Return to myself


「すっかり日が暮れてしまったな」

馬の手綱を引き、セリスが頭上を振り仰ぐ。
ついさっきまで明るかった空は急速に暮色を深め、森の中にも夕闇の帳が降り始めていた。

「セリス様、今日はこれ以上動かない方が……」

馬上のラナの気遣わしげな声が、セリスの足を止める。
勝手の判らない森の中を無闇に動き回るのは危険だと言う、経験が足を留めさせた。


セリス達は、ルテキア城付近に広がる山間の森の中に居た。
ルテキア城に捕らわれ、人質とされていたコープルを救出し、『トラキアの盾』とまで言われたハンニバル将軍と合流する為、セリスは本隊とは離れて行動していた。

しかしハンニバル将軍のトラキア王国からの事実上の離反とほぼ時を同じくして、ミレトス方面の国境からグランベル軍が侵入した。
先行して待機していた本隊は非常時の打ち合わせ通り、可能な限りの各個撃破態勢に入っている筈だが、
多勢で囲まれない為に各々森に入った為に、全体としての連絡が取れなくなっていた。

そんな中で、セリスは同じく森に逃げ込んでいたラナと運良く合流した。
ラナの話ではシャナンの指示で、各自無事戦場離脱を最優先として、明朝ルテキア城に再集結する事になっていると言う。
山の中では不便な馬を下りて手綱を引いていたセリスは、代わりにラナを馬上に乗せた。
自分からは決して口にはしなかったが、彼女が慣れない前線で疲労している事は明白だったからである。

 

「仕方ない、今日はここで野宿だな……すまない、ラナには辛いだろうが」

申し訳無さそうに馬上のラナを見上げると、彼女はニコリと笑みを返した。

「あら、私だって野宿くらい平気です。気にしないで下さい」

母親に面差しのよく似たたおやかな女性だが、ラナはか弱い箱入り育ちではない。

幼い頃からティルナノグで、生きる為の厳しい生活にも耐えてきた。
火を焚けば煙で居所が知れるから、真冬に皆で冷え切った身体を寄せ合って眠った事もある。
日照りが続き、その日の食事にも事欠いて、木の根を齧って飢えをしのいだ事もある。
その苦労に比べれば、たかが一晩野宿する事くらい、何ほどのことも無い。

一人きりでは心細かったかもしれないが、今はセリスが一緒なのだ。
この状況下でその事実だけでも、ラナは十分過ぎる程恵まれていると思った。

「ありがとう」

ラナの笑顔に、セリスがほっとした笑みを浮べる。
歳相応の―――いや、まだ少年のようなその笑顔に、ラナは胸が痛んだ。


一体この人は、その胸にどれ程の物を抱えていると言うのだろう?
あのバーハラの悲劇の主、シグルド卿の遺児と言うだけで、解放軍の盟主として旗揚げをせざるを得なかった……この人は。
自分には過ぎた願いかもしれない。一生叶わない想いかもしれない。だが、それでも―――


―――支えたい…守りたい…まだ少し細いその肩に、重い使命を背負った……この人を―――

 


「本格的に日が暮れる前に、洞窟が見付かって良かったですね」
「ああ、本当に。火を焚く訳には行かないが、ここなら入り口を隠せば一晩くらい休めるだろう」

火を焚けない広さではなかったのだが、灯りや煙で敵に居場所が知れるのはまずい。
入り口近くに馬を繋いで、二人は洞窟の奥で身を寄せ合った。
こうしていれば、微かに伝わるお互いの体温で少しは寒さをしのげる。

ほとんど何も視えない状態だったが、やがて闇に目が慣れてくると、然程不便だとは思わなくなった。
はっきりとはいかないが、微かに差す月明かりもあって、何となく相手の表情くらいは判る。
不意の敵襲に備える為にも、夜間は闇に目を慣らしておいた方が良かった。


