Liebe


彼女と初めて出逢ったのは、自分達がこの手で解放した、ガネーシャの城下町。
レヴィン様の傍らで僅かに俯いた彼女はどこか儚げで…そんな彼女の事がいつの頃から気になりだしたのか―――

今ではもう、覚えていない……

 

賑やかな音楽が城の大広間から流れてくる。
人の輪の中心で華麗な舞いを見せているのは、先日解放したダーナ城で合流し、そのまま解放軍に加わってしまった踊子のリーンだ。
たおやかな手足に纏った腕輪とアンクレットに付けられた小さな鈴が、彼女の動きに合わせてシャラリと微かな音色を立てる。
翻る飾り布はまるで命を持つかのように彼女の一部となり、一層舞いを美しく、幻想的に見せていた。
人の輪の一番内側にはセリスやシャナン、そしてリーンが解放軍に加わるきっかけになったアレスの姿がある。

スカサハは少し人酔いを醒まそうと、広間から露台に出た。元々戦場以外の、人が多く集まる場所は得意ではない。
頬を撫でる風に人心地つき、ふと中庭に造られている噴水に目を向ける。
角度の加減で広間の灯りが届かない為に初めは気付かなかったのだが、その噴水の辺(ほとり)に人影があった。
小柄な身体つきに、月明かりに微かに煌めく銀の髪。

『あれは―――ユリア?』

「スカサハさん?」

人影が誰だか判った丁度同じ頃、彼女も視線に気付いたのか顔を上げ、視線が合った。
軽く片手を挙げて『ああ』と返事を返してしまった手前、そのまま立ち去るのも不自然なような気がしてユリアの傍まで歩み寄ったものの、
特別気の利いた会話も思い付かない。

『参ったな…』

ユリアと居るのが苦痛なのではない。間を保つのが基本的に苦手なのだ。
自分が喋らない分、相手がその倍喋ってくれるタイプならばそんな事を気にしなくて良いのだが、ユリアは決して口数が多いタイプではない。
まして彼女は、幼い頃に受けたショックで記憶を失っている。触れてはいけない話も…あると思う。
だけど何か話さないと、かえってユリアの気を悪くしてしまうのではないか…
そんな埒もない事を考えていると、離れた広間の遠いざわめきや、噴水の水音まで余計に耳につく。
すると、クスクスという、小さな笑い声が聞こえてきた。

「あ、ごめんなさい。笑ったりして」
「いや、別に気にしないけど」

ユリアは笑いをおさめると、笑った理由を教えてくれた。

「前に、ラナ達に聞いた事があって…」


スカサハは仲間内でも口数が少ない方だ。
だがそれは彼が無愛想な訳ではなくて、一生懸命何を話せばいいのか、頭の中で考えているからなのだと―――


「その時のスカサハさんの顔を見ていれば、大体、何を考えているのか判るって…
 私、今まであまりスカサハさんと話した事がなかったから、よく判らなかったのだけど―――」

見上げる菫色の瞳がスカサハを映す。

「今、こうして隣に居て、何気なく貴方の顔を見ていたら、何となく判ってしまって…だから可笑しかったんです」

そう言ってから、ぽつりと一言、口にした。

「ごめんなさい。気を遣わせてしまって」
「え?」

思わず聞き返したスカサハに、ユリアはほんの少し寂しそうな笑みを見せた。


「私、あまり人と話すのが得意じゃないから…どうしても聞き手の方に回ってしまうんです。
 その場に大勢居れば、私一人が何も話さなくてもどうという事はないんですけど…
 誰かと二人になってしまうと、相手の方に気を遣わせてしまうらしくて…今のスカサハさんも、そうだった」

噴水の縁に手を付き、水面に顔を映して言葉を続ける。

「だけど…言葉がなくても、誰かが傍に居てくれるだけで安心出来る事も…あるんです。だから……」

伝えたい事が巧く言葉に出来ない事がもどかしいのか、ユリアの顔が僅かに曇る。
そしてスカサハは気付いた。自分とユリアが、よく似ているという事に。

「うん。俺も…それはよく判る」

そして穏やかな笑みを浮かべた。

「俺なんか話し下手だから、いつも聞き役だ。
 だけどいつか、誰かにとって、俺の存在そのものに意味のある…そんな人間になれたらいいな」
「スカサハさんなら、きっとなれます」

ユリアの顔にも微笑が戻る。
スカサハは自分の台詞に少し照れて、こめかみを掻いた。

「なれるかな?」
「ええ、きっと」

そう言うとユリアはおとがいに手を当てて、少し考える素振りをした。

「スカサハさんはいつも、進軍の最後尾を守っているでしょう?」
「ああ」


スカサハは生粋の剣士である為、騎馬隊に比べてどうしても足が遅くなる。
だがその代わりに、常に最後尾を守る任に徹し、後顧の憂いを絶ってきた。
誰に命じられた訳でもなく、自分から名乗り出た訳でもないのだが、いつの間にか最後尾の守備はスカサハに一任されていた。


