内緒の話は…
ここ数日、何やら夫でありヴェルトマー公爵でもあるアーサーの様子がおかしい。
何がどうと言う訳ではないのだが、一言で言えば『挙動不審』なのである。
今も食事をしながら何処か上の空の夫の素振りに気付かないフリをしながら、フィーは横目でしっかり様子を探っていた。
例えば予定に入って無い周辺の村の視察に突然出てみたり、城に届けられる手紙を首を長くして待っていたりする。
今までフィーに任せていた手紙の仕分けを、まず自分の手で行いたがるのだ。
視察はともかくとして、アーサーが首を伸ばして待つ手紙など、そう多くは無い筈である。
バーハラから届くセリス王からの書簡は主に公務絡みだし、妹のティニーは義姉となったフィー宛てに手紙を書いてくる。
かつての戦友との便りは時折行き来しているものの、
新しい手紙が届けられる度にすっ飛んで行って確認しなければならない程のものかと言えば、そんな事はないだろうというのが結論で。
不自然なアーサーの行動に、首を捻らざるを得ないフィーなのだった。
「それでね。もしかして城の外に、誰か他の女の人でも出来たのかと思ったのよ」
「城の外に、フィー以外の女性を兄様が?」
ティーカップを手にしたまま、ティニーが一瞬きょとんとした顔をする。
そして手にしていたお茶のカップを丁寧にテーブルの上の受け皿に戻した後で、彼女にしては珍しく腹を抱えて笑い出した。
しかも近来稀に見る、大爆笑である。
ここまで笑うティニーを見たのは、出逢った当初から親しかったフィーも初めてだった。
「あはははははは……!それは在り得ないわ、フィー」
「……そんなに思いっきり笑わなくても……でもまあ、あたしもそう思ったから、冗談として口に出来るんだけどね」
そう言いながら、フィーは軽く肩を竦めてみせた。
目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、『そうでしょう?』とティニーも頷く。
「そうよ。あの兄様がフィー以外の女性を城の外に囲うなんて真似、出来る筈ないもの。
私はフィーと違って、小さな頃から兄様とずっと一緒に育った訳ではないけれど、兄様がそんな事出来ないのは判るわ」
兄のアーサーは、世が世なら生まれついて二公爵家の爵位継承の資格を持つ、生粋の魔道士である。
そのまま公爵家の後継ぎとして成長していれば、それこそ結婚相手は選り取りみどりの引く手数多だった筈なのだが、
運命は、兄に非常に純朴な生き方を投げ与えた。
母の手により幼い頃にシレジアの修道院に預けられたアーサーは、そこでシスターの手により育てられた。
修道院の仕事を手伝いながら、シスターから字や歴史などを学ぶ毎日。
日々の三度の食事が与えられる事に素直な喜びを感じ、今日も健康に過ごせる事に感謝する。
そんな生活を十数年送った兄は、とても朴訥で純粋な性質に成長した。
一生を共に生きると誓いを立て、妻となったフィーが居るのに、他に女性を作るなど在り得ない。
「でも、だとしたら一体何なの?
嬉しそうに頻繁に村の視察に出るわ、届く手紙は片っ端から自分でチェックして、あたしの目には入れないわ。
確かに些細な事ばかりだけど……アーサーってば隠し事に向いてないのよ」
つまり、『何か隠してます』という素振りが見え見えなのだ。
せめてバレないくらい上手く隠し通すか、バレそうでももう少し上手く立ち回ってくれれば、気付かないフリをしてあげられるのだが。
「それで、『何か』を内緒にされてるのに腹を立てて、フリージまで飛び出してきちゃったのね」
「あら、可愛い義妹の顔を見に来ただけよ、あたしは」
「無理しちゃって」
ツン、と微かに眉の角度を上げたフィーを見て、ティニーが苦笑する。
兄の様子は確かに少し不審な点があるが、だからと言ってそれが兄の不実を示す物とは限らない。
フィーもそれは判っているのだが、要は『夫が自分に何か隠している』事にヘソを曲げているのだ。
「まあ、ここならヴェルトマーともそんなに離れていないし、マーニャならそれこそ半刻(1時間)ほどの距離だし。
気が済むまでゆっくりして行って。私も話し相手が居てくれた方が嬉しいわ」