「……昔はよくティルナノグの村の近くにあった森で、皆でかくれんぼをしてましたね。そこにもこんな洞窟があって」

小声で、ラナが囁く。

「そうそう、僕とラナしか知らない、秘密の隠れ場所だったんだ。ラナがじゃんけんに弱くて、いつも最初の鬼になっていたよね」

懐かしそうに、セリスが目を細めた。微かなその気配を感じ、ラナも微笑を浮べる。

「でも私、知っています。セリス様はいつでも『私の見つけ易い場所』に隠れてくれていました。
 泣き虫だった私が、皆を見付けられなくて泣き出してしまわないように」

セリスが少し意外そうな顔をして、苦笑した。

「何だ、わざとだってバレていたのか。何も言わないから、気付いていないのかと思ってた」
「茂みから両足が突き出したりしていましたから、ニ−三度目で気付きました」

クスクスと、小さな声でラナが笑った。ふと、その表情が曇る。

「ラナ?」
「……『早く大人になりたい』、『ずっと子供のままでいたい』……今でも変わっていない、どちらも本当の私です。
 なのに……時間は過ぎてしまうんですね」


早く大人になりたいと思った。大人になる事で自分達が何かを成せるのなら、少しでも早く大人になりたかった。
ずっと子供のままでいたいと思った。子供のままでいれば、戦う事も、傷付く事も無く、今の生活がずっと続くのだと信じていられたから。

だけど時間は流れ、子供だった自分達は大人になった。
小さかった少年は今や解放軍を率いる盟主となり、駆け出しの僧侶だった自分も、今は高司祭として戦場に立つ身である。
それでも平和な世に生まれていたのなら、もっと違う生き方を選べたのかもしれない。
自分達を取り巻く世界が、自分達を変えていってしまったのだ……


「……今日はもう寝(やす)もう。僕が番をしているから、ラナは先に眠って」
「そんな、セリス様こそ先に寝んでください。ずっと私の代わりに馬を引いて森を歩いて、疲れていらっしゃる筈です」

ラナも言い出したら意外にに引かないところがある。
だがセリスも伊達に長く、彼女と幼少時代から一緒に育った訳ではない。

「じゃあ、じゃんけんで決めようか。負けた方が、先に寝むんだよ」

ニヤリ、と悪戯っぽい笑みを浮べる。『え?』とラナが聞き返した時には、既にセリスは『じゃんけん…』と言った後だった。

「ほら、ラナの負け」

にっこり、とセリスが笑う。

「う……」

セリスの開いた手と、握り拳の自分の手を見比べて、ラナが思わず絶句する。
じゃんけんで『グー』を出すのは石頭と何かで聞いた事があるが、
不意にじゃんけんだと言われて咄嗟に握り拳を出してしまう自分は、実は自覚の無い頑固者なのかもしれない。


「夜が明けたらすぐにここを出るから、よく眠るんだよ。大丈夫、辛くなったら起こすから」

このまま意地を張って自分が起きていても、セリスは眠ってくれないだろう。
それならば少しでも早く自分が寝んで、改めて彼と見張りを交代した方が、セリスを早く寝ませる事が出来る。
じゃんけんで眠る順を決めたのも、ラナに気を遣わせずに寝ませる口実の為だ。ラナは素直に、その好意を受ける事にした。

「……それじゃ、先に寝ませてもらいます。おやすみなさい、セリス様」
「おやすみ、ラナ」

冷たい剥き出しの岩肌に頬をつけて、ラナはセリスの傍で丸くなった。




―――本当は、眠るのはあまり好きじゃない。夢を見るのが、怖いから。

子供の頃、よく怖い夢を見たと言っては、夜中に泣き出して母を困らせていた。

『どうしたの、また怖い夢を見たの?大丈夫よ、母様がついてるわ。兄様たちだって居るでしょう?』

母はそう言っていつも慰めてくれたが……繰り返し見た悪夢の恐怖は、今でも忘れられない。

空を覆い尽くす暗雲と、その闇を焦がすような激しい炎。そして炎に浮かぶ暗黒の竜―――
あれは今にして思えば、暗黒竜の化身と言われるユリウス皇子の覚醒を意味していたのかもしれない。

 