「皆が何の心配もなく、進軍する事に専念出来るのは、スカサハさんが背後を守ってくれているからです。
 誰も何も言わないけれど、スカサハさんが帰る場所を守ってくれていると信じているから…前だけ見ていられるんです」

少し首を傾けて、ユリアがスカサハの顔を覗き込む。
心の奥底まで見通すような、静かだが深い、泉のようなその瞳に見詰められ、普段なら照れてしまうスカサハが視線を逸らせなかった。

「無条件の安心を人に感じさせるなんて、誰にでも出来る事じゃありません。どうか自分に自信を持って、いつまでも変わらない、貴方でいて下さい」
「…ありがとう、ユリア。少し自信が持てそうだよ」

今度は本当に照れながら、スカサハは彼女に礼を言った。そして、

「それから『さん』はいらないよ。俺達は、仲間なんだから」

トン、とユリアの肩を軽く叩く。『あ』と小さく呟いて、ユリアの頬に微かに朱が差した。

「皆の帰る場所は俺が守る。きっと」

確かめるように繰り返したスカサハに、ユリアは小さく頷き返した。それだけで、十分だった。


その遠慮がちに浮かべられた微笑に目を落とし…スカサハは口にするかすまいかと一瞬逡巡した後、『ユリア』と彼女に声をかけた。

「はい」
「俺も、ずっと前から思っていた事がある」
「何ですか?」

問い返すユリアの表情は、どこがとは言えないが儚げで、例えるならば親とはぐれた子供のような…そんな瞳をしていた。

「俺は他人だから…こんな事が言えるのだと思う。だけど言わないと、一生君がそのままかも知れないから…敢えて、言うよ」

スカサハの言葉に、ユリアはじっと耳を傾けている。

「記憶が無い事に、あまり後ろめたさとか…感じて欲しくないんだ。
 セリス様も、ラナもラクチェも、解放軍の皆…今のままの君を、仲間として受け容れているのだから」

はっ、とユリアが小さく息を呑んだ。

「記憶が無い事で、今までの君が全て否定される訳ではないよ。大切なのは『今』で、そしてこれから生きていく時間だ。
 『過去』はあくまでも、今の君を作るまでの過程だった。だけどそれは…今の君を見ていれば、判る事だから…」


伝えたい事を、巧く言葉に表現出来ない。それは先程のユリアとよく似ていた。
だがスカサハは、何とかしてユリアに、本当の笑顔を取り戻して欲しかった。
友の間にあっても控えめに、遠慮がちに笑う必用などないのだから。


「君を産んでくれたご両親は、きっと君の事を愛してくれていた筈だ。そして必ず、幸せになって欲しいと願ったと思う。
 今はまだ無理かもしれないが、いずれ全てを思い出した時に、それまでの自分を誇れるように―――
 不安ならば手を貸そう。望むなら傍に居よう。だから前に進む事を、忘れないでいて欲しい」


他人事だからそんな事が言えるのだと、詰(なじ)られるかもしれない。
それでもスカサハは言わなければならないと思ったのだ。
話す事があまり得意ではないスカサハにとっては、滅多にない事だし、出来ない事だった。


「前を向いて進む事…いつの日か、『今』を誇れるように…出来るかしら、私に?」

長い夢から醒めたように、ユリアが思いを声に出す。
憂いを帯びた瞳は変わっていなかったが、そこに宿る光は強くなったように、スカサハには感じられた。

「出来るさ、きっと」

自分に告げてくれたユリアの言葉を真似て、スカサハが応える。

「言っただろう?君は一人じゃないよ。一人きりで生きている人間なんていやしない。誰もが支えられ、そして別の誰かを支えながら生きているんだ」
「私も、誰かの支えになれるのかしら…」

その呟きは、一歩を踏み出した証―――誰かの為に生きたいと思う事。
それは自らの殻を破った事に他ならない。

「なれるよ。願い続ければ、いつか―――」

迷いなく答えたスカサハに、はにかんだような笑みをユリアは返した。

 



「スカサハ、そっちは終わったか?」
「ああ。後は剣を修理すれば終わりだ」

闘技場から出て来たレスターに声をかけられ、手にした剣を掲げて返事を返す。

たった今、闘技場を制覇してきたばかりなので、手にした財布はかなり重い。
軍の資金源は、進軍途中で立ち寄った城や町からの寄進が主だったが、それとて無尽蔵ではない。
大所帯に膨れ上がった軍の糧食も、その糧食を運ぶ馬を調達する資金も、全て賄わなければならない。
一人一人への配当もあるのだが、武器防具の手入れにははっきり言って金がかかる。しかも手入れの手を抜くと自分の命が危ない。

