未来幻燈
Act.2 Athrun & Cagalli


『捜そう、キラ、アスラン!諦めるのは、全ての可能性が否定されてからでも遅くないよ!!』

これだけの爆発の中でも、万が一パイロットスーツに甚大な被害が無ければ。
身体さえ無事ならば、救えるかもしれない。
万に一つの可能性でも、可能性がある限り諦めたくないと言ったカガリの言葉に、キラとアスランは頷きあった。

 

もう、犠牲は要らない。
カガリもアスランも、目の前で父を亡くした。キラも必ず守ると誓った少女を、守り通す事が出来なかった。
この上遺品だけを持ち帰って、更なるマリューの涙を見たくない。

優しい嘘も、時には必要だろう。
最善の努力をした結果が悲しい物であったならば―――その時こそ、遺された品をマリューに託す。
だが、彼らにはまだ諦められなかった。

 

 

3人はルージュから離れると、それぞれの方向に散って辺りを捜し始めた。
全てのパイロットスーツには小型の酸素還元装置が備え付けられている為、
パイロットスーツとヘルメットの気密性が喪われていない限り、即、死には繋がらない。
だがそれは搭乗していた機体からパイロットが自らの意思で離れた場合に言える事であって、
通常、機体がこれほど破壊される状況の中で、パイロットが無事である確率は限りなく低いと言わざるを得なかった。

 

アスランとフラガの付き合い自体は、とても短い。
『ザフトを敵にして戦う覚悟があるのか』と厳しい口調で問われた事もあったが、アスランは彼に対してごく素直な好感を抱いていた。
何度か合同のミーティングで会話しただけだったが、彼の経験と実績に裏打ちされた言葉には重みがあったし、
何よりも大人の男としての度量の深さは、とても今の自分に真似出来るものではなかった。

よく他の者の前でも軽口を叩いて恋人のマリューにも渋い顔をされていたが、
それも彼なりの気遣いの一端なのだと、本当は皆判っていた。
生きるか死ぬかのギリギリの所でいつまでも神経を張り詰めていたら、人はその緊張に耐えられず壊れてしまう。
フラガはその微妙な境界線を読み取る事にとても長けていて、
これ以上の緊張状態が危険だと察したら―――巧みな話術で、クルーの緊張を緩和してくれていたのだ。

多分それは意識しての事ではなく、彼の持って生まれた天賦の才だったのだろうと思う。
だからこそムウ・ラ・フラガと言う人物は、一度軍と言う軛(くびき)から解き放たれてしまった後でも、
陣営を問わずにごく自然に人望を集めているのだろう。
それはある意味、エターナルの艦長であるアンドリュー・バルトフェルドにも言える事だった。

 

彼と言う人物を喪ってはいけない。
勿論、それは彼の帰りを待つマリューの為でもあるが、
それ以上に混迷するこれからの時代には、彼のような資質を持つ人物が必要なのだとアスランは思う。

恐怖で支配するでもなく、卓越した話術だけでもなく、優れたカリスマだけでも無い。
安定した人格と、経験に見合った確かな見識。
そして人に対する懐の深さと、天賦の朗らかさ。

国の柱になる必要は無い。
だが彼のような人物は、決して喪ってはいけないのだ。
例え国の柱となるべき場所に彼が存在しなくても、彼やアンディの言葉は地に水が染み透るように、人の心を動かすだろう。
自分達では為せない事も、きっと彼らの助けがあれば成し遂げる事が出来る。
未来には―――どうしても彼らが必要なのだ。

 

ストライクの頭部が漂っていた場所からかなり離れた場所で、アスランは比較的大きな残骸を見付けた。
ドキン、と鼓動が跳ね上がる。
それは激しい熱と衝撃で外装はほとんど融解してしまっていたが、間違いなく、ストライクのコックピット部分であった。

