私の瞳に 貴方を映して

そして気付いて 一人ではない事を

私は貴方を映す鏡

孤独な道を 共に歩む者

貴方の内(なか)の

悲しみも不安も憤りも                           

全て受け容れて ただ微笑を                      

どうぞ私の存在が                            

貴方の魂の憩いであるように                    

                                       

私の中に 貴方探して 

そして見付けて 自分の信じた未来(あした)を 

私は貴方を映す鏡   

遥かな道を 共に歩む者  

貴方の内(なか)の                                 

夢も希望も憧れも


全て受け容れて そして微笑を


どうぞ私の存在が


貴方の魂の憩いであるように






OASIS




 


「お義姉様、陛下をお捜しですか?」

セリスの使う執務室の扉を閉めた所に通りかかったユリアが、ラナの背に声をかけた。
長く伸ばしたユリアの銀の髪が、太陽の光を透かして淡く輝いて見える。

「ええ、さっきから捜しているのだけど見付からなくて。どこかでお見かけしなかった?」
「先程、城外に出て行かれるのをお見かけしましたけど」

ユリアはよく楼閣で時間を過ごす。
その視線の先にあるのは、バーハラよりも南方に広がるドズル公爵家の領地である。
彼女が将来を誓ったスカサハが、公爵家を継いだ地であった。

「南の丘の方?」
「はい、多分そうだと思います」

少し考えて、返事をする。
南の方を見ていて姿を見かけたのだから、間違いないだろう。

「ありがとう、ユリア」

ユリアに礼を言うと、ラナは彼女と別れてゆっくりと階段を歩いて降りて行った。

 

 

城門まで出ると、番兵に断って表へ出る。
番兵も心得ていて、『お気をつけて』と言われたのみだった。

南の丘はバーハラの王城を出てすぐ、歩いて数分で登れる緩やかな丘陵地である。
城門外とは言え王家の所有地内なので、見回りの衛兵が時折遠くを巡回する以外には、ほとんど人影もない。
ラナはその丘の上に、目指す後姿をようやく見付けた。

「セリス様、やっぱりこちらにいらしたんですね」
「ああ、ラナか」

セリスが振り返り、丘にラナの姿を見付けると、微笑を浮かべて彼女を隣に手招きした。

「どうして僕がここに居るって?」
「ユリアが教えてくれました。でも楼閣にも執務室にも、稽古場にもいらっしゃらないから、きっとここだと思いましたけど」

ラナには隠し事が出来ないなぁと、セリスが後ろ頭を掻く。
その指先が少し寂しそうだった。

「髪……切ってしまわれた時は驚きましたけど、見慣れてくるものですね」

 

セリスは即位式の前夜、突然背の中程まであった髪を切ってしまった。
知っていたのはラナ一人。即位式の当日、セリスの姿を目の当たりにしたかつての朋友達は皆、一様に驚愕した。

「僕はけじめと言うか…自分の中の一つの区切りのつもりで切ったんだけどね。
 オイフェとシャナンが、あれ程驚くとは思わなかったな」

 

髪の短くなったセリスを見た瞬間、二人が思わず口にした名は―――

 

「……親子ですもの。私達にはよく判りませんけど、オイフェ様達がそうおっしゃるのなら、
 やっぱりセリス様はシグルド様に似ていらっしゃるんですね」

特にオイフェは涙まで見せてしまい、しきりにセリスの前で恐縮していた。
割り切ったつもりでいても、やはり20年前、主の傍に在る事を許されず、
その死を見届ける事も叶わなかった事がずっと負い目になっていたのだろう。

涙ぐむオイフェに『僕の分までシアルフィを頼む』とセリスは告げ、切った髪の一房を彼に託した。
シアルフィ城の片隅でいいから埋めて欲しい、と。

「遺髪みたいで縁起でもないって言われたけど…そうして欲しかったんだ」

シアルフィ公爵シグルド卿の遺児。
同時にバーハラ王家の王女、ディアドラの第一子であったセリスは、国民の圧倒的支持の下バーハラ王家を継ぐ事になった。
だが自分に命を与えてくれた父の生家との繋がりを断ちたくなかったセリスが、オイフェに無理に頼み込んだのだ。
オイフェも縁起が悪いと複雑な表情を浮かべていたが、最後はセリスの懇願を受け容れた。
彼もシアルフィの血統に連なる者として、思う所があったのだろう。

 

丘の上を風が吹き抜け、ラナのスカートの裾を軽く膨らませた。

「セリス様は、この丘が好きなんですね」

城の中に居ないと思った時には、十中八九ここに居る。
何をするでもなく、ただ丘の上に立ち、城下を見下ろしているだけなのだが。

「ああ。僕の、一番のお気に入りの場所なんだよ」

母譲りの少し優しい目元を細めてセリスが破顔する。
笑った顔が、母ディアドラに似ている事を指摘したのは、記憶を取り戻した異父妹のユリアだった。
オイフェやシャナンの『確かに似ていらっしゃる』という、お墨付きである。

「理由を、お聞きしてもいいですか?」

ラナの言葉にセリスはうん、と頷くと、彼女の肩を抱き寄せて城下に視線を向けた。

「ここから城下が一望出来るだろう?」
「はい」
「朝は起き出した人々の賑わいが見える。昼は通りを歩く人たちの姿や、食事の仕度をする煮炊きの煙が見える。
 夜になると、窓と言う窓に灯りが灯る……ああ、自分はこんな当たり前の生活を守る為に戦っていたんだって……いつも、考えていたんだ」

 

戦に人々が怯えなくてもいい毎日。
子が親の下で、健やかに育つ日々。
それを勝ち得ただけでも、自分達の挙兵は間違ってはいなかったのだと思える。

そしてもう一つ。
バーハラ城でユリウスを討ち取り、喧噪が鎮まって―――気が付いたら、ここに立っていた。
父と祖父の形見である、聖剣ティルフィングと共に―――

 