だから足りない金は、自分たちの腕と力で稼ぐ事が、いつの間にか倣いになっていた。
日雇いの肉体労働という手もあるのだが、城では交代で守備やら新兵の訓練に従事しなければならないので、なかなかまとまった額が入って来ない。
手っ取り早いのが闘技場への参加で、短時間で割と大金が入ってくる。
だから腕に自信のある者は闘技場に足を運ぶ事になるのだ。


「次の交代まで、もう少し時間あるよな?」

レスターの問い掛けに、スカサハが頭上の太陽を仰ぐ。城の詰め番には、まだ少しある筈だ。

「あと半刻(一時間)ってとこだろう」
「なら武器の修理をしてもらっても、まだ時間があるな。帰りに少し市でも見て回るか?」

ここペルルークは、昔から貿易で栄えた町だ。
長く暗黒教団の支配下にあった為に、以前に比べて少しは廃れたものの、各地から入ってくる品物の数や質は、
今まで立ち寄ったどの町よりも豊かだった。


二人は武器の修理を済ませると、城への帰り道に立っている市に立ち寄った。
季節の果物や女性の纏う色とりどりの鮮やかな飾り布など、見ているだけでも飽きさせない。

「何か土産でも買って行こうかな」

何気なくレスターが呟く。
誰に、とは言わなかったが、スカサハは誰への土産かすぐに判った。と言うか、解放軍の中で判らない者は、多分居ないと思う。

「パティなら、あの飾り紐なんかいいんじゃないか?」

スカサハが指差したのは、女性が腰に巻いて装う為の、色鮮やかな布を編んで作られた飾り紐だった。

「あ、そうだな。親父さん、ちょっとそれ見せてよ」
「あいよ。恋人への土産かい?兄さん、目が高いねぇ。この飾り紐は、最近街の若い娘衆に人気があるんだよ」
「そうなのかい?」

スカサハの差した出店の飾り紐が気に入ったらしく、レスターは楽しそうに店の主人を相手に品定めを始めた。

 

…解放軍の中枢と言うべき聖戦士の末裔達の中には、その厳しい戦いの中で、未来の伴侶を見出した物も数多い。
レスターとパティも、そのうちの一組だ。
初めこそ、妹を構う兄のような付き合い方だったのだが、いつしかそれ以上の感情が芽生えたらしく、
パティの実兄であるファバルが合流した頃には、しっかり『この人があたしの未来の旦那様♪』などと紹介されていた。

セリスとラナは、比較的早い時期から約束を交わしていたらしいのだが、
セリスがはっきりと、いずれ彼女を妃に迎えたい意向を育ての親であるシャナンとオイフェに伝えたのは、トラキア城攻略の直前だった。
二人の間でどんな会話が交わされ、何があったのか知る者はいないが、丁度その頃を境にセリスの表情が明るくなったように感じられる。
自らの上にある責任と、周囲からの期待に押し潰されそうになっていたセリスの心を、ラナの存在が救ったのだろう。

スカサハの双子の妹であるラクチェは、初志貫徹と言うべきか、
途中で彼女を慕って解放軍入りしたヨハルヴァへの求愛にも靡かず、遂に従兄であるシャナンに想いを貫き通した。
シャナンの方は、何せ赤ん坊の頃からの付き合いである彼女を女性として見る事にしばらく抵抗があったのだろうが、
彼女が本気だと悟ると、潔く態度を改めた。
最も年齢差の大きな恋人同士となったが、気の強いラクチェにはシャナン程の大人の包容力が丁度いいんじゃないかと、兄としては思う。

アレスとリーンは、初めから恋人同士のようだった。
解放軍に合流するまでは、本人たちにもそれ程の自覚は無かったのかもしれないが、
お互いに足りない物を埋め合うような関係が、あの二人には合っていたのだろう。
今では出来る限り、互いの傍に居る事を心がけているようだ。

リーフとナンナは幼い頃から、共にフィンによって育てられたという環境のせいか、初めから割り込む隙も無かった言うのが正直な感想だ。
フィンはリーフの父であるキュアンの忠臣であり、そしてナンナはそのフィンの実の娘であるという。
周囲もこの三人の結束の固さはよく判っていたから、敢えて割り込むような事はせず、今に至っている。

アーサーとフィーは、まさしく腐れ縁と言う言葉がぴったり当てはまるだろう。
そもそもフィーのペガサスに乗って一緒に参戦して来たのが運の尽き、という奴だ。
よく減らず口の叩き合いなどもやっていた様だが、
結局お互いの事が気にはなるが、素直にそれを口にするのも照れ臭い、と言うのが本当の所だったらしい。
端から見ている分には恋人同士というよりも、強い信頼で結ばれた親友という感じだが、
あの二人にはその関係がよく似合っていると思う。