「そうさせて。しばらくこっちに滞在させて貰うつもりだから」
ふう、と溜息のような息を漏らした義姉の横顔を眺めやりながら、ティニーは後でこっそり兄に手紙で詳細を尋ねようと考えていた。
翌日、午前のお茶の時間の少し前。
「ティニー様、ヴェルトマー公爵様よりお手紙が届いております」
「兄様から?」
フィーが城の書庫に席を外している間に、老執事が若い女主人に朝一番で届けられた一通の手紙を差し出した。
表にはティニーの名が記され、裏を返すと見覚えのある封蝋が目に入る。
それは間違いなく、兄が爵位を継いだヴェルトマー公爵家の紋章であった。
「まだ手紙はお出ししてないのに……と言う事は、これはフィーが飛び出して来たすぐに後に、兄様が書かれた手紙ね」
フィーが居ない間に手渡してくれた心得た老執事に礼を言って、彼女が戻ってくる前にと、急いで封を切り中に目を通す。
急いで書いたらしく、字は普段の手紙や書類に書かれるものよりも乱れていたが、書いてある事は至極簡潔だった。
「兄様ったら……確かに、これではフィーに相談出来ない訳だわ」
ティニーが手紙に目を落としたまま、くすりと笑う。
そして、しばしおとがいに手を当てて考え込むと、ティニーは執務室に行き、急いで短い手紙を書いた。
もう一度老執事を呼ぶと『すぐにこの手紙を兄様の所へ』と、書いたばかりの手紙を言付ける。
「多分、日暮れ時にちょっとドタバタすると思うけど、皆気にしないでね」
「ドタバタ……ですか?」
訝しげな顔をする老執事の前で、ティニーは『上手く行くといいのだけれど』と呟いた。
夕刻。
シレジアを臨む西の稜線を夕陽が茜色に染める頃、ヴェルトマーから急ぎの使者がやって来た。
「フィー様!ヴェルトマー城から急ぎのお手紙が!!」
「ヴェルトマー?アーサーから?」
もはや顔馴染みのフリージ家の老執事が急いで持って来た手紙を受け取り、フィーが眉を寄せる。
フィーの名を記した筆跡に見覚えが無かったからだ。
「変ね……アーサーの字じゃないわ」
「本当……兄様じゃなきゃ、一体誰から?」
横から覗き込んだティニーと顔を見合わせると、フィーはヴェルトマー家の紋章が押された封蝋を切った。
さっと中の手紙に目を通した彼女の顔色がみるみる青くなる。
「……大変だわ……アーサーが視察中に、崩れた材木から子供を庇おうとして怪我をしたって……」
「えっ!?それで……怪我の具合は!?」
「命に別状はないみたい……でも腕と足を怪我して、今は事故のあった村の修道院で休んでいるそうよ」
くしゃり、とフィーが手の中の手紙を握り締めた。
「―――私、これからすぐに戻るわ。マーニャなら……完全に陽が落ちるまでにヴェルトマーに戻れる」
「じゃあ、私は馬車で後を追いかけるわ。着くのは、多分夜中になるけれど」
「夜に馬車を急いで走らせると危険よ。命に別状は無いのだから、貴女は明日、夜が明けてからいらっしゃい」
「でも……」
「大丈夫だから」
まだ心配そうなティニーの肩に手を置き、フィーが諭すように語りかける。
「アーサーにはあたしが付いてる。だから……大丈夫よ」
その眼差しは、親友から義姉の顔になっていた。
「フィー様、こちらです!!」
天馬であるマーニャが下り易いよう、地上では暮れかけた村の広場に予め松明が焚かれていた。
着地したマーニャからヒラリと飛び降りると、フィーが松明を片手に傍に駆け寄った少年に修道院の場所を尋ねる。
「それで、アーサーの具合は?」
「それほど酷くはありません。意識もはっきりしてらっしゃいますし、出血もすぐに止まりましたから」
「そう、良かった」
本当に、怪我そのものは大した事なさそうでホッとした。
恐らくアーサーが怪我をしたと言う事実は城に伝わったものの、どの程度の怪我かまで確かめぬうちに、
取りあえず『命に別状無し』と言う情報だけが先行したのだろう。
フィーの所に来た手紙は、城の留守を預かっていた執事が取り急いで書いたものに違いない。
案内された修道院は、村の外れに在った。
身軽な平服―――自ら天馬を駆って戻ったのだから無理も無いのだが―――で突然現れた公爵夫人に、
集まっていた数人の村人が驚いて腰を浮かせる。