浅いまどろみから目覚めると、ラナは肌寒さに身震いした。
慣れない岩場で眠って強張った身を起こすと、はらりと身体にかけていたマントが落ちる。

『これ…セリス様のマント?』

ラナは自分のマントをかけて眠っていたのだが、恐らく冷えてきたので、セリスが自分のマントもかけてくれたのだろう。
そうっと隣のセリスを伺うと、彼は微かな月明かりの中で瞼を閉じ、微かな寝息を立てていた。


『眠ってる……無理もないわ。一日中馬を下りて、その馬を引きながら森の中を歩いていたんですもの』

眠れる時には眠っておくべきだ。
セリスを起こさないよう、そっと彼のマントを身体にかける。
よほど疲れていたのか、セリスは全く目を覚ます気配がなかった。

『僧侶である私は、戦場ではあまりお役に立てない。だからせめてセリス様の眠りが……』

瞳を伏せ、ただ祈る。あまりにも大きなものを背負わされてしまった、セリスの心が壊れてしまわないように。

『安らかなものでありますように―――』

 


―――セリス……―――

「だぁれ?」

真っ暗な闇の中、名を呼ばれて少年の日の自分が振り返る。

ああ、これは夢なのだ。幼い頃から何度も何度も繰り返し見続けた……夢。
目が覚めれば薄氷が光に溶けるようにほとんど記憶には残らないが、ただ夢を見ていたという感覚だけが、重く心に残る。
やがて闇の中に光が滲むように、淡い揺らめきのような影が目の前に現れた。

―――セリス―――

銀色の髪を長く伸ばした女性が、優しく微笑んでもう一度名を呼ぶ。
寄り添うように立つ凛とした顔立ちの青年の面差しは、何処となく見覚えがあるような気がした。

―――愛しい子……大きくなった貴方を、どんなに抱き締めたかったか……―――

「母様……?」

自分に向けられたその眼差しに、セリスは無意識で、その女性を『母』と呼んだ。
女性はただ微笑んで、セリスの呼びかけを肯定も否定もしない。だがそれが、自分が間違っていない証なのだと思った。
だとすれば、面差しに見覚えのある隣の青年は―――

―――セリス、自分の選んだ道を信じろ―――

「父…上!?」

幻のような二人の姿が、ゆらりと揺らめいた。父…シグルドの腕が、マントを払うように大きく動く。
周囲の光景は、真の闇から一変した。

―――お前の信じた道が、お前自身の『真実だ』……―――

ゴウッ、と猛る炎の熱を感じる。
父が生きながら劫火に焼かれる様を目の当たりにしながら、セリスは目を覆う事すら出来なかった。
まるで劫火の熱に相反して、手の先まで凍りついてしまったかのように。

―――真実だと……?笑わせてくれる―――

両親とは違うもう一つの声が、あまりに凄惨な光景に一瞬遠くなりかけたセリスの意識を呼び戻す。
その声はまだ少年のようで、幼さと、そして幼さ故の残酷さを併せ持つ響きがあった。

―――愚かなものよ…そんなものを信じたお前の両親は何を得た?―――

闇の剣に貫かれ、胸を血に染める母の姿が現れる。
その姿を嘲笑う、額に禍々しい紅い印を持つ少年と、その後ろにひっそりと立つ炎のような髪の色をした壮年の男性の姿が重なった。

―――何も得てなどいない。残されたのは、無様な死のみだ―――

「うわあああぁぁああぁ―――ッ!!」

 



「セリス様…セリス様ッ!!」
「……!?」

強く肩を揺すられて、セリスは目を開けた。すぐ目の前に、ほっとしたようなラナの顔がある。

「良かった、気が付かれたんですね」
「あ……僕は……?」

ラナはポケットから手布を取り出すと手を伸ばし、セリスの額に浮かんだ汗を拭った。
自分でも驚く程冷たい汗をかいており、額には前髪が貼り付いている。


「よく眠っておられたのに、急にうなされ始めて……あまり苦しそうだったので起こしたんです。大丈夫ですか?」

物心つく以前から共に育ってきたが、こんなセリスは初めて見た。
生気が感じられず、顔は僅かの間に幽鬼のようにやつれてしまっている。
ぐらり、とセリスの身体が傾いだ。跪いたまま咄嗟に支えようとしたラナは、だが伸びてきた彼の腕に抱かれた。

