奇蹟の風が吹く日まで


「ちょっとどういう事よ、お兄ちゃん!!」

静かな部屋に元気な声が響く。
セティは片付けをしていた手を止めると、肩を精一杯怒らせて、眉を吊り上げている妹に向き直った。

「落ち着きなさい、フィー。そんなに大声を出さなくても、ちゃんと聞こえているから」
「だからっ!何でそんなに落ち着いてるのよっ!?」

その落ち着き払った態度が余計に癇に触ったのか、フィーは意外に上背のある兄にずいっと詰め寄った。

 

話は少し前に遡る。
世界の命運を決する聖戦は、セリスを初め聖戦士の末裔達の手により、実に二十数年ぶりに終焉を見た。
主だった者達は、それぞれ縁のある地を自らの第二の故郷と定め、その地の再興に尽力する事になった。

それぞれの決意を、バーハラの王家に是非にと迎えられたセリスの前で皆が順に述べていたその時。
それは起こった。

『私は、フリージ家を継ぎたいと思います』

ティニーのその言葉に、どよめいたのは周囲の方だった。
静かに沈黙を保ったのは、ただ二人―――当のティニー本人と、セティだけである。

二人は黙って頭を垂れたままセリスの言葉を待つ。
ただセティは僅かにフィーの方を見ると、小さく頷いた。
と言う事は、兄は知っていたのだろう。恋人が、選んだ道を。

 

「びっくりしたわよ。ティニーはてっきりお兄ちゃんと一緒に、シレジアに帰ると思っていたから」
「それで直談判かい?参ったな」
「事情を聞きたいだけよ。私も慌ててこっちにすっ飛んで来たけど、アーサーも今頃ティニーの所なんじゃないかしらね」

フィーが苦笑する。
そして『一体どういう事だ!?』と、先程のフィーと同じような事を言っているのだろう。
アーサーはとても妹のティニーを可愛がっていたから、フィー以上の勢いで問い詰めているかもしれない。

「何も…特に話す事はないよ。ティニーがフリージ家を継ぎたいと望んだ。僕はその決意を彼女から聞かされたが、止めなかった…それだけだ」


ティニーは最後まで、自分と共にシレジアに行くか、母の生家であるフリージ家を継ぐか迷っていた。
そして最終的には、母の生家を継ぐ決心をした。
いち早く父の生家を継ぐ意思を明らかにしていた兄のアーサーの影響も、少しはあったろう。
考えて、考え抜いた末の決断だった。だからこそ、セティは彼女の決断を、黙って受け容れたのだ―――


「これはティニーが自分で考え、選ばなくてはならない道だった。そして彼女は、自分で生きる道を選んだ。
 その道を共に歩む事は出来なくても、彼女の意思を大事にしたい……だから、止めなかった」
「……お人好し」

溜息をついて、フィーは首を振った。

どうせそんな事だろうと、察しはついていたのだ。
あの謁見の席で何も言わなかったと言う事は、既にティニーとは話し合った結果だと言う事。
一本しかないハズレくじを真っ先に引当ててくる兄の事だから、全て判っていても『彼女が選んだ道ならば』と、受け容れたに違いないと。

そして、全くその通りだった。


「お兄ちゃん、私はティニーの事は大好きよ。
 私だって彼女の意思は尊重したいし、おかあさんの生家を継いで再興させたいっていう志は立派だと思うわ。
 でもね、それでも私は、ティニーはお兄ちゃんのお嫁さんになるのが彼女の幸せなんだって信じてる。
 好きな人の傍で生きるのが、幸せなんだって信じてる」

フィーは一度言葉を切った。

「ティニー、本当はお兄ちゃんに『一緒に来てくれ』って……言って欲しかったんじゃないかしら」


もしもセティに全てを打ち明けたのが、自分を引き止めてくれるかどうかの賭けだったのだとしたら―――
兄は誤った選択をしたのかもしれない。
唇を噛んで俯いてしまったフィーの肩に、セティは軽く手を置いた。

「……フィー、お前は考え違いをしているよ」
「……え?」

セティは小さく肩を竦めると、苦笑いを浮かべた。

「僕はティニーの決断を受け容れた。だがそれは、彼女の事を諦めた訳じゃない。
 ましてシレジアの再興と、フリージの復興を棚上げにする気もない」
「…え…じゃあ……?」
「実はセリス様には、昨晩のうちに僕から話は通しておいた。