セティとティニーは、共に魔道士であったという事で気が合ったのか、二人で共通の話題を持つ事が多かったのがきっかけだったらしい。
ティニーは聖戦士の直系であるセティに対して敬意を払っていたし、
セティの彼女への接し方は、まるで弟子に対する師匠のようだとよくからかわれていたものだ。
だがトラキアで、ティニーが雪崩を防ぐ為に危うく一命を落としかけた一件を境に、二人の関係はずっと近くなったらしい。

 

…レスターの買い物は、まだ時間がかかりそうだった。
気に入った飾り紐は何本かあるのだが、どれにしようか、どれがパティに似合うかで迷っているらしい。
照れながらも一生懸命、恋人への贈り物を選ぶ幼馴染の姿を見やり、スカサハは目を和ませ、そしてふと考えた。
自分は、どうなのだろう―――と。

一瞬、頭を過ぎったのは控えめな、だが気丈な少女の笑顔だった。
自分の過去を喪いながらも、周囲の支えと励ましを受け笑顔を取り戻した…優しい少女。


『スカサハさんが帰る場所を守ってくれていると信じているから…前だけ見ていられるんです』


いつかアルスター城でユリアと交わした言葉を、スカサハははっきりと覚えていた。
彼女の笑顔を守る為ならば、この身を盾にしたって構わない。
その覚悟でスカサハは、より一層厳しい日々の鍛錬を積み重ねて来た。
そして、気付いたのだ。いつしか自分の中で彼女の存在が、とても大きな物になっている事に。


『こんな事、口にするつもりはないけれど―――』


ユリアとは確かに、一緒に時間を過ごす事が多くなった。
自分にとってそれはとても心地よい時間であったけれど、彼女にとってもそうであるかは…判らない。
こればかりは尋ねる訳にも行かないし―――尋ねる勇気もなかった。


自分が傍に居るという、ただそれだけの事がユリアの安心に繋がるのなら、それだけでもいいと思っている。
例えそれが『大切な友人』という認識であっても―――だ。

そして今ひとつ。スカサハは口にはしていないが、考えている事がある。
賢者(セイジ)の称号を受けたセティですら扱う事の出来ない上級光魔法(オーラ)を完璧に自身の制御下に置くユリアは、恐らくバーハラ王家に連なる者に違いない。
自分が気付いているのだから、レヴィンやシャナン達も察してはいるだろう。

遠い過去の世代からの落胤か、そうでなければ、あるいは……


「すまない、待たせたな」

レスターの声で、スカサハは我に返った。幼馴染の手には小さな包みがある。

「決まったのか?」
「ああ、お前が良い物を見つけてくれたから。お前は大して興味なさそうで、そのくせ見る目は確かなんだからな」


自覚は無いのだが、実はこれは度々指摘されるのだ。
一山幾らの剣の中から、たまたま気に入って手にした一振りが実は大した業物であったり、
高額な値の付いた名剣が、実際には二束三文の価値しかない代物である事を手にした時の重さや触感で看破してしまったりと、小さな事まで数え上げたら枚挙に暇が無い。

「自分では、よく判らないんだがな」

スカサハが苦笑を浮かべる。
さっきの飾り紐にしても偶然目に止まって、あれならパティにも似合うんじゃないかと思ったから、レスターに声をかけたのだ。
勿論、若い娘達の間で流行っている事など全然知らなかった。

「お前は客観的に物事を見れる奴だから、その物の本質が見えるんだろうな…ところで、お前は何も買って帰らないのか?」
「ラクチェにか?」
「阿呆、妹に土産を買って帰る歳か―――ユリアにだよ」


そこで『何の事だ』と言える性格ならば、スカサハの苦労も少しは少なかったかもしれない。
だが一瞬黙ってしまった事で、かえってレスターの言葉を肯定した形になってしまった。
レスターが沈黙してしまったスカサハの背中をポンと叩く。

「無理するなって。皆、なんとなく気付いてるよ。最近よく彼女と一緒に居ただろう?セリス様とも話していたんだ。
 『この頃ユリアが、よく笑うようになった』…って。
 前はラナ達と一緒に居てもどこか寂しそうだったけれど、ずっと付き纏っていた影が抜けたように表情が明るくなったってね。
 きっとスカサハが傍に居てくれるからだと…レヴィン様もおっしゃっていたよ。セリス様も頷かれたし…俺も、そう思う」


スカサハは紅くなった顔を半ば隠すように口元を手で覆うと、レスターから視線を逸らせた。

別に隠しているつもりはなかったのだが、そんなに自分達は目立つ存在であったのかと思ってしまう。
その表情から察して、レスターが笑って言葉を続けた。

「お前たちはとても慎ましく見えたよ。それでいて二人で居るのが、とても自然に見えたんだ。
 なあ、スカサハ…ユリアの過去がどうであれ、彼女にお前が必要で、お前が彼女に応えられるのなら…それで十分なんじゃないのかな」