アーサーだけではなく、実はフィー自身も頻繁に領地内の視察に出る機会が多かった為、顔は割れているのだ。
「気にしないで、そのままラクにしてて……アーサーは何処?」
「公爵様なら奥の部屋で寝んでますだ」
「ありがとう」
指差された通りに奥に進むと、小さな扉が幾つか並んだ廊下に行き当たった。
表のざわめきが聞こえたのか、その一つが内から開き、年配のシスターが顔を覗かせる。
フィーの姿を見たシスターは、『どうぞ中へ』と手を差し伸べ、彼女を部屋の中へと招き入れた。
アーサーは部屋のベッドに半身を起こして腰掛けていた。
だが額には伴創膏、右腕は肩から布で吊るされていて、掛け布で見えないが足も怪我している筈である。
青い顔をして部屋に入って来たフィーを見て、アーサーの方が驚いたような顔をした。
「フィー、何時フリージから戻ったんだ?」
「城から連絡を受けて、つい今さっき。アーサー……怪我の具合は?」
「額の傷は、血は出たけど傷自体は大した事無い。
右腕と右足は、ちょっと崩れた材木で強く打っちゃって……右足は打撲で済んだけど、右腕は……骨をやられた」
「折れたの?」
「多分」
伊達に身体一つで戦場を走り回っていた訳ではない。それこそ死にそうな怪我をした事だって何度もある。
だからこそ、骨折したとは言えそれが命に関わるようなものではないと経験から判っていたので、意外にアーサーはケロリとしていた。
今は回復魔法の杖を持ち合わせて居ないからどうしようもないが、城に戻ればフィーがリライブの杖で痛みを和らげる事は出来る。
傷付いた身体自身が傷を癒そうとする力を妨げないように、
戦場とか瀕死の場合を除いて、あまり日常生活で治癒魔法は行使しない事が通例になっている。
しかし鎮痛も含めて、折れた骨が正常に癒着するくらいの回復魔法はかけてもバチは当たらないだろう。
それ以後の完全回復には、安静を守って自然治癒に務めればいい。
「城に戻れば、リライブの杖がある。むやみに魔法を使うと、元から備わった回復力を損なうから完全には治してあげられないけど、
痛みを感じないくらいにまで治癒させる事は出来るから」
フィーの言葉に『うん』と頷いたアーサーの、妹とは微妙に色合いの違う紫水晶の瞳が不意に俯いた。
「……フィー、ごめんよ。大した怪我じゃないのに心配掛けて」
「……何言ってるのよ、当たり前でしょ」
今のアーサーの様子は、まるで悪戯が過ぎて叱られた子犬のようだった。
きゅーん……と耳と尻尾が垂れ下がってしまっているのが目に見えるようである。
だが元々ヘソを曲げてヴェルトマーを飛び出したのはフィーの方なのだから、別にアーサーがしょげる必要はない―――筈だ。
「その……ティニーに手紙で叱られた。『何でフィーに隠し事するのか』って」
「あの子……そっか。結局ティニー、貴方の所に手紙寄越したのね」
こくん、とアーサーが頷く。
「ごめん。隠し事をする気は……なかったんだ。ただ、フィーには内緒にしておきたくて……」
「……もしもし?隠し事と内緒は、どう違うのかしら」
思わず失笑しかけたフィーに、真剣な顔でアーサーは『全然違う』と言い返した。
「隠し事は、悪意があってするものだ。内緒は……相手の為の、悪意に基づかない秘密―――だと、思ってる」
自分でも、詭弁めいてるとは思ったのだろう。
利き腕が使えないから、左手の指を長く伸ばした銀色の髪に入れて、後ろ頭を決まり悪そうに掻いた。
「なら、『あたしの為』の『秘密』が何かあった訳だ」
うっ、とアーサーが呻く。別に傷に障った訳ではなく、図星を突かれたらしい―――見え見えだったが。
だがその時、部屋の扉がコンコンと遠慮がちにノックされた。
シスターが二人に断わって扉を開けると、先ほど集まっていた村人たちが、押し合いへし合いしながら廊下からこちらの様子を伺っていた。
「あのう……もしかして公爵様が、最近奥方様に何か内緒にしてた事で怒っていらっしゃるんだか?」
「……怒ってる訳じゃないわ。ただ、『何か』を秘密にされてるのが気が悪かっただけよ」
今度はこっちが図星を指されて、思わず呻きたくなる。しかも領民が頭をずらりと並べて、何やら訴えるような目でこちらを見ているのだ。