「あの時の気持ちを、はっきりと言葉にするのは難しい。だけど敢えて言うなら―――懐かしかったんだ、とても」

セリスはアグストリアで生まれ、シレジアとイザークで育った。
父の故郷のシアルフィはもとより、グランベルに足を踏み入れた事さえなかったのだ。それなのに―――

「『おかえり』って……そう、言われた気がしたんだ」

 

翠なす樹木、吹き渡る風、水を含んだ土の匂い―――そのどれもが、かつてない程の既視感でセリスを包んだ。

訳も知らず、セリスの頬には涙が流れていた。
戦いから解放されたという安堵感でもなく、遂にここまでやって来たのだという達成感でもなく、
ただ漠然と胸を満たしていたのは、『帰って来たのだ』という、不思議な郷愁の念だった。

「だからこの場所は、僕にとって特別なんだよ……こんなの、おかしいかな?」

苦笑いして、セリスがラナの顔を見る。
だがラナは小さく首を振ると、『いいえ』と呟いた。

「何となく、判ります。私も……同じでしたから」

 

セリス程はっきりとした既視感ではなかったが、ラナ自身も初めて来た土地にも関わらず、『帰ってきた』と感じたのだ。
シレジアともイザークとも違う、このグランベルの大地に吹く風を『懐かしい』と感じた。
いつか森に居ると心が安らぐと言っていた兄が、ヴェルダン生まれの父の血を継いでいるのだとしたら、
自分は間違いなく、母の血を受け継いだのだろうと思う。

「……いつか、お母様にもお見せしたい。復興した、この国を……」

ラナとレスターの母、エーディンは、未だイザークの修道院に居る。
ユングヴィ公爵家を継いだファバルが、是非と何度か書状を送ったのだが、
まだしばらくイザークを離れる気はないとの返事が返って来るのみであった。

 

旧い世代の自分達の事は、もう忘れてくれと言う暗黙の拒絶なのかもしれない。
事実解放軍の中にあり、軍師を務めたレヴィンも、終戦と共にその消息を絶った。
その行方は、シレジア王家を継いだセティも黙して語っていない。

だがファバルは『いつ叔母上が戻られてもいいように』と、部屋を準備している。
それは古くからユングヴィ家に仕えていた昔馴染みの侍女にそのまま準備させた、かつてのエーディン自身の部屋である。
例え主が戻る日が来ないとしても、ファバルは決して、その部屋を他人に使わせる事はないだろう。

 

「本当なら僕たち、ここで出会っていたのかも知れないね。僕の父と、君の母上のように。
 いろんな出逢いや別れがあって……それでもここに、帰って来たんだ」

出会わなかった筈の人達。居る筈のなかった場所。それらがあったから、今の自分がここに在る。
偶然の積み重ねが、自分達をこの地に導いた。

「ここを、新しい故郷にしましょうね。セリス様」

隣に立つセリスを見上げ、ラナがニコリと笑う。

「生まれた場所だけが故郷という訳ではないでしょう?いつか帰りたいと思える場所を……故郷と呼ぶんじゃないでしょうか」
「帰りたいと思う場所……か」
「はい。でも……」
「でも?」

言おうか言うまいか迷っているラナの様子に、目から鱗が落ちたような顔で、セリスが重ねて尋ねた。
セリスは首を傾げてラナを見ている。その子供のような仕草が何となく微笑ましくて、仕方なくラナは小さな声で続きを口にした。

「……セリス様のおられる場所こそが、私にとっての……故郷ですから」

 

だから自分にとって、場所は関係ないのだと。
セリスの存在自体が、自分の帰るべき場所―――気恥ずかしかったので言いたくなかったのだが、セリスの表情に負けてしまった。
セリスはラナの頭をそっと抱き寄せると、少し照れたような声で『ありがとう』と囁いた。

 

 

ふわり、とまた、ラナのスカートが風に靡いた。

「少し風が出てきたね。そろそろ城に戻ろうか」
「そうですね」

肩に添えられた手に自分の手を重ね、返事を返す。

「あまり冷やすと、お腹の子に悪いですし」

と、さらりと呟いた。
その余りのさり気なさに、そうだね、と踵を返しかけたセリスは、彼女の言葉を反駁して―――慌てて彼女を振り返った。

「……ラナ、今、何て―――?」
「その事をお伝えしたくて、セリス様をお捜ししてたんです」

悪戯っ子のような表情を浮かべて、ラナが笑う。

「春には家族が増えそうです、セリス様」

セリスの顔が、朱で染めたように真っ赤になる。
そして最愛の妻と、その身に宿った新しい命を慈しむように、ラナを優しく抱き締めた。

 

風が丘を吹き抜けて行く。
風は新たな命の芽生えを祝福するかのように、小さな花びらを穏やかに二人の頭上に降らせていた。

                                                                 【FIN】


あとがき

えっと、SS自体は結構早くに仕上がっていました。
ニ年ほど前に、友人のFE聖戦本(ティルナノグ特集だった筈だ)に提供したお話だったんですが、本が出てないようなので(笑)
加筆修正してUPしました。さり気にスカサハ×ユリア前提です。

しかし最近、子世代にボコボコ子供がいっぱい出来てます(笑)
以前アーサー×フィーでもやってるし、今後UP予定ではセティ×ティニーでもやってますしね(^_^)
孫世代を書く気はないんですが、子煩悩な親の姿を書くのはそれはそれで楽しいです。
私が『親』の姿を書く時は、結構理想が反映されてます。こんな親になれたらいいなとか、願望も。
いつか自分も、素敵な親になれればいいなと思います。

                                                             麻生 司

 

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