彼女に、自分が必要ならば―――


「…ああ。いつだって、そう思っているよ。特別でなくても構わない。
 俺の存在が、彼女の何処かで必要とされているのなら…俺は、それに応えたい」

友人の一人でいいのだと、スカサハは言外に告げた。その事に気付き、レスターが少し不思議そうな顔をする。

「…そこまで想っているのなら、『俺が君を守る』くらい、言っても良さそうなもんだと思うけどな、俺は」

そう言われて、スカサハが微かに片眉を上げる。
何が自分に、歯止めをかけているのかを思い出したかのように。

「俺は…ユリアの枷に、なりたくない―――」

その言葉にどれ程の重い意味があったのか。
レスターがその事を思い知るには、もう少しの時間が必要だった…

 



スカサハとレスターは、交代の時間の少し前には城に戻って来ていた。
レスターは前庭で休んでいたパティを見つけると、後で合流する打ち合わせをして、一旦スカサハとそこで別れた。

城の守備とは言っても、どちらかと言えば詰め番のようなものであるから、ずっと楼閣で見張り番をする訳ではない。
城内を見回り、何か変わった事がないか気を配るのである。
そしてもしも変事があったならば速やかに対処するなり、シャナンやセリスにその旨を伝えたりといった事が主な仕事だった。
取り合えず先の守備番だったファバルとデルムッドに声をかけておき、引継ぎを終わらせた。


『さて…』

スカサハは懐から小さな包みを取り出した。
彼もレスターが買い物をしていた間考え事だけをしていた訳ではなく、一応目は何か良い物はないかと探していたのだ。
レスターとのやりとりがあった後、スカサハは市でも外れの方に出ていた小さな店に目を止めた。
並んでいた物は主に髪飾りや櫛だったが、とても細工が細かくて、そして丁寧な造りだった。
店主は気の良さそうな老人で、スカサハと目が合うと笑って手招きしてくれた。



「何か探し物かね?」
「ええ…」
「ふぉふぉ…どれ、どんな娘(こ)かね?髪の色は?」
「髪は…柔らかな銀色で…おとなしい娘です」
「そうか。それじゃ、これなんてどうかね?」

老人が差し出したのは、片手で軽く握れる程の大きさの髪飾りだった。
木彫りなのだが小花が彫り込んであったり、小さな輝石が埋め込んであったりと、なかなか凝った造りである。
多分この店主である老人が行った細工であろうが、造りもしっかりしているし、何よりも確かにユリアに似合いそうだった。

「どうじゃ、お前さんの想ってる娘さんに似合いそうかね?」
「ええ。これが一番、よく似合いそうだ。おじいさん、代金は?」
「そうさね」

老人は白い髭を撫で付けながら、ふと考え込んだ。そしてにっこり笑うと、

「三千でいいよ」

と告げた。

「え、三千でいいんですか?俺は、五千は下らないと思ってました」

それだけ出しても惜しくないと思わせる程の細工だったのだ。
腰に下げた財布から三千ゴールドを支払いながら、スカサハが素直にそう言うと、老人は明るく笑った。

「高い物を売りつけるのだけが商売じゃないさね。この飾り小物の細工はみんなワシがやったもんじゃから、大した金はかかっとらんしの。
 それよりも身に付けて喜んで貰ったり、お前さんみたいに、好きな娘にどれが似合うか相談して貰ったり…
 それが楽しくて商売をやっとるんじゃから、とりあえずしばらく食うに困らないだけ稼げたらいいんじゃよ」
「ありがとう。良い買い物をさせてもらいました」
「娘さんにもよろしくの」

買った方が頭を下げるのも妙な話だが、スカサハはごく自然に頭を下げていた。
そして老人の笑顔に見送られて、城への帰途についたのだった。

 

『買ったはいいものの…』

どうやってこの髪飾りをユリアに渡したものか、気の利いた方法が思い浮かばない。
別に悩まなくとも普通に渡せば良いのだが、それすらもスカサハにとっては大冒険だった。


「…は、やはり…」
「ああ、間違いないだろう」

『……?』

たまたま前を通りかかった部屋から、小さな声が漏れ聞こえた。
聞こうと思った訳ではない。本当に偶然、たまたま聞こえてしまったのだ。微かではあったが、あの声は―――

『シャナン王子と、レヴィン様…?』

そのまま通り過ぎても良かった。むしろそうするべきだと、頭の中で何かが警鐘を鳴らす。
だが意思に反してスカサハは、そこでヒタリと足を止めてしまった。


「アルヴィス皇帝と、今は亡きディアドラ皇妃の間に生まれた双子…ユリウス皇子はバーハラに在る事が確認されている。
 だがもう一人の御子、皇女の方はここ数年来ふつりと消息が途絶えたままなのだそうだ」
「それが…」
「…ああ。ユリアに、間違いないだろう」

