ええと、砂糖なら商店街でも買えるかな』
四六商店なら、菓子類やちょっとした調味料なども置いてあった筈だ。多分砂糖もあるだろう。
ジュネスまで行くよりは近い商店街に足を向けた所で、後ろから名を呼ばれた。
足を止め振り返ると、上着に腕を通しながら柚が後を追いかけて来る。
「料理酒も切らしてたの思い出したんだ。砂糖は四六商店に行くつもりだったんだろ?料理酒も尚紀の所で買うから、一緒に行こう」
本当は、料理酒だって自分が一緒に買ってくればいい事だ。
そう喉元まで出掛かったのだが、堂々と理由を付けて柚と二人で歩けるのは嬉しい。
だから直斗は、『はい』と素直に頷いただけだった。
一方、その頃堂島家では―――
「行った?」
「ああ、行った。神楽の奴も回りくどいよなー。アレで直斗が行くって言わなきゃどうする気だったんだか」
「センセイだから、きっとそんなのお見通しなんだクマよ」
「まあ二人きりになれたんだから、神楽先輩も満足でしょ」
「お兄ちゃんも直斗お姉ちゃんも、なんで仲良くしてるの内緒にするのかな?」
「んー、それはきっと菜々子ちゃんが、あたし達と同じくらいの歳になったら判るんじゃないかな〜」
「そういうもんなのか……」
柚と直斗に気を使い、それとなく事情を察した仲間達は二人の居ない時間の長さを気に掛けないよう、再びバレンタインの話題に花を咲かせたのだった。
「直斗、ちょっと辰姫神社に寄ってかないか?」
「え、でも……」
砂糖も料理酒も買った。
家では仲間達が自分達の帰りを待ってるだろう。
だが柚は『五分だけだから』と鳥居をくぐる。五分くらいなら構わないかと、結局直斗も後に続いた。
いつものように、境内の片隅に腰を下ろす。
真冬という季節柄、他に人気もなく少し寒かったが、すぐ隣に柚が腰を下ろしたので寒さなどすぐに忘れてしまった。
「あのケーキ、すごく美味しそうだった。ありがとう」
「どういたしまして。どんなチョコにしようか迷ったんですけど、あれはあまり甘くないと説明書きにあったので、男の人でも大丈夫かなと…
少し大きいので、食べ切れなければ菜々子ちゃんや堂島さんにも分けてあげてください」
風味を損なう前に早く食べきった方がいいのだが、柚にと選んだ生チョコケーキはいかんせん大きかった。
幾ら甘さ控えめとは言っても、男性一人であれを食べきるのはかなり大変だと思う。
菜々子達が居るから大丈夫だろうと購入を決めたのだが……
「菜々子はいいけど、叔父さんにはあげられないな」
「やっぱり、堂島さんは甘いもの駄目ですか」
何となく、先入観でそんな気はしていた。
だが、柚は小さく頭を振った。
「まあ、それもあるけど。それより直斗から貰ったチョコを、たとえ身内でも他の男にやる理由が無いから」
「あ……えと……」
さり気なく口にされる柚の言葉に過剰に反応してしまって、真っ直ぐ顔が見られない。
まったく、此処に他の人の目が無くて何よりだ。今にも湯が沸きそうな程、上気したこの顔を人には見せられない。
「直斗、はいこれ」
「え?」
不意に声を掛けられて顔をあげると、目の前に品良くラッピングされた箱が差し出される。
「これは……?」
「俺から、直斗に。何年か前に、バレンタインに男から女の子にチョコを渡す逆チョコってのが流行っただろ」
「ああ、そう言えば…」
ホワイトデーには女性から男性へ、お約束の三倍返しなのかとか一時評判になった。
今でもやっている人はやっているのだろうが、言われ始めた頃のようにはアピールされていないから、たった数年前の事なのに何だか懐かしい気がする。
つまりはこれを手渡したいから、柚は無理矢理家を出て来たのだろう。
だとしたら自分がお使いに名乗り出たのも想定内で、尚且つ柚が後を追ってくるのも、辰姫神社に寄ったのも彼の計画通りだったという事だ。
やられたな、とは思ったが、自分を喜ばせる為の謀(はかりごと)なので目を瞑る。
「開けてもいいですか?」
「どうぞ」
柚に断り、ラッピングを解いていく。
出て来たのは細長い形をしたチョコレートだった。フィンガーチョコに似ているが、少し違う。
