月見て跳ねるは…?


「よいしょっ……と。ふう、夏場は雑草も元気ねぇ。
 お盆に草引きしたばかりなのに、もうこんなに茂っちゃって」
「確かに春の彼岸よりは手間が多いな。その代わり落ち葉は少ないだろう」

 

操と蒼紫、そして暁――二人の養子だ――は、秋の彼岸に墓参りに来ていた。
葵屋からそう遠くない寺の墓地に般若達四人の頭蓋を葬ってからというもの、
春秋の彼岸と盆、そして暮れの墓参りは欠かした事が無い。

蒼紫が墓石を清めている間に、操は暁と一緒にしゃがみ込んで周囲の草抜きをしていた。
が、夏から秋にかけて、まだまだ雑草が繁茂する時機である。
盆に葵屋総出ですっかり綺麗にした筈の墓の周りは、もう青々と雑草がはびこっていた。
『盆ほど大変じゃないだろうから、あたしと蒼紫様だけでいいよ』と、翁たちの同行を断わったのが悔やまれる。

「前に抜く時に根を残さないようにとか、色々気を付けててもこの調子ですからね。ああ、それにしてもキリがないったら」

ぶつぶつ言いながら、プチプチと手元の草を抜いていく。
暁は養母の真似をしながら、同じように抜いた草を脇に積上げて小さな山を作っていた。

 

文句を言いながらも草引きの手を休めない操を見下ろし、蒼紫が微かに目を細める。

かつては妹のように慈しんだこの少女と、祝言を交わしたのはつい半年ほど前の事だ。
縁あって葵屋で引き取っていた暁をその際四乃森の養子に迎えたが、幸い操だけではなく、自分にもとてもよく懐いてくれている。
そして今、操の胎内には新たな命が宿っていた。

「操、具合が悪くなるといけない。あまり無理はするな」
「大丈夫ですよ。もう悪阻もほとんど治まったし、楽な体勢でやってますから」

ぽん、と緩く締めた帯の上から、操が軽く自分の腹を叩く。先日腹帯を巻いたので、少し腹が苦しそうに見えるのだ。
初産だからか元々細身だからか、実際にはまだそんなに腹は目立っていないのだが、
医者の見立ての通りなら年明けには生まれるらしい。
本人が覚悟していたよりもかなり悪阻で苦しんだので、ここ三ヶ月はほとんど外出も出来なかった。

病気ではないと判っていても、青い顔で苦しむ操の顔を見るのは忍びない。
ましてやそれが自分の子を宿したからだと判っているから、尚更である。
悪阻の苦痛を夫のせいだと責める妻はそう居ないだろうが、
悪阻も峠を越え操も以前の元気を取り戻しつつあるようで、蒼紫が安堵したのは事実だった。

 

「蒼紫様、帰りにそこの尾花を少し摘んで帰りましょうね」

操が指差した墓の脇には、尾花がユラユラと穂を揺らしている。

「ああ―――もう、そんな時機か」
「ええ。暁、明日はお月見しようね」

尾花の使い道に思い当たり、蒼紫が空を見上げた。
もう間もなく東の稜線から、望月が顔を出す。
今日、明日くらいまでは秋雨の心配もなさそうなので、見事な月夜になるだろう。

 

四人の墓に菊の花を供え、三人で手を合わせた後、蒼紫が一束の尾花を摘み取った。
帰り道に馴染みの店に寄って新しい団子粉を買う。明日暁や翁たちと一緒に団子を作るらしい。

「鑑賞の為に月を見るなど、随分と忘れていたな」
「去年も一昨年もその前も、ちゃんとやったんですよ。蒼紫様は禅寺に行かれていたり、葵屋に居なかったりでしたけど」
「―――そうか」
「そうですよ」

クスッと笑みを浮かべ、暁を抱いた方とは反対の蒼紫の腕に、操が軽く腕を絡める。

葵屋には常に誰かが居るので――しかも揃ってお祭好きだ――寂しい思いをした事はない。
独りぼっちで過ごした記憶など、操にはとんと無かった。
でも出来る事なら一番大切な人と、少しでも長く一緒に過ごしたい。それが本音である。

明晩は仲秋の名月だった。

 

 

「ほーら暁、お月様の中に兎が見えるでしょう?」
「うささんー?」

空には薄い雲が出ていたが、月を眺めるのには丁度良い風情だった。
昼間皆で作った団子と昨日摘んで来た尾花を飾り、縁側に並んで腰掛けた操と暁が月を指差す。
黄金色の月の中に餅をつく兎を見るには、まだ暁は幼過ぎる。
だが『月に兎』という話は、想像力を駆り立てて暁を喜ばせた。

ちなみに翁や白尉達は、家人が使う座敷の方で、今頃は月見酒と洒落込んでいる筈だ。
蒼紫も操も下戸で酒を飲まないし、小さな暁も居るので、『今年から一家水入らずで過ごせ』と気を利かせてくれたらしい。

「兎の代わりに、蟹に見立てたり女性の姿に見立てたりする国もあるそうだ」
「そうなんですか?」

蒼紫は歳の割に恐ろしく大量の書物を読破している。
それは兵法書であったり医学書であったりと、とにかく多岐に渡っていた。
そんな中、所謂雑学と呼ばれるような物も多く目にしたのだろう。月の兎に対する他国の伝承もその一端だ。