それを最後に室内の会話はユリアの一件からは離れ、変わってミレトス地方全域の情勢へと移って行った。


スカサハは足音を立てぬよう、そうっと扉の前から離れた。
心の臓を握り締めるように、拳を胸に当てる。
初めて戦場に立った時よりもなお一層激しく、どきどきと鼓動が胸を叩いていた。手は、じっとりと汗ばんでいる。

『やはり、ユリアは―――』

落胤などと言うレベルではなく、バーハラ王家の、しかも直系の血筋だったのだ。
ディアドラ皇妃の息女という事は、セリスの異父妹にあたる。

自分が感じた勘は正しかったのだ。恐らくレヴィンも同じ事を考え、密かにバーハラを探っていたのだろう。
力なく回廊を歩く姿を、誰にも見られなかったのは幸いだった。
覚悟していた事実とは言え、はっきりと認めてしまう事でこれ程のショックに襲われるとは、スカサハ自身にも意外だった。

 


やがてスカサハは回廊を抜け、中庭へと出た。昼下がりの陽が、暖かく辺りを照らしている。
ぼんやりと周囲を見渡したスカサハは、中庭の奥、少し見えにくくなった所にしつらえてある東屋にユリアの姿を見付けた。
名を呼びかけて、一瞬、口篭もる。

呼びかけて―――一体、何を話せば良いのだろう?
今の自分では、きっと彼女の顔を真っ直ぐに見られない。動揺は顔に出て、ユリアはそれを察するだろう。
何でもないのだと、気のせいだと言い切るには、スカサハの性格はいささか正直過ぎた。

声をかけずに踵を返しかけた、その時―――

「…スカサハ…?」

いつかの夜と同じように、彼女の方から気付いて声をかけられる。

「今は見回りなの?」
「あ…ああ、そうなんだ」

スカサハは、相当苦心して笑みを浮かべた。

今の自分はおかしな顔をしていないだろうか?妙な言葉を返してはいまいか?
そう考えれば考えるほど、余計に返事がぎこちなくなる。
だがそれでも精一杯平静を装って、スカサハはユリアに向かい合った。
すると意外に鼓動がすっと落着く。取り合えずほっと息をついた。

「そうだ、これ…」
「え?」

不意に思い出し、懐から市で買った髪飾りを取り出す。

「さっき街へ出た時に、買って来たんだ」
「これを…私に…?」

手に乗せられた髪飾りを目に映し、ユリアの頬が僅かに紅く染まる。そして大切に胸に押し抱いた。

「とても綺麗…スカサハ、ありがとう」
「貸してみて」


ユリアの手から髪飾りを受け取ると、スカサハは彼女の髪にそれを差した。
あまりこういった事は器用ではないのだが、それでも何とか格好がつく程度に、彼女の髪に収まってくれた。

「似合う?」
「ああ、よく似合ってる」
「本当にありがとう。私の宝物…大切にします」

浮かべられたユリアの微笑みに―――スカサハの胸はキリキリと痛んだ。


ユリウス皇子は暗黒竜(ロプトウス)の化身として覚醒し、確実に禍々しき力を強めている。
同じ血を分かち合った筈のユリアは、全く相反する、黄金竜(ナーガ)の直系として生を受けた。
それはいずれ、彼女が自分の喪った過去を取り戻した時、実の兄と直接刃を交える事を意味する。


ユリアは優しい娘だった。
野に咲く花を手折らぬ理由を尋ねると、手折れば花の寿命を縮めてしまうから、
野に咲いたままのその姿が好きなのだと、いつか聞かされた事もある。
如何なる人々をも慈しみ、命が失われる事に涙し、されど理不尽な力には決して屈しない―――優しく、そして気丈な娘。
そんな彼女の双肩に、世界の命運がかかっているなど、どうして告げられようか。


「スカサハ、どうしたの?顔色が悪いわ」

覗き込む菫色の瞳に映る、自分の姿を見たその時―――スカサハはユリアの背に腕を回し、彼女を抱き締めていた。

「……!」

ユリアは驚いたようだったが、抗おうとはしなかった。
その代わり自分も彼の背にそっと手を伸ばし、小さく囁く。

「スカサハ…何があったの…?」
「…何でもない…何でもないんだ……」


呪文のように繰り返されるその言葉は、スカサハが自分自身に言い聞かせていた事だった。

ユリアはユリアだ。その事実は変わらない。
例え世界の全てが彼女に背く日が来たとしても―――自分だけは、変わらずユリアを守る為に戦おう。
誰にも告げず、ただ心の中でそう誓った。


「もう、行かないと…」

スカサハは身体を離すと、軽く彼女の頬に手を触れた。
そうして温もりを確かめるとその手も離し、くるりとユリアに背を向ける。
そのまま駆け出したスカサハの背にユリアは手を伸ばしかけたが、
背後から強い風に煽られて髪飾りが抜け落ちてしまいそうになったので、両の手で髪と、髪飾りを押さえなければならなかった。
再び顔を上げた時には、スカサハの姿はユリアの視界から消えてしまっていた。