箱に印字されたロゴには『オランジェット』と書いてあった。
「オランジェット…ですか?」
「オレンジピールに、チョコレートがコーティングされてるんだよ。
見かけほど甘くなくて、ほろ苦い風味なんだ。前にお袋が取り寄せてたのを思い出して、注文してみた」
オレンジの皮を砂糖で煮詰めた物を乾燥させ、チョコレートをコーティングしてあるのだ。
全体をチョコでコーティングする店もあるそうなのだが、柚が選んだこの品は半分ほどしかチョコはコーティングされておらず、
その分甘過ぎず、柑橘系のほろ苦さが味わえるのだという。
「このチョコを思い出した時、直斗の事が頭に浮かんだんだ。多分、イメージだったんじゃないかな」
「オレンジピールチョコレートが、僕のイメージですか?」
ニヤリ、と柚が笑みを浮かべる。
二人きりの時に見せてくれる優しい笑顔ではなく、どちらかと言えば策士のソレだ。
「直斗は本当は甘くて優しいのに、なかなか素直にその本当を見せて貰えないから、俺はいつもほろ苦い思いをしてる」
「……!」
真っ赤になった直斗の口元に、柚が箱から取り上げた一欠片を寄せる。
少し躊躇った後、直斗は柚の手から直接その欠片を半分パクリと咥えた。
そして―――間髪置かずに、残った半分を柚が口に入れる。
「ほら、甘くてほろ苦い」
「〜〜〜〜〜〜神楽さんっ!!!」
微かに触れた柚の唇も、ほんのり甘くてほろ苦かった。
【END】
あとがき
一日遅れになりましたが、一応バレンタインネタSSをお届けします。
一応主直。主人公の出番少ないけどそれでも主直と言い切ってみる。もしくは直斗とりせの友情物でもいい(笑)
まさかバレンタイン当日〜翌日になってバレンタインチョコで検索かける羽目になるとは。
実質作業が二十四時間で上がったのが嘘みたいです。どんどん短期決戦型になってるなぁ(^_^;)
今月からパートに出ている関係で日々忙しく、実はバレンタイン当日まで何にも更新の準備はしてませんでした。
ところがP4つながりのお友達から『バレンタインネタでSS楽しみにしています(要約)』という、とってもタイムリーなメールを頂いて、急遽書いてみた次第。
これほどノープランで書き始めるのも珍しい。何せオチすら決めないまま、冒頭のお買い物シーン打ってましたからね(^_^;)
ただ主人公から直斗への逆チョコネタに決めた時点で、渡すチョコはオレンジピールチョコと決めてました。『オランジェット』と言うそうです。
実際に食べた事はないのですが、以前TVで紹介されていたのを見て、いずれネタに使いたいと思っていたのです。ほんのりほろ苦くて大人な風味なんだそうですよ。
参考にしたのはこんな感じ。紹介されていたお店の名前を記憶していなかったので検索して探してみたんですけど、一番近いと思ったのは『Powder』というお店で作られたもの…かな。
お店が公式サイトを持っていないのか上手くHITしないんですけど、『オレンジピールチョコ Powder』で検索すると、紹介しているブログとかで写真が見られます(汗)
直斗が主人公へ選んだのは、ビターの生チョコレートケーキ。参考にしたのは『Cafe Rico』さん。商品一覧→生ビターチョコレートで詳細が見れます。
主人公以外の人に選んだのは、『ロイズ』の生チョコ。此処はよく物産展などでも出ているので、見たことある人も多いかも。
私が以前お勤めしていた職場でも年に何度か仕入れていたんですが、飛ぶように売れていたのをよく憶えています。オーレもホワイトも美味しいですよ!(^_^)
りせが陽介に選んだのは、『フルタ』のチョコエッグ。製品のご案内→チョコエッグで詳細見れます。
クマ用に選んだ質より量というのは、チロルチョコを大量に買ったのです(笑)シンプルだけど種類が多くて美味しいですよね〜、チロルチョコ。
主人公用のハート型のフォンダンショコラはコチラを参考しました。友チョコは『ペニンシュラ』で。『ゴディバ』でも良かったんだけど、なんとなく。
2009.2.15
麻生 司