近付いて確かめると、変形はしているものの、辛うじて箱状の形態は保っている。
しかし頭頂部分に当たる部分が、恐らくは爆発の衝撃で綺麗に吹き飛んでおり、
それが蓋の開いた棺を想像させて、アスランは思わず頭を振って不吉な想像を振り払った。

上部が吹き飛んだコックピットの縁に手をかけ、中を覗き込む。
歪んだ操縦桿、焼け付き、配電コードが剥き出しになったコンソールパネル、色彩を喪ったディスプレイ―――
そしてその中央に据えられたシートに、しっかりとベルトで身体を固定されたままの……フラガの姿があった。

『キラ、カガリ!見付けた―――見付けたぞ!!』
『本当に!?』

思わず叫んだ自分の声に、響くようにカガリの声が続く。

『ムウさんの状態は!?まだ―――間に合いそうか?』
『ちょっと待ってくれ』

 

カガリの声の後にすぐさま飛び込んできたのは、緊張したキラの声。
アスランは身を乗り出してコックピット内に半身を入れると、フラガの身体を固定していたベルトを外した。
彼の大柄な身体がふわりとシートから離れ、アスランの胸元まで浮かび上がる。

『……骨と内臓までは判らないが、見た限りではパイロットスーツにも大きなダメージは無さそうだ。
 だが、爆発時のショックでスーツの酸素還元装置が故障したらしい。呼吸は……停止している』

しかし処置が早ければ、プラントの医療技術ならば蘇生出来る可能性はある。
最悪、四散した遺体を回収する事になるのではないかと思っていただけに、五体が完全な姿で発見出来ただけでもしめたものだった。

 

『それにしてもこれだけ機体が損傷したのに、パイロットの身体がここまで守られていたなんて―――まるで、奇蹟だ』
『奇蹟じゃないよ』

急いで駆け付けて来たキラが、トン、とアスランの肩を叩いた。
二人でフラガの身体を両側から支えるように抱えてルージュへと向かう。
万が一アバラなどを折っていた場合、折れた骨が肺や内臓を傷付けないように細心の注意を払う。
ルージュのコックピットでは、もうカガリがいつでも動けるように準備していた。

『ストライク、イージス、バスター、デュエル…そしてブリッツ。五機のGは、あのマリューさんが設計したんだ。
 だからもしもムウさんを守った物があるんだとしたら……それはきっと、マリューさん自身だと思うよ』

そう言って、キラは微笑を浮かべた。

 

 

予め通信を入れていたエターナルのドッキングブロックでは、既に医療班が待機していた。

「パイロットスーツに目立った損傷はありませんが、酸素還元装置が故障していた為に呼吸停止しています。一刻も早い処置を!」
「最善を尽くします」

医療用の搬送カプセルに移されたフラガが、医師たちの手により緊急医療処置室へと運ばれる。
フラガの身を医療班に委ねてまずは一安心したキラ達が、ホッと顔を見合わせて息をついた―――丁度、その時。

「キラ!!」

聞き覚えのある高い声に3人が振り返ると、ラクスが真っ直ぐこちらへと降りてくる所だった。
艦内は半無重力状態なので、慣性のままに流れ着いた彼女の身体をキラが抱き止める。

「ああ、良かった!アスランもカガリさんも……皆、無事で……!
 ジェネシスの爆発から三機とも通信が途絶えてしまったから……私、もう駄目かと―――!」
「心配かけてごめん、ラクス」

気丈なラクスの瞳に涙が滲んでいる事に気付いたキラが、彼女の目元を拭いながら素直に詫びる。

「フリーダムもジャスティスも、機体はもう使い物にならなくて。
 電波状態が悪くて、ごく近くに来るまでルージュの通信機も役に立たなかったんだ。それと―――」
「フラガさんの事……ですわね?行きましょう。すぐに蘇生措置が行われている筈です」

キラの手を取り、ラクスが床を蹴る。
その後姿を見遣ったカガリが、同じようにアスランの手を引いて床を蹴った。
アスランはちょっと驚いたような顔をしたが、引かれるに任せて彼女の後に続いた。