「セリス様……!?」
「ごめん……しばらく、このままで……」

ラナの腹に額を押し当てるようにして、セリスはじっと動かない。
腰を抱いた彼の腕は微かに震えており、まだ悪夢の残滓がセリスを支配しているのだと気付いた。
緊張を解き、ふわりとセリスの髪に手を触れる。ゆっくりと彼の背を慈しむように撫でると、微かにセリスは身じろぎした。


「ラナ……僕は、心の弱い人間なんだろうか」
「え……?」

不意に漏らされた言葉に、ラナの手が止まる。

「―――僕は、父の顔も母の顔も覚えていない。それでも、幼い頃から夢に見るあの二人の姿……」


……繰り返し夢に見る、自分と何処か面差しの似た二人。
彼らが自分の命の親だと、気付いたのはいつの頃だったのか―――


「判るんだ―――あの人達は、僕の父上と母上なんだって」


声にもならぬ叫びで、幾度飛び起きたか、もう覚えていない。
覚醒すると同時に幻のように夢は消えるのに、全身に冷たい汗をかき、鼓動はまるで早鐘のようで、重い疲労だけが夜毎につのる。


「炎に焼かれる父……胸を血に染めた母……夜中に何度も、自分の絶叫で目を覚ましたよ」

何度も繰り返される、その死に様と―――まだ見ぬ……仇―――

築き上げた帝国を守ろうとするアルヴィス皇帝。
その身に暗黒竜の魂を宿すユリウス皇子。
解放の名の許に、彼らを斃そうとしている自分―――


「この大陸を破滅から救いたい―――その思いは偽りじゃない。だけど、本当は……」

身体を離し、セリスが自分の頭を抱えるように蹲(うずくま)る。

「ただ……確かめたかったんだ。この目で……父と母の死の真実を。二人の生きた証を―――」

地に零れた涙に、ラナが口元を覆う。それは間違いなく、セリスの瞳から流れ出したものだったから。

「それだけが知りたくて、僕は挙兵した―――自分の為に」

独白して、セリスは自分の身体をかき抱いた。


人は『光の皇子』と呼んでセリスの存在を解放の象徴にしているが、彼にとってはその期待が、今は重くてたまらなかった。
無心に向けられる讃辞と敬意に、締め付けられるように胸が痛む。

自分はそんな大層な人間ではない。
世界を救うのだと大望を掲げてはいるが、その実はただ自分の私利の為に挙兵したに過ぎない。
ただの一己の人間に、一体如何ほどの事が出来得るというのか―――


温かな手が、そっとセリスの頬に触れる。
躊躇いがちに伸ばされた少し小さな手が自分の手を包み込むと、セリスは呼び覚まされるように顔を上げた。

「信じてください、セリス様。ご自分の選んだ道を―――その先に続く未来を」

セリスの瞳が見開かれる。ラナは穏やかな眼差しで、そんなセリスを見上げていた。

「きっかけなんて、どんな些細な事でも構わない。例えそのきっかけがセリス様自身の為だったとしても―――」


『これ以上、帝国軍の好きにはさせない!!』


決して戦う事が好きではなかったセリスが挙兵したのは、直接的には自分の存在故にティルナノグが襲撃されそうになったからだった。
彼に最後の決断を下させたのが例えまだ見ぬ両親への想いだったとしても、それは否定されるべきものではない。
例えどんな理由でも今日まで彼は剣を振るい、帝国の圧政に苦しむ人々を解放し、
攫われた子供達を無事に取り戻す為にトラキアまで辿り着いた。

あの日から早、一年余―――その彼について来た事を、ラナは一度たりとも悔やんだ事は無い。


「私達は、『自分で選んで』そんな貴方について来たんです」


誰に言われたからでもないのだと。

彼は気付いているのだろうか。
セリス自身の口からはただの一度も、共に戦ってくれとは、言った事が無いのだと言う事を―――
解放軍に集った者達は、皆、彼の行為や人柄に惹かれてやって来たのだ。