大人気ないとでも何とでも言ってくれという気分だった。
「なら、どうか機嫌を直して下せぇ。公爵様は……奥方様の誕生日のお祝いを、我々と一緒にしたいと仰って下さっていただけですだ」
「…………は、あたしの誕生日?」
振り返ったアーサーは、照れ臭いのか明後日の方向を眺めていた。
「アーサー様はよくこの村を視察に来て、公爵としてのお仕事をする傍らでよくご自分の事もお話ししてくださって。
そんな中で、もうすぐ奥方様の誕生日が近いと言う話が出たんですだ」
アーサーが休んでいた部屋では全員が入りきらなかったので、広さのある聖堂の方に移動した。
片腕を吊った格好で、アーサーもフィーの隣に腰を下ろす。
腕以外の怪我は大した事無かったので、動く事は可能なのだ。
村人達の話を要約すると。
ヴェルトマー公爵であるアーサーも、その夫人であるフィーも、幸い領民には好意的に認められていた。
先のヴェルトマー公爵であったアルヴィスもそうだが、領民に寛大で頼もしい領主と言うのは、それだけで支持されるものである。
アーサーは先の領主であったアルヴィス卿の異母弟の息子と言う関係で爵位を継いだが、
はっきり言ってそんな細かい事情は領民には全く関係が無い。
問題は新しい領主が、自分達が生きて行く上で良い領主であるかどうか。ただそれだけなのである。
その点では、アーサーもフィーも大変優秀な領主とその夫人で、十分に合格だったと言える。
新しい領主は歳は若いが、その分気さくで話も判るし機転も利く。
聖戦士の末裔として聖戦を戦った歳若いこの領主は、バーハラのセリス王にも顔が利いた。
ちょっとした世間話にもいつの間にか混ざって、すっかり打ち解けてしまう砕けた性格の領主様は、実際すぐに領民に馴染んだ。
そんな折に、領主の奥方――フィーの事だが――が近々誕生日だと聞いて、それなら皆でお祝いをしよう……と言う事になったのだった。
「少し前に、小さな子供達がアーサー様とフィー様を主役にしたお芝居を作りましてな。
それを公爵様にお見せしたら、とてもお喜びになって……
是非奥方様にもお見せしたいから、誕生日の祝いの席で演じてくれないかと言う事になって」
アーサーが頻繁に視察に出ていたのは、フィーの誕生日の祝いをこの村で行う為の準備だった。
城に届く手紙を自分でチェックしていたのも、村人から届く準備の経過報告を、フィーに見られない為である。
「……そりゃ、あたしの誕生日を祝う為にこっそり準備してたんだったら……当人には相談出来ないわよねぇ」
理由を聞かされてみれば、拍子抜けする程呆気ないもので。
自覚はしていたものの、我ながらつまらない事でヘソを曲げていたものだと自分に呆れた。
「こっそり準備して、フィーを驚かせたかったんだ。でも……上手い方法じゃなかったな。本当にごめんよ」
「ううん、あたしこそゴメン―――あたしってば、アーサーが外に他に好きな女の人が出来たんじゃないかって……それで、妬いてたのよ」
「僕に?他に好きな女の人??」
自分を指差し、アーサーがきょとんとする。
集まった村人も互いの顔を見合わせ―――一瞬後には、修道院には弾けるような笑いが満ちた。
「あっはははははははは!!そりゃねぇだ!!公爵様に限って、フィー様以外の女の人を囲うなんて真似、出来っこありませんて!!」
「……それ、ティニーにも言われたわ」
村人達の爆笑の渦の中、憮然とした表情でフィーがつん、とそっぽを向いた。
勿論フィーとて、本当にアーサーに不義を働かれていたとは思っていない。
万が一彼がそんな事をするような男であれば、そもそもヴェルトマーに嫁いだりしなかった。
今頃故郷のシレジアで、兄の片腕として政務次官でもやっていただろう。
「あはは……それで怒ってフリージに行って、ティニーが心配して手紙を寄越したんだ」
「まあ、そう言うことよ」
フィーにしてみれば、バツが悪い事この上ない。
誰も深刻に考え込まず、いっそ豪快に笑い飛ばされた事がまだしも救いだった。
そんな彼女の肩を、アーサーの左腕がそっと抱く。
「僕には、フィーしか居ないんだから」
「……知ってるわ。だから、貴方の妻になったんだもの」