 

 

「爆発の時の衝撃でアバラ骨を3本、右鎖骨、右上腕部、左大腿骨を骨折。
 及び骨折に伴う臓器の損傷が認められますが、これは完全治癒が可能です。
 長時間無酸素状態にあった脳の機能回復と、身体に出る後遺症ですが―――これは、覚醒を待たないと何とも言えません」

 

眼下に見える緊急医療処置室の中では、未だフラガの蘇生処置が続いていた。
既に人工呼吸装置が繋がれ、電気ショックと心臓マッサージが行われ、強力な強心剤が投与されている。
まだ予断を許さないものの、微弱ではあるが自発呼吸と脈が戻りつつあり、最も危機的な状態は脱したとの事だった。

医師の口から述べられた、外から見ただけでは判らなかったフラガの負傷状況に、カガリが思わず眉をしかめる。
だがそれも想像の範疇だったのか、キラとアスランは冷静に医師の言葉に頷き返していた。

「無酸素状態が長く続いた場合、記憶障害に後遺症が出る可能性がある。
 喪われた身体機能の方はリハビリや、人工臓器の移植などでどうにか回復させられるとしても……記憶障害だけは、どうしようもないな」
「そうだね……」

アスランの言葉に、キラが沈痛な面持ちを見せる。
人の記憶は、コンピューターのメモリのように書き換えは出来ない。
例え事細かに、自分が生まれてからたった今までの事を聞いて記憶出来るとしても、
それはあくまでも知識としての記憶であって、自らが生きて経験した記憶ではない。

「目が覚めても―――もしも、ムウさんが自分の事を判らなかったら……マリューさん、きっと悲しむよね」

 

誰よりも、生きて帰って欲しかった人が目覚めて。
その時もしも、その人が自分の事を何一つ憶えていなかったとしたら―――自分は、どう感じるのだろうか?

 

「……考えても、どうしようもないよ。そもそも必ず記憶障害が出るとは―――限らないんだし」

気休めかもしれないが、今はそう思うしかない。
だが緊急医療処置室を見下ろすガラス窓に手を当て、眼下を見下ろしたカガリは、『大丈夫なんじゃないかな』と呟いた。

「大丈夫って……フラガさんの記憶が?」
「ううん。マリューさんの方」

訝しげなアスランの声に、カガリは頭を振ってそう応えた。

「もしも一番大事な人が自分の事を忘れてしまったら……それは悲しいし、とても辛いと思う。
 だけどその人を『死』と言う形で永遠に喪ってしまうくらいなら―――
 例え記憶が無くても、傍に居られなくても、生きていてくれるだけでいいって……私なら、思う」

ハッと、アスランが軽く目を瞠る。

「……たとえ傍に居られなくても、大切な人の命は、それだけで生きる支えになりますわ。
 その人の為に生きよう。いつかまた出逢う、その日の為に―――それはとても大きな力ではありませんか?」

カガリとラクスが視線を合わせ、小さな微笑を浮かべた。

 

生きてさえいてくれたなら。
命さえあれば、やり直す事が出来る。

同じ相手ともう一度恋に落ちる事も、共に手を携えあって生きて行く事も出来るかもしれない。

「マリューさんは強い人だから―――
 辛くて、悲しくて、どれだけ泣いても……希望が残されている限り諦めない人だって、私は思ってる。
 そんな人だから―――AAの皆は、ずっとマリューさんに付いて来たんじゃないのかな」

 

そんなカガリの言葉を継ぐように。

『脈と自発呼吸、共に安定しました。蘇生成功です!』

眼下の処置室から、通信機を介して歓声が上がった。

「良かった……これで、もう……」
「カガリ!?」

不意に目の前に立っていたカガリの身体が、糸の切れた人形のように床に崩れ落ちる。
咄嗟に手を差し伸べたアスランの背後で、『キラ!?』と言うラクスの悲鳴のような声が上がった。
アスランがカガリの半身を支えた状態で振り向くと、そこには同じようにラクスに抱き起こされたキラの姿があった。