それは、自分達とて同じ事。


「自分で選んだ道です。信じた生き方です。
 大人になっても、世界が変わってしまっても、それだけは変わらない真実なのだと信じていたい―――」

ラナは真っ直ぐにセリスを見詰めた

「……私も昔、よく怖い夢を見たと言って泣いては、母様を困らせていました。
 悪夢は不安の裏返し。そしてそんな弱いもう一人の自分を映す鏡―――心に弱さを持たない人間なんていません。
 皆、不安や憤りを胸の内に抱えながら、悩んで、苦しんで……少しずつ大人になっていくんです」

いつからセリスの事を『セリス様』と呼ぶようになったのか、ラナはもう憶えていない。

ただ兄のレスターや、途中から一緒に暮らし始めたスカサハやラクチェ、デルムッド、
そして親代わりとなって今まで育ててくれたオイフェでさえ、ごく当たり前のように彼の事を敬称抜きでは呼ばなかった。

子供の頃は、訳も知らずただ呼ばれるままに受け止めていたセリスが、
他の子供達とは明らかに違う、周囲の自分に対する扱いをいつしか重荷に感じていた事に、ラナは気付いていた。


周囲が必要だったのは、セリス個人ではなく、バーハラ王家の血を引くディアドラ皇女の第一皇子。
自分自身は誰からも必要とされていないのだと、自暴自棄になる前に、その重すぎる使命が彼を思い止まらせた。
自分が剣を振るう事で、自分が挙兵する事で、世界が救われるのならと―――自身を殺し続けてきたのだ。
視えない傷から、一体どれ程の血を流し続けて来たのだろう?未だその傷は癒えず、紅い血を流し続けていると言うのに―――


「一人で全てを背負うのはとても苦しくて辛い。その重さに負けて、いつか心も壊れてしまうかもしれない。
 でも、セリス様は一人じゃありません」

―――自分の選んだ道を信じろ、セリス―――

父の言葉と、ラナの声が響き合う。

「私達は皆で、セリス様の支えになりたいんです。自分の信じた真実の、行く末を見届ける為に」

―――それが、お前の真実だ……―――

 

一筋の涙が、セリスの頬を滑った。


ティルナノグでの17年を終えたあの日―――

『私も行きます、絶対に!私は僧侶だけど、何かお役に立てる事がきっとある筈です!!』

兄であるレスターの制止にも耳を貸さず、そう言って、ラナは解放軍に身を投じた。

苦渋の選択を迫られた時もある。敵だとは思いたくない者を、倒さなければならなかった事もある。
決して安穏ではなかったこの戦乱の日々の中で、どれ程彼女の笑顔に救われていたか―――セリスは、ラナの細い身体を抱き締めた。

「セリス様……!?」

驚いたようではあったが、ラナは拒まなかった。戸惑う手を、そっとセリスの肩に置く。
セリスは大きく、吐息のような息をついた。

「いつの間に……こんなに心の余裕を無くしていたんだろう?
 いつでも皆は傍に居たのに……僕は、一人で全てを背負っている気でいた……」

そう、何時の日も―――その笑顔は傍に在った。
今からでも遅くないのだろうか。まだ自分という個人は……必要とされるのだと、信じてもいいのだろうか。

「ラナは……」

彼女の肩に額をつけたままで、セリスが呟く。
セリスの顔を覗き込もうとしたが、それは彼の腕が許してくれなかった。

「ラナは、これからもずっと僕の傍に居てくれるかい?僕がただの『セリス』で居られるように―――」


『光の皇子』ではない、本当の自分で在る為に。


「……こんな私で良いのなら……」

耳元で囁かれた小さな誓いが、彼女の答。

「ラナはずっと、セリス様のお傍に居ます―――」


そして、運命の日―――

 