「うーん……でもずっと兎だと思っていたから、蟹や女の人って言われてもなぁ……」

暁と一緒になって、首を傾けたり目を細めてみる。
そんな養母の百面相が面白かったのか、暁が手を叩いて笑った。

 

 

「うーさぎ、うさぎ、何見て跳ねる……」
「うーさい、うさい、あにみてはーねーるぅ」

時々団子を頬張りながら、月見の夜に定番の歌を暁に教える。
舌足らずながら、暁も一生懸命操の後について歌っていた。
随分と気に入ったようなので、明日以降もしばらくは鼻歌で歌っていそうである。

「上手くなったな」

蒼紫に褒められ、大きな手で頭を撫でられた暁の顔に満面の笑みが浮かぶ。
養父の胡坐の上によじ登ると、そこでまた歌い始めた。

「うーさい、うさい、あにみてはーねーるー」
「十五夜お月さん、見て跳ぁねーるー……?」

 

不意に、暁と一緒に歌っていた操の音程がおかしな上がり方をした。

「どうした?」
「いや、今ちょっと……」

帯の上から腹に手をあて、操が怪訝そうな顔をする。
苦しいとか痛いとかではなさそうだが、何か違和感があるのだろうか。

暁は養母の異変に気付かず、蒼紫の膝の上で『うーさい…』と最初に戻って歌っている。

「夜風で具合が悪くなったのか?」
「ん〜〜〜何だろう……さっき、微かになんですけど……」

怪訝そうに顔を覗き込みながら腹に手を当てた蒼紫に、どう表現していいのか自分でも判らないまま操が応えた丁度その時―――

「じゅうごや、おーつきさん、みてはぁーねーる」

 

まるで暁の歌に合わせるように、ぽこん、と蒼紫の手に手応えがある。
いや、内側から操の腹が蹴られたのだ。

 

「うわわわわ…!やっぱり今、動きましたよね!?『ぽこん』って!!」
「ああ……これは、胎動―――だな」

腹を内側から蹴り上げられる感覚に操は戸惑ったが、胎動だと判ると落ち着きを取り戻した。
知識として判っていたものの、実際に動き始めるまで実感が無かったのである。

「急にお腹がゴロってなったような気がして……本当に、冷えたから具合が悪くなったんじゃないかと思ったんですよ」

暁の歌に合わせたように動いたのは偶然だろうが、今も腹に手を当てると、時折元気に腹を蹴っている。

「あははは……急に元気になっちゃって。お兄ちゃんの歌に、つい仲間に入りたくなっちゃったのかな」
「だとすると、跳ねたのは兎ではなく、弟か妹だったという訳だな」

 

当の暁は、操に頭を撫でられて『んー?』と首を傾げただけだった。
まさか自分の歌に、いずれ生まれてくる弟妹が仲間入りしたとは思いもよらないに違いない。

「でもすっごく元気ですよね。この元気はやっぱり男の子かな?」
「お前の子だぞ?生まれてみるまで判らん。だが元気で生まれて来るのなら、男でも女でも構わない」

蒼紫の手が、慈しむように操の腹に触れた。

 

数ヶ月後に生まれるのが男と女の双生児であると、この時の蒼紫達には知る由も無い。
だが人の子の親となった彼等の眼差しは、穏やかさの中に誇りと喜びが満ちていた。

                                                               【終】


あとがき

タイムリーだったので、急遽仕上げた十五夜ネタ……作業時間数時間。仕上がったその日が、まさに仲秋の名月でした。
胎動ネタは前に書いた事があったんですが、他ジャンルだったので敢えて再チャレンジ。
『十五夜お月さん〜♪』の歌に合わせて、ポコンと腹が蹴られるっていうのをやってみたかったんです(笑)
ところで↑の歌、正式名称はなんと言うんでしょう?(笑)二番はあるのかしら(^_^;)
ちなみに『尾花』とは『ススキ』の事です。『遥かなる時空の中で2』をやった人なら判ったかな?

基本的に自分が理想とする親の姿というものに変化はないので、
親としての蒼紫や操の考え方は他のジャンルの親たちと被っています。
生まれてくる性別は関係なく、ただ元気に生まれてくれさえすればそれでいいと。
命を生み出すというのはとても素晴らしい事です。そして、女性にとっては時に命を賭けなくてはいけない程とても大変な事です。
少しでも心臓に疾患のある女性が出産すると命に関わるというのが、その一番の例ではないでしょうか。
胎内で一人の人間を育み、そして産み出す。現代ですら出産の際に亡くなる方は、決して少なくはありません。
母の知人で出産直後に大出血して亡くなった方がいますし、私自身の友人も産後の肥立ちが悪く、若くして亡くなりました。
今もお葬式の時に彼女のお母さんが、生まれたばかりの孫を抱いて泣き叫んでいた姿を忘れる事が出来ません。

どうか今自分が生きているという事に感謝して下さい。
そしていつか自分が親になる時に、命を生み出すという事がどういう事なのか真剣に考えてみてください。
人は一人で生きている訳ではありません。親や配偶者、兄弟、友人などに支えられて生きています。
物事を後ろ向きに捉えず、例え辛い事があったのだとしても、
それはこれから良い方向に向かう為のステップだと考えて前向きに生きて欲しい。
世の中は楽しい事ばかりじゃない。でも辛い事ばかりでもない事を、どうか忘れないでください。

                                                 麻生 司

※背景素材 『月世界への招待』よりお借りしました。

 

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