 

 

ひやり、とした冷たい何かを額の上に感じて、カガリはゆっくり目を開けた。

「目が覚めたか?」

目の前には、苦笑いするアスランの顔。額に乗せられていたのは、冷たい水を浸した小さなタオルだった。
彼の背後のベッドには、キラが横になっているのが見える。

「私……?」
「お前たちって、本っっ当ーーーに双子なんだな。何も同じタイミングで、二人揃って倒れる事はないだろうに」
「二人揃って、倒れた?」

嫌味なくらい強調された部分は敢えて聞き流して、自分だけではなくキラも倒れた事に、カガリは敏感に反応した。

 

つまりは度重なる心身の疲労と緊張で既に体力が極限に達していたカガリとキラは、
フラガの蘇生成功の報を聞いて同時に倒れたのである。
アスランも思わず一緒に倒れてしまいたいくらい消耗してはいたのだが、
この上自分まで倒れたら、さしものラクスでもパニックを起こしかねなかったので、何とか気力で保たせて今に至る。
この辺りが職業軍人として訓練を受けた者と、成り行きと義務感で戦う事を選んだ者の差かも知れない。

寝かされた自分とキラだけではなく、パイロットスーツを脱いだアスランの腕にも点滴の針が打たれているのを見て、
カガリは自分達が揃って倒れてしまった事を詫びた。

「安心しろ。他の誰が信じなくても、俺とラクスだけは間違いなくお前達は双子だって証言してやるから」
「ごめん……フラガ少佐の蘇生が成功したって聞いた瞬間、何だか頭の中が真っ白になっちゃって―――」

掛布を口元まで引き上げボソボソと言い訳するカガリの前髪を手で梳いて、アスランも頷く。

「そうだな―――俺も、ホッとした。俺一人だったら、やっぱり気を喪うくらいの事にはなってたかもな」

『俺って結局、世話を焼く方なんだな』と苦笑を浮かべた。

 

「ラクスは?キラに……ついてないのか?」

少しだけ、遠慮がちにキラの名を出す。
だがアスランは全く頓着する様子もなく、カガリの額のタオルに水を浸し直した。

「さっき、AAからマリューさんが着いた。彼女を案内して、今はフラガさんの所に行ってる。それまではキラについていたよ」
「そっか……」

蘇生が成功した以上、次はフラガが無事に覚醒するかどうかだが、実はこれに関してカガリはあまり心配していなかった。

 

「だってあのフラガ少佐が、マリューさん放ったままで一生寝たまんま過ごすと思うか?」
「……思わないな。何せ片足棺桶に突っ込んでたのに、運と根性で生き返ってきたくらいの人だ。
 万が一覚醒が遅れてマリューさんに新しい恋人でも出来ようもんなら、その瞬間に飛び起きるに違いない」
「言えてる」

プッ、と互いの顔を見合わせて吹き出した。
さんざんな言い方をしているが、それだけフラガがマリューを大事に想っていた事を、
AAのクルーだけではなく、付き合いの浅いアスランやカガリでさえ知っている。
だからこそ、マリューの為にも少しでも早くフラガが回復すればいいと、カガリもアスランも心から願っていた。

 

それからしばらくの間、『フラガが目を覚ましたらどうやって借りを返して貰おうか』などと笑って話していたのだが、
不意にカガリが表情を改めると、真っ直ぐにアスランの顔を見上げた。

「―――アスラン、お前これから……どうする気なんだ?」
「どう……って?」

アスランが軽く瞳を瞠る。

「プラントに、戻るのか?」

彼の表情に落ちた色に、カガリはベッドの上に半身を起こした。

「……一度、プラントに戻ろうと思ってる。色々と、整理すべき事もあるしな。本当は―――もう少し、考えてから話すつもりだった」

 

