誓いの指環
シレジア王国、セイレーン城の城下町。
レンスターの明日を担う若き槍騎士フィンが、一軒の店の前を行きつ戻りつしながら溜息をついていた。
その様子を彼を知る者が見れば、さぞかし不審に思うだろう。
そしてそんな彼を運悪く…と言うべきなのか、見かけてしまった者が居る。レヴィンとフュリーの二人だった。
「……何をやってるんだ、あいつは?」
「いけませんよ、レヴィン様。フィン殿のお買い物の邪魔をしては」
放って置けばいらぬちゃちゃを入れそうな王子の袖を引き、軽く止める。
「だがなぁ、あいつがウロウロしているのは、どう見ても宝飾店の前なんだがな」
「ええ!?」
武器屋や修理屋、中古屋ならば話も判る。
だが余りにもピンと来ないその組み合わせに、フュリーが思わず大声を出しそうになった。
慌てて自分で自分の口を塞いだが、幸いフィンは思考の袋小路に突入しているらしく、全く気付いた様子がない。
フュリーはほっと胸を撫で下ろした。
「何だってまた宝飾店の前で……」
「それはお前、理由はひとつしかないだろう?」
「…それは…まぁ。何となく察しは付きますけど」
レヴィンの目に、悪戯っぽい光が浮かぶ。だがそれは悪意ではなくて、ただ少年の好奇心と言った風情だ。
「…物凄く、関わりたそうな顔してますね。お人の悪い」
「心外だな。俺は困ってる友人を助けたいだけだぜ?おい、フィン!」
止せば良いのに、人の色恋沙汰に首を突っ込むのはレヴィンの昔からの悪い癖である。
フュリーは思わず額に手を当てたが、すぐにレヴィンの後を追った。
言ったって聞かないのなら、せめて被害が大きくならないよう最後まで見届けるのが、フュリーの昔からの倣いだったのである。
一方、宝飾店の前で冬眠明けの熊よろしくウロウロとしていたフィンは、通りの向こうからレヴィンに声をかけられ我に返った。
「さっきから何をやってるんだ。店に入るでもないし、かと言って立ち去るでもないし」
「いえ、あの…」
まずい所を見られたというよりは、ただ純粋に驚いただけのようだが、フィンは一瞬返答に窮した。
尚も何か言い募ろうとしたレヴィンの耳を、フュリーが後ろから引っ張る。
「レヴィン様。フィン殿にも都合とか事情とか言うものがあるんです。ただ首を突っ込むだけでは、ただの出歯亀ですよ」
「お前、最近さり気に口が悪くなってないか?」
「誰がそうしてるんですか、誰が」
引っ張られた耳を撫で擦りながらボヤくレヴィンを、フュリーがじろりと睨みつける。
一般に放蕩王子と真面目な天馬騎士というイメージが強いこの二人なのだが、
こうして見ると意外に主導権を握っているのはフュリーの方かもしれないと、フィンは思う。
「ごめんなさい、フィン殿。私達はもう失礼しますから、ゆっくりお買い物なさってくださいね」
「あ、待ってください!」
レヴィンの背を押し、さっさと立ち去ろうとしたフュリーの背を思わず呼び止める。
「良かったら、相談に乗っていただけませんか?その…お二人で」
レヴィンとフュリーは、互いの目を見合わせた。
「で、俺たちに相談って?」
道端では目立ちすぎるので、レヴィン達は取り合えずフィンの部屋へと招かれる事になった。
香りの良い茶を出され、ひと心地ついたところで切り出してみる。実は半ば以上、事情を察してはいたのだが。
「実は…贈り物を探していたんです」
「贈り物?それは、やっぱり…」
ちら、とフュリーがレヴィンを見る。レヴィンも微かに顎を引いて頷いた。
「ラケシス王女に…か?」
先にその名を出してしまうと、明らかにフィンがほっとしたような顔をする。
「ええ、そうです。ラケシス様に…一体、何を贈ったら喜んで頂けるのかと。すっかり考え込んでしまっていたんです」
アグストリア王女ラケシスとレンスターの槍騎士フィンの仲は、仲間内では周知の事実となっていた。
二人が表立って宣言した訳ではなかったのだが、二人の仲睦まじい姿を幾度か見かけるにつけ、
いつしか二人の仲は皆の知る所になったのである。
「それで、どうして贈り物をしたいと思ったの?」
「理由は…特に。そうしたいと思ったから、探していただけで…
敢えて言うなら、アグストリアを脱出する際、怪我で動けなかった私を看病してくださった御礼でしょうか」
フュリーの問い掛けに、少し困ったような顔をしながら答える。
「要するに、惚れた女性に何か贈り物をしたいと。そういう事なんだよな?」
「レヴィン様!」
率直過ぎるレヴィンの物言いに、フィンとは思考回路が恐らくよく似ているフュリーの方が赤くなって声を大きくした。
だがフィンは更に何か言い募ろうとしたフュリーを止めると、静かに頷いた。
「言葉を飾る気はありません。そうです。私はただ、ラケシス様に何かを贈りたいのです」
「うん。良い返事だ、気に入った」
にーっとレヴィンが、少年の日そのままの笑みを浮かべた。
実はレヴィンも、事、色恋沙汰に関してはあまり大きな事は言えない身である。
自身も昔はフュリーの姉であるマーニャに恋慕していた身であるし、またシグルド軍にもシルヴィアというオマケ付きで加わった。
断じてシルヴィアとは『そういう』仲ではないのだが、当初、大なり小なりの誤解や曲解があった事は否めない。
そのシルヴィアの問題が片付かないうちに、今度は幼馴染のフュリーまでがシグルド軍に加わった為、更にややこしい事になった。