そう応えて、フィーは夫の頬にキスを落とした。
「ええっ!!兄様の怪我って、本当だったんですか!?」
「実はそうなんだ」
翌日、約束していた通りフリージからヴェルトマー城を訪ねたティニーは、片腕を吊った兄の怪我を見て仰天した。
苦笑いして、アーサーが吊るした右腕を左手で撫でる。
昨夜遅く城に戻ってから、フィーに治癒魔法をかけてもらったのでもう痛みはない。
後は折れた骨が完全に繋がるまでの間、無理をしないだけである。
「私、てっきりお芝居だとばかり……」
「芝居?」
蒼褪めて頬に手を当てたティニーに、フィーが訝しげな表情を浮かべた。
「ええ。実は昨日、朝一番に兄様からの手紙が届いていたの。
そこには、フィーにどうして隠し事をしていたのか理由も書かれてあったんだけど……」
「隠し事じゃない。内緒の話」
子供のように言い直す兄に、ティニーが苦笑を見せる。
「その内緒の理由が、フィーのお誕生日を祝う準備の為でしょう?何とかフィーの機嫌を直してをヴェルトマーに帰せないかと……」
折り返し兄に宛てた手紙に、『嘘でもいいから怪我をしたと書いて来い』と記して、急ぎ返事を返したのだ。
フィーとて、本当に夫が不義を働いているとは思っていない。
ただ自分に隠し事―――アーサー曰く『内緒の話』を作られて思わず飛び出して来てしまったが、
きっかけが無くて帰るに帰れないだけだったのだ。
ならば少々乱暴な方法だが、その夫が怪我をしたと連絡を受ければ……
とにもかくにも、彼女はヴェルトマーに戻るだろうと、そういう『段取り』の筈だったのである。
ところが。
「お芝居を演る舞台を作ってる現場を見に行ってた時に、建て掛けてあった材木の縄が切れてね。
子供が下敷きになりそうだったのを庇ったら、うっかり右腕と右足やっちゃったんだ……ティニーの手紙を読んだのは、その後だよ」
「……つまり、ティニーはアーサーに怪我したフリをして貰いたかっただけなのに、その前に貴方が本当に怪我をしちゃってたのね」
フィーの言葉に、アーサーとティニーは顔を見合わせて頷いた。
「どうもそうらしい。額の傷が怪我のわりに出血が多くて、それで城の方に連絡が先に行っちゃったんだね」
「でも、怪我が大した事無くて本当に良かった」
ホッと息をついたティニーの横で、フィーがこめかみに手を当てる。
「今の今まで、頼まれもしないのにハズレくじを一番最初に引き当ててくるのはウチのお兄ちゃんだけかと思ってたけど、
ひょっとしたらアーサーはそれ以上かもしれないわ……」
天然の力、恐るべし。
偶然に多分に味方された形ではあったが、とにもかくにもティニーが計画した当初の予定通り元の鞘に収まったのだから、
結果オーライと言うべきなのか。
これはあたしがしっかり面倒見ないと、心配で放っておけないわ―――
と、心の中でひっそりと決意を新たにして。
それ以後もヴェルトマーの領内では、仲良く連れ添う公爵夫妻の姿が見受けられたという。
実際の誕生日よりは少し遅れてしまったが、アーサーの怪我がすっかり良くなった頃、約束通り村の子供達による芝居が披露された。
その席には公爵夫妻の妹であるティニーもフリージから招待され、村人も交えたささやかな宴は、とても和やかに行われたと言う。
【FIN】
あとがき
アーサー不倫疑惑の巻でした(笑)オチはご覧の通りで、ティニーや村人’sが爆笑したように、アーサーはフィー一筋!
領民の前であれだけ惚気ていたら、どんなに鈍い人達でも『この二人に不倫なんぞ在り得ない』と確信を深めた事でしょう。
ウチのアーサーは天然です(笑)良い意味で、とても素直で純朴。
町の修道院で育ってますから、感性とか考え方はまるきり庶民です。
そう言う点では、母親の手である程度育てられたセティ、フィー、冷遇されていたとは言え公爵家の中で育ったティニーの方が、
王族教育、貴族教育を受けています。
領主としての心構えとか知識とかは、実地でどーーんとぶつかってみる事で、対処療法的に日々学んでいるアーサー。
天然とは言え、それで立派に領主を務めているのですから、非常に優れた資質を備えていたんでしょうね(^_^)
麻生 司