もはやプラントに戻ったところで迎えてくれる家族が居る訳でもなく、さりとて旧ザフト軍に戻る気も、もう無い。
だが父の遺した財産の処分や、自らの身辺の整理をしたかった。
アカデミーでの寮生活が長かった為に、然程の私物がある訳でもないし、物に執着する性質でもなかったが、
それでも手放し難い品も幾つかは在る。
それらの物を整理して、後は全て処分するつもりだった。

イザークは生き残ったと、先程マリューを送って来たディアッカからの伝言を受け取っている。
彼やディアッカが――ディアッカがプラントに戻る気なのか、まだ確認してはいなかったが――ラクスと共に新しいプラントの代表となれば、
より良い形で新しい地球連邦との共存の道を模索していけるだろう。

新たに生まれ変わろうとするプラントに、自分の存在する場所を、アスランはもはや見出せなかった。
これを最後にプラントを離れるならば、母の墓にも一度参っておきたい。
遺体は無いが、母の隣に父の墓碑も作ってやりたかった。

そうして全ての柵(しがらみ)を無くしまったら―――自分の在るべき場所は、一つしか思いつかなかった。

 

「俺にはもう、プラントに留まる理由は何も無い。だから、全てが片付いたその後は―――地球に降りようと思ってる」
「え……?」

カガリが、瞳を瞬かせた。
真っ直ぐに自分を見るアスランの瞳から、目が逸らせない。

「俺に何が出来るか判らないけど……カガリの傍で、新しくオーブが生まれ変わる手伝いをするのも―――悪くない」

 

アスランの緑の瞳が、優しく微笑む。
その首筋に、まだ腕に点滴の針を繋いだままのカガリが抱きついた。

「おい、無茶をするな。何かの手違いで、チューブに空気が入ったらどうする?」
「じっとなんてしてられるもんか、この馬鹿っ!一度でもプラントに戻るなんて言うから……心配……したのにっ!!」

トン、とカガリの拳が弱々しくアスランの胸を打つ。
アスランは避けようとはせず、甘んじてその拳を受けた。

「……そんな風にカガリに叱られたのは、これで何度目だったかな」
「お前が、頼りない事ばっかり言うからだ!」

キッと見上げた彼女の瞳には、不安と安堵の、両方の色が浮かんでいた。

「ジャスティスを自爆させようとした時だって……お前は、自分の命をなんだと思ってるんだ!?
 親から貰った、たった一つの命だろう!?喪ってしまったら、二度と取り戻せないんだぞ!
 自分が死んだら、誰かが悲しむって……思わなかったのかよ!?」

 

自分が、死んだらなら―――

キラは泣くだろう。昔から、何かにつけてよく泣く奴だったから。
ラクスも、泣いてくれると思う。かつての婚約者として、今は良き友を喪った事を悼んで、涙を流してくれるだろう。
そして―――カガリ。
フラガの病室の傍で聞いた、彼女の言葉が鮮やかに蘇った。

 

『もしも一番大事な人が自分の事を忘れてしまったら……それは悲しいし、とても辛いと思う。
 だけどその人を『死』と言う形で永遠に喪ってしまうくらいなら―――
 例え記憶が無くても、傍に居られなくても、生きていてくれるだけでいいって……私なら、思う』

 

どんな形であっても、例え遠く離れてしまっても、『生きていてくれればそれでいい』と彼女は言った。

まだキラが兄弟だとは知らなかった頃、そのキラを撃ったのが親友だった自分だと知って、その矛盾に涙混じりに激昂した彼女。
出逢う度に怪我をしていたから、『少しは守って貰え』と、大事にしていたハウメアの守り石を託してくれた。
そして戦場で再び見えた自分とキラが、友として歩み寄れた事に、我が事のように涙を流して喜んでくれた……カガリ。

彼女も、静かに泣くのだろうか。
肩を震わせ、唇を噛み締め、声を殺して……父を亡くした時のように―――ただ一人で。

 