『スカサハ…一体、何に苦しんでいるの…』


彼が何かを胸の内に抱えているのは様子で判った。
だが何をと問い質す前に、彼は自分を置いて立ち去ってしまった。ふと、ユリアの表情が曇る。

「私では力になれないの…?」

思わず口に出して呟いた。その刹那―――


「いいえ、なれますとも」


ざわりと首筋が総毛立つような気配と声に振り返ると、そこには闇色のローブを纏った一人の老人が、いつの間にか姿を現していた。

「お捜ししましたよ、ユリア皇女。まさかセリス皇子の下へいらっしゃるとは…」
「…皇女…?私が……?」

不思議そうに繰り返されたその言葉に、老人は眉を上げた。

「ほう…記憶を喪(な)くしておられるのか。まあ、よいでしょう。むしろ我等にとっては、その方が都合が良いというもの―――」
「何を……!?」


老人の手が顔の前に翳されると、ユリアは急速に意識が遠のくのを感じた。
抗い様もない程の、圧倒的な魔法の力だった。


『嫌よ…私は……!!』


消え行く意識の中で、想っていたのはたった一つ―――


『スカサハ……』


がくりとおとがいをのけぞらせて意識を失ったユリアの身体を抱きかかえると、老人は不可思議な呪文を短く詠唱した。
空中に浮き出た魔法陣に触れると、二人の姿は一瞬で掻き消え、たった今まで彼らが存在していた痕跡すら残していない。
たった、一つを除いては―――


コツ―――ン……

ユリアの髪から滑り落ちた髪飾りが、石畳に乾いた音を立てる。それきり―――今度こそ、何の気配もない。
痛い程の静寂が、中庭をひっそりと包み込んだ。

ユリアがペルルークの城から姿を消したと皆が気付いたのは、それから数刻後の事であった―――

 



すっかり陽が西に傾いた頃、城の守り番を交代したスカサハは、城内が何やら騒然としている事に気付いた。
有事に皆が集まる大広間へと足を運ぶと、やはりそこにはセリスを初め、主だった者の顔が揃っている。
スカサハが大広間に入るとセリスがすぐに気付き、手招いて彼を傍に呼び寄せた。


「スカサハ、君も何か心当たりはないか?」
「セリス様、一体何事ですか?」

何の心当たりかが判らない。
だがスカサハが怪訝な表情を浮かべるよりも早く、ラナがセリスの言葉の後を継いだ。

「ユリアの姿が、どこにも見えないんです」
「え!?」


ラナの話によれば―――男性が城の守備や新兵の訓練を受け持つ傍らで、女性は主に城の雑事の手伝いを受け持っていた。
簡単に言えば日々の糧食の手配や食事の用意、片付け、洗濯、裁縫などである。
これもやはり当番制で、今日の夕食の仕度の手伝いにはラナとユリアが当たっていた。

ところがいつもは時間に遅れる事など無いユリアが、今日に限っていつまで経っても姿を見せなかった。
少し遅れるくらいの事は誰にでもあると、ラナも初めは気にしていなかったのだが、半刻(一時間)が過ぎてもまだ来ない。
ラナも嫌な予感を憶えて、下準備もそこそこに後の事を城の賄い方に任せると、ユリアを捜し始めた。
だが城内の何処にも、もはや彼女の姿は無かったのだ……


「どうしよう…ユリアが遅れる事なんて無いって…おかしいって気付いていたのに…もっと早くユリアを捜していれば……」

すっかりうろたえてしまったラナを、ラクチェが気遣って椅子に掛けさせる。

「誰も、何も見なかったんだろうか。最後にユリアの姿を見た者は?」

セリスの声に、朝方洗濯当番で一緒でしたと、パティとリーンが名乗りをあげた。

「それなら、昼食は私達が」

そう言って、ナンナとティニーも手を挙げて応える。

「昼からなら、中庭の方で一人で居る所を見ましたけど」

フィーが思い出したと手を挙げる。

「昼過ぎの…いつ頃か判るかな?」
「え…っと」

額に手を当て、出来るだけ詳しく思い出そうと、しばし考え込む。

「剣の稽古をしようと思っていて…手合わせの相手が欲しかったんでどうしようと思っていたら、
 丁度城内の見回りをしていたデルムッドに会ったんです。『あと半刻で交代だから、その後なら稽古に付き合える』って話して。
 それじゃあデルムッドが交代するまで、少し休もうかと稽古場を出て回廊を歩いていて…その時です。私がユリアを見たのは」