 ティニーがフリージ家の復興を申し出るけれど、お互いによく話し合った結果だから、驚かずに受け容れて欲しい、と―――」


セティの申し出に、勿論セリスは目を丸くした。
他の仲間同様、彼もまた、ティニーはシレジアに行くと思っていたから―――だが、彼らの選んだ道は違った。


「僕達は互いの国と領地の復興に全力を尽くす。その為には一時の別離も受け容れよう。
 だが復興が成った暁には、彼女をシレジアの王妃として迎えたい、とね」

フィーにとっても、兄のその言葉は青天の霹靂だった。セリスもそうだったろう。

国と領地の復興の為に、二人は敢えて別離の道を選んだ。だがそれは、何も一生涯貫かなければならない道ではない。
復興が叶えばフリージの領地をバーハラの直轄地といしてセリス王に預け、ティニーを花嫁にすると兄は公言してきたのであった。


「そっか…そうだったんだ…あはは、良かった。お兄ちゃん、ちゃんとそこまで考えてたんだ……」

フィーの目尻に、ほっとしたのか思わず涙が浮かぶ。
兄とティニーの行く末を思い悩み、はらはらと気を揉んでいたのが、一気に氷解した事で気が緩んでしまった。

「安心したか?」

ポン、とセティが妹の頭に大きな手を乗せる。

「うん。ごめんね、もう少しよく考えれば良かった」

今となっては、大騒ぎしていた自分こそ気恥ずかしい。
ティニーの所に行ったアーサーも、今頃は妹の無敵の笑顔に負けている事だろう。

「いいさ。お前やアーサーが、それだけ僕達の事を心配してくれているって事なんだから」


いつか必ず迎えに行くとは約束した。
勿論、口先だけの約束ではなく、セティは真剣そのものである。
だがセリスにまで話をつけている事は、さしものティニーも知らないらしい。


「近い将来、僕は必ずティニーを迎えに行く。必ずだ。
 彼女に通じる全ての街道が雪と氷に閉ざされていたとしても、僕は二度も待つ気はない。
 その時には、お前達の力を借りるかもしれない……よろしく頼むよ」
「言い出したら聞かない辺りはやっぱり親子…いや、兄妹、かな?」

兄と顔を見合わせ、笑みが零れる。
もう、父の事を話題に乗せても胸は痛まない。


少し寂しいのは本当だが、父は風のような人だった。
間違いなく、自分と兄の命の親だが、一つ所に留まって生きるという運命に無かった人だったのだろう。
今ならば、その事が少しだけ判る。

何故母が、父が旅立つのを止めなかったのか。
兄が、その父を捜しに行くと家を出た時も、ただ母は微笑んでいた。
自分の夫となった人の命の器を、その命を継いだ息子の歩む道を、もしかしたら母は見ていたのかもしれない。
時が彼らの存在を欲していたのだとすれば、止める事こそ、愚かと言う事だったのだろうか。

父は再び自分達の前から姿を消した。
そして、もう二度と逢う事は無いだろうと言う確信がある。
役目を終えた父の魂は、母の元へと還ったと信じている。

二人は風に還ったのだ……


「勿論、協力するわよ。ええ、私達に出来る事ならなんでもするわ。
 その代わりあんまりティニーを待たせたら、私達が無理矢理にでも領地を返上させて、シレジアにお嫁に行かせちゃうわよ」

にやっ、とフィーが笑う。
妹のこういう表情が昔の父に似ていると、セティはふと思った。

「約束した以上、やっぱり僕から迎えに行きたいよ。努力する」


各国の復興には、最短でも数年はかかるとされている。
だが、この兄とティニーならば、あるいは―――


「頑張って。ヴェルトマーで、私達も応援してるわ」
「ああ」

奇蹟の風の守護を受けた二人の事を、信じてみようと、フィーは思った―――

                                                                    【FIN】


あとがき

FEオンリーサークルに参加していた頃に仲良くなりました、稀月れんちゃんの本にゲスト参加させて頂いた時の小説をUP。
ほとんど手は入れてません。しかしこの辺の話、手を変え品を変え、本当によく書いてるよな私(笑)

セティとティニーの事に関しては、本人同士は納得の上。驚いたのは周囲の方だったと思うんですよ。
特にアーサーとフィーは面食らったと思うんです。んで、自分の兄と妹を、それぞれ問い詰めに行ったと。結果はご覧の通りですが。
これは聖戦終了後、各地に皆が帰って行く少し前のお話です。セリスへの謁見の後。
ゲームでは雪崩れ込むようにしてそのまま皆さん帰って行かれてますが(笑)
一応謁見後数日のブランクがあって、準備が出来た人から順に帰途についたと考えてます。

セティとティニーのその後については、『雪降る国からの贈り物』(GIFT&PRESENTにUP済)を経て、『長い夜を越えて』に続きます。
アーサーとフィーについてもお話がありますので、それはまた後日UPして行きたいと思ってます。

                                                              麻生 司




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