小さな子供をあやすように、背中に回した腕でぽんぽんと軽くカガリの背を叩く。
カガリはアスランの肩に顔を押し付けて、顔を見られないようにしていた。
微かに濡れる肩に、彼女が泣いている事には気付いていたが、アスランは何も言わなかった。

 

「……ごめん。でもあの時の俺は、あれが最善の方法だと信じてたんだ。
 命を惜しまなかった訳ではなく、ジェネシスを止めるにはもうこうするしかないんだって……思ってた。
 両親が待っているキラや、オーブを再建しなくてはいけないカガリには出来ない事だったから。
 家族も、戻る国も喪った俺にしか……そうする事でしか―――もう、お前を守れないと」

カガリの肩が、微かに震える。
彼女の黄金色の髪に頬を埋めるようにして、アスランは言葉を繋いだ。

「だけどカガリが、言う事を聞かずに俺について来て……生きろと言ってくれて―――目が覚めた」

 

アスランが呟く。
そして自分の肩に顔を埋めた彼女の身体を、負担にならないように気を付けながら、そっと抱き締めた。

「軍という枠から外れてしまった俺には、出来る事なんて高が知れている。
 俺にはカガリやラクスのようなカリスマは無く、フラガさんやバルトフェルドさんのような経験も吸心力も無く、
 キラのような無心さも、プラントに対するイザークのような忠誠心も―――今は無い」
「そんなもの……!?」

要らない、と言いかけたカガリの唇を、そっとアスランが手で押さえた。

「だけどそれでも……パトリック・ザラの息子ではなく、ザフトのアスラン・ザラでもなく、
 真っ白なただのアスランになって戻って来たら―――その時は、カガリの傍に居たい。
 お前の為に生きて、お前の為に働きたい―――俺自身の為に。その時には……『お帰り』って、言ってくれるか?」

 

カガリの為に、そして何より自分自身の為に『帰って』来たい。
傍に居て一緒に笑ったり泣いたり、彼女の受ける辛さも悲みも共に分かち合いたい。
客人としてではなく―――彼女に最も近しい者の一人として。
それさえ叶うならば、ザフトで得た名誉もプラントに遺された父の築いた財産も、何一つ要らなかった。

 

ぎゅっ、とアスランの腕を掴んだカガリの手に、一瞬力が篭もる。
ややあって上げられた彼女の瞳に涙は見えなかったが、目尻は赤く染まっていた。

「当たり前だろ!お前みたいに危なっかしいの、放っておける訳ないじゃないか!!」

そしてもう一度だけ、アスランの肩に顔を埋める。
小さな囁きが、確実に彼の耳に届くように。

「ずっと……待ってるから。ずっとずっと、待ってるから。
 私一人じゃ、何も出来ない。キサカだって手伝ってくれるけど……私は、お前と―――頑張りたい」

 

アスランの腕が、カガリの背を強く抱き返す。

「……いつか地球で、空を真っ赤に染める夕陽を見るのが夢だったんだ。
 人の手で作られたプログラムじゃない、視界いっぱいに広がる夕焼けを。……子供みたいだろ?」

 

以前地球に降りた際にも夕焼けは見たが、作戦行動中やザフトへの負傷兵返還と言う場で、ゆっくり見られた訳ではなかった。
その時にはそれなりの感慨が胸を浸した筈なのだが、正直その後に起きた様々な事柄が多過ぎて、はっきり憶えていない。
今度こそただ純粋に暮れて行く夕陽を、真っ白な心で見たかった。

「後先考えない所は、本当に子供じゃないか」

強い口調でアスランを見上げ、軽く睨む。その瞳が、ふっと優しく和んだ。

「地球に居れば、毎日でも見られる。夕陽だけじゃなく、夜明けの海や雨や雷も。雪だって虹だって、本当に綺麗なんだ。
 私達が守った青い星がどんなに美しいか、その目と耳で、必ず確かめに来い」

 

カガリがアスランの額に自分の額をコツンと当て、くすっと互いに笑みを浮かべる。
そして二人は、触れ合うような口付けを交わした。

 

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