「中庭と言えば…」

人の輪の遠い所に居たセティが、妹の言葉に何か思い当たる事があったのか、セリスの前に歩み出る。

「ユリアを捜す途中、中庭の奥の東屋でこれを拾いました。僕はよく知りませんが、これは彼女の物ですか?」


ドキン、と鼓動が大きくなった事を、スカサハは自覚した。
セティが自分の手布に大切に包んで持っていたのは、細かな細工が施された髪飾り―――
数刻前、自分がユリアに贈った物に相違なかった。


「それは…ユリアの物です。間違い、ありません」

襲ってくる眩暈に耐えながら、スカサハはセリスに、自分の見たユリアの姿を語った。

フィーが彼女を見かけた直後に自分が街から帰り、デルムッドと城の守り番を交代した事。
見回りの途中にユリアの姿を中庭で見付け、そこで少し話した事などを。
髪飾りの事については特にスカサハは口にしなかったが、セリスは彼がユリアに贈った物だと察してくれたらしい。

そしてスカサハ以降、ユリアの姿を見たと言う者は、誰もいなかった。


「そうか…最後にスカサハが見た時まで彼女が身に付けていた髪飾りがそこに落ちていて……なおかつ、それ以降誰もユリアを見ていないという事は―――」

セリスが呟くように口にする。

「この髪飾りが落ちていたその場所で、彼女に何かが起こったと…そういう事ですね」

確かめるようなセティの言葉に、セリスもスカサハも頷くしかなかった。
一体、何が―――その疑問が口をついて出るよりも早く。


「暗黒教団の仕業だろう」

然程大きくはないが、よく通る声が大広間に響いた。

「レヴィン…」
「…丁度いい機会だ。お前たちにも、話しておいた方がいいだろう」

シャナン、オイフェと共に大広間に姿を見せたレヴィンは、幾つかの事実を皆の前で語った。


ユリアが皇帝アルヴィスの娘であり、ユリウス皇子の双子の妹であるらしい事。
同時にそれは、彼女がセリスの異父妹であると言う事。
恐らくは母ディアドラの血を受け継いだ、ナーガの直系である事。
暗黒教団が数年前から消息を絶っていたユリアを、水面下で捜し続けていたらしい事を。


「暗黒竜(ロプトウス)にとって、最大の敵は黄金竜(ナーガ)だ。
 ユリアを拉致したのは恐らくマンフロイ―――ユリアを手許に置く事で、ロプトウスにとっての最大の脅威を掌握しようとしたのだろうな」

レヴィンの言葉に、大広間がシン…としたのも束の間。
城の守り番に就いていたアーサーの声が、広間に響いた。


「城外に放っていた者から急ぎの伝令が入りました。南西のクロノス城から、囚われていた子供たちが十数名脱出した模様。
 ペルルークに向かってはいるらしいのですが、既にラドス城から追撃隊が出たとの事です!」

ザワ…と広間に緊張が走る。
セリスは一瞬、困ったように俯き、そして決意を込めた表情で顔を上げた。

「……やむを得ない。今は子供たちを無事に保護する事が最優先事項だ。
 ユリアを拉致したのが暗黒教団のマンフロイであると言うのなら、恐らくグランベルに連れ去られたのだろう。
 こうなった以上、一日も早くバーハラまで到達しなければならない。
 これからは今まで以上の強行軍になる。各人、そのつもりで準備に臨むように」

周囲が頷く気配を受けて、先発隊の人選と指示を出す。

「アレス、アーサー、セティは準備が整い次第先発。少しでも早く子供達に合流してくれ。合流後は子供たちを保護しつつ、本隊と合流」
「判りました」

先発隊に名の挙がった三人はいずれも高い魔法防御力を誇り、なおかつ移動力に優れている。
伝令からペルルークの周辺に暗黒教団の刺客が展開しつつあるという情報を受けた故の人選だった。
彼らはまずペルルークを出た時点で、暗黒教団の魔道士相手に一戦交える事になるだろう。

「僕とシャナン、リーフ、レスター、デルムッドは、直接南下した後西進し、クロノス城を攻略。
 そのまま東進してくるラドスからの追撃隊を迎え撃つ」
「判った」
「アルテナとフィーはまっすぐ西進して、先にラドスに向かってくれ。クロノスを攻略次第、僕たちもすぐに後を追う」
「はい」
「フィン、オイフェ、スカサハは歩兵が主になる第二隊の守備を頼む。以上、全部隊四分の一刻(30分)後にはペルルークを出撃する」


セリスのその言葉を最後に、各々出撃準備に散って行く。
その中で―――


「スカサハ…」

スカサハ一人が最後まで動かず、髪飾りを手にその場に立ち尽くしていた。
セリスの呼びかけにすら、気付いていないかのように。


「畜生……」


小さく零れたのは、悔恨の呻き。

何故、彼女の傍を離れてしまったのか。
ユリアがバーハラ王家の直系であると、ユリウス皇子にとって彼女が最大の敵になると、判っていたのに―――!


「畜生……っ!!」


握り締められた彼の拳からは、薄っすらと血が滲んでいた―――

 

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