結局は今、お互いの関係は収まる所に収まりつつあるのだが…
果たして幼馴染の天馬騎士が、どこまで意識してくれているのか。レヴィンにとっても、微妙な問題ではある。
だからこそ立場を逆にした自分達を見るようなフィンとラケシスの事に、首を突っ込もうと思ったのかもしれない。
「宝飾店の前をウロウロしてたって事は、何か気に入った物でもあったのか?」
「いえ…どちらかと言うと、店の中に入りかねていたんです。ああいう店は、入った事がないものですから」
通りに面して飾られていた首飾りや指輪は美しいと思ったが、
それがラケシスに似合うか、とか、何を贈ろうかとか、具体的に考えが纏まった訳ではなかったのだ。
「でもフィン殿、目が高いわ。あのお店はとてもよい品を揃えているんですよ。実はラーナ様も、セイレーンにいらした時は立ち寄られる事もあるんです」
「そうなのか?」
「そうですとも。もしもアクセサリーを選ばれるのなら、やっぱりあのお店がよろしいかと思います」
あまりこだわらない方だとは言え、流石に女性だけあって、フュリーはその店の事をいろいろと知っていた。
一応予算を聞いてみたが、フィンの懐具合は悪くはない。いや、むしろ上出来と言っていいだろう。
整備に破格の値の掛かる武器もあるが、そう言った意味でフィンの使う銀の槍と勇者の槍は堅実な武器であった。
闘技場も無難に制覇出来る程に槍の腕前も上がっているので、これだけあれば大概の物を財布を気にせず選ぶ事が出来る。
「じゃあフュリー、同じ女性の立場で何を貰ったら嬉しいと思う?」
「ええっ、私ですか!?急にそんな事を言われても……」
いきなり話を振られて慌てながらも、フュリーは何とか参考になる答えを探そうと必死で考えた。
「フュリー殿、あまり考え込まなくてもいいですから」
「いや、貴重な意見だぞ。同じ女性の意見だ。よく聞いといた方がいい」
あまりフュリーが考え込んでいるのでフィンが思わず気の毒に思ったのだが、やんわりとレヴィンが止める。
ややあって、フュリーが頬に手を当てて考えながら、それでも自分の考えを口にした。
「やっぱり…品物そのものより、自分の為に『選んでくれた』という、その気持ちが嬉しいと…私は思います。
勿論、気持ちが篭もっていれば何でもいいという訳ではありませんけど…
例えばお店で買った高価な髪飾りと、フィン殿が一生懸命に彫ったブローチと…きっとラケシス様は、どちらも喜んでくださると思います」
贈り物の価値は、支払われた代価に寄る物ではない筈だ。
贈り主が、相手に対してどれだけの想いを込めてその品を選んだか。
例え店で一番高価な宝石を贈られたとしても、その贈り主の心が篭もっていなければ…宝石は硝子玉と同じだ。
「……ありがとうございます、フュリー殿。まだ何を贈るか決まっていませんが…何を贈るべきなのかは、判ったような気がします」
フィンは晴れ晴れとした顔で、そうフュリーに礼を言った。
「聞いてよかっただろ?女性の意見」
「はい。これからもう一度街に出て、ゆっくり探してみます。私だけが贈れる、贈り物を」
丁寧にレヴィンにも頭を下げる。
再び贈り物を求めて街に出るフィンの後姿をレヴィン達は見送ったが、その足取りはしっかりとしていた。
迷う事はあるかもしれないが、きっと良い贈り物を見付けてくるに違いない―――そう思わせる、後姿だった。
数日後、城の食堂でフュリーはたまたまラケシスと一緒になった。
その時には贈り物の事は忘れていたのだが、手袋を取ったラケシスの左手の指に、見慣れぬ指環が光るのを見付けた。
「ラケシス様、その指環…」
「ああ、これ?実は…」
数日前にフィンが贈ってくれたのだと教えてくれた。
「似合うかしら?」
「ええ、とっても」
頬を染めて尋ねるラケシスに、フュリーは素直に感想を口にした。
その指環は小振りな造りだったが、真円ではなく、緩やかなカーブを描く優美なデザインだった。
銀細工に部分的に上品な金があしらわれており、小さな石が嵌め込まれている。
結局例の店で選んだのだとは思うが、フィンがこれしかないと思った、最上の物を選んだのに違いなかった。
「ラケシス様、良かったですね」
どうしても言ってみたくて、そう声をかけると、ラケシスは華が開くような笑みを浮かべ、『ええ』と頷いた。
ちなみに全く同じ指環をフィンも身に着けていたと、レヴィンからフュリーが聞かされたのは…それから更に数日後の事である。
その指環は永久の誓いを立てる際にも彼らの指にあり、二人の命が尽きるその日まで、互いの指を飾ったという―――
【FIN】
あとがき
フィン×ラケシスの筈だったんですけど…何かレヴィンとフュリーが出張ってる。何故(笑)
最後はフィンラケだったけどなぁ…少しレヴィン達に喋らせ過ぎたかもしれません。
この時代、この世界に結婚指輪が存在したのかは判りませんが、
この頃、もしかしたらフィンは自分がレンスターに戻る事を覚悟していたのではないかと。
だからこそ、ラケシスと自分とを結ぶ、形有る物を残したかった。
それが彼が選んだ指環だったのだと、位置付けています。
二人はずっとその指環を身に着け続け、最期のその時まで共に有ります。
この指環、よくイラストや漫画には描き込んでました。モデルは自分の持ってる指環です(笑・自分で買った物ですが)。