セリスとラナは導かれるように、シアルフィ郊外の岬に立っていた。

二人とも言葉はなかったが、何かに駆り立てられるような思いでこの地に来た。
血が……あるいは運命が、二人をこの場所へと導いたのかもしれない。


「あ……!?」

ラナが、小さく息を呑む。その理由はセリスにもすぐに判った。

―――セリス……―――

夢で何度も聞いた呼び声。
光の乱反射が像を結ぶように、何もない空間に懐かしい姿が現れる。
豊かに波打つ銀色の髪の女性と、自分によく似た面差しの青年―――

「父上……母上……」

―――セリス、大きくなって……―――

母…ディアドラが、優しく微笑んだ。

―――『真実』は一つではない。人の悲しみを知れ、セリス―――

「はい……父上!」

それはアルヴィス皇帝の事を意味しているのだろう。

彼は自分にとっては父の仇であったが、彼もまた自身の正義を貫き、最期はセリスの手にかかってその命を終えた。
母の事も、偽りなく愛していたのだと、今ならば判る。

妻と娘を守れなかった事、息子の魂を救えなかった事、その全てに苦しみ、自分に流れるロプトの血に翻弄されながらも、
罪も無い子供達だけはユリウスの魔手から守ろうとしていた事も。
アルヴィスも心に癒えぬ傷を負い、生きていたのだ……

―――ラナさん……―――

「は、はい!!」

自分が呼びかけられると思っていなかったラナは、ディアドラの声に弾かれたように顔を上げた。
包み込むような穏やかな笑みに、思わず言葉が詰まる。

―――これからは、貴方達の時代……セリスを、頼みます―――

セリスの手がラナの肩を抱く。
ラナはセリスを振り返り、その手に掌を重ねて微笑んだ。

「……はい、必ず!」

―――未来は、貴方達の手で作るのよ……―――

 

空気に溶けるように、二人の姿が淡い光の煌めきになる。
一瞬だけ強く瞬いた光は、二人の最後の挨拶のような気がした。

                                                            【FIN】


あとがき

FE聖戦本『Licht』より、セリス×ラナのストーリー漫画をSSに書き起したものです。
巷ではセリス×ユリアがメジャーっぽかったですが、ウチではずっとセリス×ラナでした。一度も変更なし(^_^)
幼馴染カップル(アゼティル、セリラナ)は基本的に好きなので、変えようとも思わなかったですね。
次点は身分差カップル(フィンラケ、レヴィフュリ)か似たもの同士カップル(スカユリ)か、はたまた親友カップル(アサフィー)か。
ああそうさ!結局ノーマルカップルで不自然でなきゃOKなんだよ!!(笑・逆切れしてどうする)

セリスはシグルドとディアドラの遺児であった事で、他の子供達とは違う生き方を、ある意味強要されたと思うんです。
それこそ物心ついた時から、親代わりのオイフェも、一緒に育ったレスター達も自分に対しては敬語。
唯一対等だったシャナンやレヴィンも、『人の上に立つ者の強さ』をセリスには求めた筈。
それが自分の人生なのだと受け容れながらも、何処かで無理はしていたと思うんですよ。
そんなセリスを、ただの一人の青年に戻す事が出来るのが、ラナと言う存在だった。
彼女の前でだけは、シグルドの遺児でもバーハラ王家の血統でも解放軍の長でもなく、ただの『セリス』で居られた。
ラナはセリスにとっては、早くに奪われた母性の象徴だったのではないでしょうか。

ちなみに夢で亡くなった両親の姿を見たり、シアルフィの岬で残留思念?(幽霊とは言いたくない)のシグルド達をセリスが見れたのは、
彼がシャーマン(巫女)であったディアドラの血を引いていた為です。霊媒体質だったんですね(笑)
ラナにも見えたのは、シグルド達が『視て欲しい』と強く願ったから。あと、彼女自身にもやはり素質があったから。
二人揃って霊媒体質だったんですね(笑)

このSSは、実家に里帰りしている隙に、実家に残して来た在庫本を元に書き起しました。
お陰様で、作業時間は非常に短く収まりましたです。
何故って、家事を一切やらなくても御飯は作って貰えるし掃除もして貰えるから。ああ、実家ってありがたい……(^_^)

                                                              麻生 司




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